第19話 鉄壁砦のひみちゅ10
「待っていましたわ……へっぽこ……」
あからさまな「ご挨拶」だった。
もっとも……今更ご機嫌伺いもないものだ。
「お手柔らかに」
緊張も不安も、白い瞳には映っていなかった。
ただ静かな闘志のみが、ミズキの感情の全てだ。
そしてソレに対して、不満げなサラダ。
「いつまでその余裕が持つかしらね?」
皮肉だったはずだ。
「努力はしてみよう」
彼は、サラリと躱す。
「ちっ!」
彼女は舌打ちした。
深緑の髪が怒りに震え、深緑の双眸が苛立ちを覚えていた。
だからとて、畏れいる彼でもなかった。
「いい試合をしよう」
ミズキはサラダに向かって手を差し出す。
ごく自然に。
さりげなく。
「む……」
困惑する彼女。
傷つけたくてたまらない相手から、握手を求められたのだ。
しょうがないことではあった。
「地獄を見せて差し上げますわ」
物騒なことを言いつつ、握手に応じる。
そして二人は距離を取った。
決闘のルールだ。
魔術師同士の決闘であるために魔術を用いたものであることは、火を見るより明らかだ。
そしてそのアドバンテージを活かすために、魔術師同士の決闘は、普遍的に距離を置いて始まる。
「近づくにも努力を相応必要とするべき」
との理念からだ。
実戦形式と謳ってはいるが、要するに魔術に秀でた者を有利にするためのセーフティに相違ない。
そんなわけで、二人は距離を取って、互いを見据える。
「やれやれ」
白い髪を梳くミズキ。
「…………」
幼い殺意を視線に乗せるサラダ。
そして、
「始めっ!」
と審判の裂帛の声が発せられ、決闘が開始された。
同時に、ミズキは固有時間を冗長にする。
――ドクン。
心臓が脈打ち、感覚時間がゆっくりと流れる。
「――火球――」
サラダが、呪文を唱えた。
火属性のゼネラライズ魔術であり、炎の塊を生み出す魔術だ。
文字通り……あるいは宣言通りの魔術は、火の球となって、ミズキを襲う。
「…………」
ミズキは必要最小限の動きで、これを躱す。
ミズキの背後の決闘場の壁にて、火球が炸裂して炎の花を咲かせる。
次はミズキの番である。
「――疾駆――」
風属性のゼネラライズ魔術……疾駆。
風を纏い、風の勢いを使って、移動や跳躍の補助を行なう魔術である。
使う者が使えば、強力な位置取りを可能とする魔術であり、ミズキは「使う者」の一人であった。
一気にサラダとの距離を詰める。
「っ!」
銃の弾速に近い火球の魔術を避けられ、なおかつ疾駆を使って距離を詰めてくるミズキに、一瞬だけサラダは狼狽する。
けれど次の瞬間には対応した。
「――相対固定――」
防御の魔術を展開させる。
土属性のゼネラライズ魔術……相対固定。
それはセロリやカノンが会得しているゼネラライズ魔術たる自己固定の上位互換である。
自己固定は、自身の周囲に力場を発生さて物理衝撃を無効化する防御魔術である。
かわりに防御の力場が発生するため、行使した魔術師は一歩もその場を動けない。
対してサラダの展開した相対固定は、自身の周囲に力場を発生させる点では自己固定と同じだが、自身との相対座標を基準とするため、防御力場を発生させていながら移動や行動を可能とする。
まさしく自己固定の上位互換なのである。
魔術の天才にして魔術師の麒麟……サラダ=シルバーマンにふさわしいゼネラライズ魔術と言えよう。
しかれどミズキは、その一歩先を行った。
強力な風の後押しによって、サラダとの距離を一気に詰めると、勢いをそのままに次の魔術を行使する。
「――術式拡散――」
分解の性質を持つ……風属性のゼネラライズ魔術。
自身の周囲に風の力場を作り……触れた魔術を拡散させる。
それは本来防御用の魔術だったが、ミズキは攻撃の手段とした。
即ち、
「相対固定の牙城を拡散させる」
という名目だ。
そして、その通りに、魔術は駆動する。
彼は、疾駆によって、一気に彼女へと間合いを詰め、術式拡散によって、敵対者の相対固定をキャンセルさせる。
「な……!」
驚愕する他、サラダは無い。
まさか術式拡散を攻撃に使うなど、思いもよらない手段であるからだ。
しかし事実は事実として目の前にあった。
サラダの相対固定は、ミズキの術式拡散によって無力化される。
そしてミズキはサラダに急接近すると、その喉に手を伸ばした。
呼吸器の通過部分であると同時に、血脈の主たる頸動脈を、手で押さえたのだ。
「ぐ……が……!」
喉を握りつぶされたサラダが、抵抗の意思を示す。
しかれど、それも無駄な行為だ。
ワンオフ魔術ならともかく、ゼネラライズ魔術は、等しく呪文を必要とする。
そのための発声器官である喉を押さえられたのだ。
呪文を唱えられず、加えて脳へと血流を送る頸動脈は塞がれた。
サラダが意識を失うのに、そう時間は要らなかった。
三十秒程度で、全ては終わる。
そしてそれが決着だった。
学院の天才魔術師サラダが、へっぽこ魔術師ミズキに負けた――それはあまりと言えばあまりな……世紀の瞬間であった。




