【アルバ視点】俺は何を……
キッカが回復と浄化をかけてくれている間にも、俺の精神力はゴリゴリと削られていた。
肉体的には大きな傷など負っていない。
ゴースト達はどうも魔力を吸収しようとしていたようだが、俺はもともとが剣士だ。魔力など微々たるもので吸収されようとされまいと問題などない。
ただ。
ゴースト達は俺の体に入ってくるたびに、嫌な記憶をよびさまし、不安をかきたてるような幻を見せてくる。
父が、母が、妹が、魔物に襲われ、命を落としたあの時。
いきなり孤児になり、路上をさまよった不安な夜。
生きるために冒険者になり、ひとりで魔物と対峙した恐怖。
砂漠を渡る途中で砂嵐に巻かれ、埋もれて死にかけた旅路。
そのせいで方向も見失い、ただただ渇き、飢え、孤独にさいなまれた、生々しい記憶。
冒険者として腕をあげるまで、何度も死にかけた時期の幻影ばかりが何度も脳裏で再生されて、まるで追体験するようにその時の恐怖が俺の心をむしばんでいく。
不思議と浄化の旅の幻はでてこなかった。
俺の人生の中であの二年間は、割と落ち着いた時期だったと言えるんだろう。
初めて他人と一緒に旅をして、命を助けられたことも何度もある。嫌みな奴らも混ざってはいたが、聖女であるキッカを守ると言う目的は一致していたから、俺はなんだかんだでその点ではあいつらを信用していた。
「どう? 歩けそう?」
「ああ、おかげでだいぶマシになった」
行こう、と声をかけて歩き出す。俺を守ろうとでも思っているのか、キッカは率先して俺の前を歩き始めた。
5階、6階と階数が上がって、スケルトンやリビングデッド、ブラッディハウンド、ウィスプ、リビングアーマーと強力なアンデッドモンスターが増える中、ゴーストだけは必ずと言っていいほど一緒に現れ、地味に俺の精神力を削っていく。
アンデッドを倒しては先を急ぐ道中、キッカの細い肩を見下ろしながら、俺はその肩に手を伸ばしたい衝動と何度も戦う羽目になった。
なんせ死にかけた記憶と同じくらい頻繁に見せられたのは、目の前にいるキッカの幻だ。
王城で装飾品を自ら剥ぎ取って、俺達の前からいきなり姿を消した瞬間。
目にいっぱい涙を溜めて、「私は絶対、日本に帰る」と月に向かって呟く姿。
「帰る方法が見つかったの!?」と跳ねる程喜んだ笑顔。
彼女が「さよなら」と微笑む幻影。
キッカが彼女の世界へ帰るんだと思い知った時の絶望感が、それら幻とともに胸中をかき乱し、黒い澱となって俺の心を塗りつぶしていく。
最上階への階段を守るリッチを倒し、体内に入り込んだゴーストを浄化し終えた頃には、俺の精神はもはや限界を迎えていた。
振り返ったキッカの顔が、なぜかぼやけて見える。
行ってしまうのか、キッカ。
だめだキッカ、帰らないでくれ……。
そう言い出してしまいそうになる口を、必死で閉じた。
止める事などできる筈がない、この二年間キッカが何よりも望んできたことだ。キッカは彼女の世界に親兄弟だって友人だっている、それを捨てる事など彼女は絶対に望まない。
きっと彼女は帰ってしまう。……そう、帰るのは仕方ない、でも。できることなら。
「キッカ、俺も一緒に、お前の世界に連れて行ってくれ……」
「えっ」
キッカの驚いた声に、ハッとする。
ちょっと待て、俺は今、何を言った……?




