第30話 へっぽこなりし治癒魔術11
「それに手加減ありきとはいえ、わたくしを負かせた相手ですもの。ミズキにはご褒美をあげないといけないでしょう?」
「ならそのご褒美とやらで、命令書を無かったことにしてくれ。シルバーマンの権力で」
「シルバーマンの家系は、王都にて隆盛を誇る大貴族の名。学院では、学院長の命令が優先されますわ。校則としても軍律としても」
「でっか」
ミズキは嘆息した。
「だ、だから……」
ますます顔を赤くするサラダ。
「ミズキにはわたくしと行動を共にしていただきますわ……」
竜頭蛇尾に尻すぼみで、サラダは言葉を捻り出すのだった。
「というかここまでお膳立てされたら、俺に拒否権なんてないんだろうがな」
――やれやれ。
ミズキは再度嘆息する。
「い、一緒に行ってくれますわよね?」
「行かないつったらどうにかなるのか?」
「なりませんけども……」
「なら答えは決まっている」
「ふん。精々足を引っ張らないよう努力なさいな」
紅潮したまま、腕を組んで、そっぽを向く。
サラダの頬の赤みは、いや増していった。
「…………」
「…………」
セロリとカノンは、ジト目でサラダを見ていた。
「――堕ちたね」
「――堕ちましたね」
言葉ではなく意思の疎通で共感するセロリとカノン。
またミズキを巡る争いの渦中に、一人追加されたことを、二人は正確に理解していた。
それは二人だけではなくミズキもだ。
「決闘に勝ったくらいで惚れられるとは」
心の中で思う。
副次的な要因に過ぎなかったが、間違いを指摘しても差は無い。
セロリはミズキを。
カノンはミズキを。
サラダはミズキを。
それぞれがそれぞれに想っていた。
それを的確に知りながら当事者の感想は、
「面倒だ」
であった。
そうには違いないのだ。
「では三日後までに遠征の準備をおしなさいな。しっかと伝えましたわよ」
そしてサラダは学食を後にした。
――話を戻して現在。
ちょうどミズキとサラダを乗せた馬車が、グラス砦に着いた。
ちなみに学院の生徒による反対の声は、方々から聞こえたものだ。
「炎竜吐息……ドラゴンブレスのサラダ様と、へっぽこのミズキごときが、一緒に戦場に行くなんてありえない」
そんな声は、主にサラダを最強と思い、敬っている人間の言の葉にこそ、顕著だった。
「ミズキが足を引っ張るのは明明白白」
とも。
セロリとカノンは、そんな声に怒りを感じていた。
もちのろん……ミズキ本人は飄々としていた。
言うまでもなく重ねて「自身がへっぽこである」ことを認めているのは、既述の如く。
今更繰り返し強調されても、涼風のようなものだ。
夏の蝉の声と何ら相違ない。
それはグラス砦においても、変わりは無かった。
「サラダ殿、ミズキ」
ミズキとサラダを砦に迎えた将軍は、厳しい顔つきをしていた。
ミズキが呼び捨てで、サラダに「殿」を付ける辺り、内心が窺える。
それを責めるべき心積もりを、ミズキは心の内に見出せはしなかった。
「一時的とはいえ、貴公らはグラス砦の兵士であり戦力である。民の安全と財産を守るために、麦の国と命を張って対抗するための装置である。努々それを忘れないことだ。サラダ殿とてシルバーマンの血統とはいえ軍属である以上、我の指揮下に入ってもらう」
「承知していますわ」
サラダは、あっさりと言いきった。
「貴公が《あの》ミズキか……」
「見知っていらっしゃるのですね」
どういう意味かは言わずともわかる。
「稀に見る劣等生だと聞いているが……」
「どうぞへっぽことお呼びください」
「何を言う。貴公に魔術師としての威力を求めなければ、いくらでも使い様はある」
「剣なんか振れませんよ?」
真実を捉えていないにしても、ミズキの言葉は本音だった。
「だが貴公のワンオフ魔術……治癒は後方支援としては効果的だ。魔術の扱いは残念だと聞いてはいるが、水属性のゼネラライズ魔術……治癒強化程度の効果はあるだろう?」
「まぁそれくらいなら……」
真っ赤なウソである。
だが訂正すべきこととは、ミズキには思えなかった。
「さて、ではとりあえず今日は疲れたろう。部屋を用意しているから休んでもらって結構だ。もっともさして上等とはいかない寝床だがシルバーマンとしては大丈夫かね?」
「気にしてもらわなくて結構ですわよ」
見得と我慢で言葉を紡ぐサラダ。
「できればミズキと同室したいのですけど」
「もとよりそのつもりだ」
「ですの」
サラダは納得したらしかった。
「うむ。では本日は解散。明日は出兵することになるから、心残りがあるならば、ここで清算しておきたまえ」
有り得ない言葉を聞いた気がした。
「出兵?」
これはミズキ。
「うむ。作戦概要は明日になって話すが、心構えは既に持っていても構わんだろう。麦の国の軍隊が、海の国の国境を犯して、即席の砦を構えようとしているらしい。それに対抗するため出兵と相成る。そのためドラゴンブレス……サラダ殿にご足労願ったのだ」
「――俺はおまけか」
とはミズキは言わなかった。
要するに彼本人の意図しない所で厄介事が発生し、それに巻き込まれたのだと悟る。
嘆息を一つ。




