≪第二五話≫ No.27-Ⅱ
≪第二五話≫ No.27-Ⅱ
突然、香山が祈願を止めて、俊高達の方に向き直った。その眼は、女の物ではなく、猛々(たけだけ)しい男の眼であった。
『我、汝の主、大和の国 太初の天皇 神武大御神なり!天の香山の命の召しにより、降臨せり!八島の御国(日本国)、乱れて早60余年、戦の無い処、何れにあらんや!外国の侵略あり、乱れしこの世を正せよ! 小太郎俊高、汝に使命を託せん!』降霊した香山は、俊高の眼の前に来て、榊の枝で両肩に触れた。
俊高は、香山をしっかりと見詰めたが、眼の奥に感ずるその方は、間違いなく、あの亀城決戦の日に、八幡神社で体験した神武天皇と名乗ったそのお方の声と雰囲気であった。
「私に道を示して下さい。」『我の宣旨を書き記せ、・・・汝、西方にて大蛇退治すべし。東都を築き、西都を清めん。西女の災い、南方に試練あり。天下の事、古の事割にて統べるべし!!』
「私に天の印を下さりませ!!』と俊高は、懇願した。
『すでに汝に与えし王冠と剣を用いよ!また、天の真の姓を与えん。己を信じ、迷わず進むべし!!』
降臨した神武天皇は、俊高の頭に榊の枝を振った。不思議に雫のような水滴を俊高は感じていた。確かに彼の額には、水滴が付いていた。宣旨が終ると、神武天皇は再び、祭壇の前に立ち、暫く佇んでいたが、「有難きかな!神武天皇様、詔を確かにお受け致し候」香山は常の女の声に戻っていた。
「硯と筆を持てい」と神女に命ずると、祭壇の脇に有った文机を香山の前に運んだ。さらさらと、一筋の糸が流れる様に、白い和紙に文字が認られた。
【西方にて大蛇退治すべし
東都を築き、西都を清めん
西女の災い、南方に試練あり
天下の事、古の事割にて統べるべし
汝に与えし王冠と剣を用いよ
また、天の真の姓を与えん
己を信じ、迷わず進むべし】
香山は降臨した神武天皇の宣旨を、書き留めて俊高に渡した。俊高は謹んで受取り、祭壇に深く頭を垂れた。従者の3人も其れに習った。
「俊高殿、貴方の行かれる道は嶮しく孤独な道でありましょうが、天意を信じ、犠牲を恐れず、突き進んで下され。天下・万民の悲願を成就されよ。」
初めて会う、香山・紗枝であったが、俊高は何故か、懐かしい母の面影を感じていて、涙が滲んだ。
「また、会って頂けまするか?」と子供の様に、俊高は香山に縋ったが、香山は首を振って、「私の使命はすでに終わりました。貴方に総てを託したのです。」と静かな中に、強い意志が取れて、俊高はただ頷いていた。
時は、既に亥の刻(午後11時)を周っていた。4人の稲島衆は、弥彦大社の方々に礼を述べて、帰りは神社より借りた馬で、夜掛けして岩室の館に戻って行った。
俊高は、同行した3人に今宵有った宣旨の事は時が来るまで公にしてはならぬと口止めした。この様な話を敵方が知れば、必要に討って来るだろうし、また弥彦大社にも災いが掛かる恐れがあったからである。それでも情愛には自らが伝えたし、笹川常満と柿島信政には、佐野高兼から詳細を伝えさせた。