第20話 へっぽこなりし治癒魔術01
次の日。
ミズキの名は、学院に爆発的に広まった。
無論ながら「天才魔術師サラダを撃破した」ことが、その起爆剤であることは明らかだ。
弾速の火魔術たる火球を素で避ける体術。
優れた風魔術たる疾駆の行使。
そして本来防御用であるはずの風魔術たる術式拡散を、攻撃の補助に使うという機転。
それらを以て、
「ミズキは実は優れた魔術師だったのか」
などという噂が横行した。
それは同時に、
「サラダは実は劣った魔術師だったのか」
という噂と並列だ。
ミズキとしては波風を立てないつもりであった。
けれども、反射的に怪我の要因を回避するため、実力の一端を見せてしまったのだ。
『とある理由』によって、術式拡散を張りっぱなしにして、魔力と体力を底まで落とす……そんな戦術は使えなかった。
同時に、怪我の要因を受けてはならない、との理由と根底は同じものだ。
だからとて降参が使えない以上、どうにもならないのも事実である。
ともあれ学院生の大半が、ミズキの勝利を見たのだ。
殊に風の属性と親和性の高い魔術師にとって、疾駆と術式拡散による近距離戦闘術は、新たなモノの見方だろう。
突風や鎌鼬といった攻撃魔術にばかり目のいっていた者には、その目から鱗が落ちる勢いであった。
――ミズキが強かったのか?
――サラダが弱かったのか?
それらが学院生のディベートの対象となり、どちらを支持するかは人によって違った。
そして前者は、ミズキに敬意を持って接するようになった。
「面倒くさい」
彼は、相手にしない。
生徒の一部には、
「魔術の指導をしてください!」
熱狂的にミズキを持ち上げる者までいた。
「俺は参考にならんぞ」
彼は、一蹴する。
実際、魔術を使っての近接戦闘など、一対一だったから通用したようなものだ。
遠距離から広範囲で大威力の魔術を放てば、戦争の決着はつくのである。
そのためミズキの戦術は、魔術師としては異端と捉えられている。
まして先日の決闘は「治癒強化で治せる範囲の攻撃しか受け付けない」という縛りの効いたルールである。
「サラダがワンオフ魔術を使えたら、すぐ負けていた」
ミズキは積極的に触れまわった。
サラダのワンオフ魔術……炎竜吐息は超高熱のプラズマを、ビームとして放つ……威力の規模の高いものだ。
「そんな魔術が、たかだか術式拡散で無力化できると思うか?」
逆に、そう彼は尋ねたい気分であったのだ。
少なくとも凡俗な魔術師には、不可能な行為である。
そんなわけで、
「勝ったのは偶然だ」
ミズキは力説した。
事実なのだから「実はミズキが強かった」と思う人間は、反論の余地なく封殺された。
あくまでルールに則ったから勝てたのであって、実際の実力差の開きはいかんともしがたいと。
ソレが流布されると、ミズキの支持者は目に見えて減った。
「魔術師として優れているのは、長射程で広範囲で強威力の魔術を覚えている者だ」
そんな結論に至ったからだ。
少なくとも学院側が、そんな魔術師を望んでいるのは明明白白であった。
結局ミズキへの評価は一過性のモノで、彼自身が望んでいる通り、
「ミズキはへっぽこ」
に落ち着く。
救い難いことに、これに一番喜んだのが彼自身だった。
人より劣っているということに、安堵している節さえある。
理由の根幹は、自身のワンオフ魔術だが、何より「波風を立てたくない」という心理が働いていることも、否定できない。
「なんでミズキちゃんが勝ったのにそんな結論になるの」
とはセロリの言で、
「実戦向きじゃないからな」
とはミズキの反論。
ミズキとセロリは、カノンの研究室で茶を飲んでいた。
カノンが研究室を独占しているため、それなりの説明を必要とするのは必然。
学院長はカノンに『学院特別顧問』という肩書を与えた。
生徒でも教師でもない地位だ。
そのうえ給料まで出るのだから垂涎の的だ。
その給料でカノンは高い茶葉を買い、ミズキとセロリに紅茶を振る舞っているわけだ。
「でもさ。でもさ。勝ったのはミズキちゃんなんだよ?」
セロリは納得いかないらしい。
「戦術は優れていましたね」
カノンは淡々と。
「が、二度通じる類のものではないし」
ミズキの反論。
皮肉っぽく言って、ミズキは茶を飲んでいた。
セロリが「実はミズキちゃんはすごいんだよ!」オーラを発しているのは重々承知で「それがどうした」と切って捨てる。




