≪第二三話≫ No.25-Ⅱ
≪第二三話≫ No.25-Ⅱ
三日前に拝殿の旨を伝えていた俊高は、陽が落ちる前に数人の伴連れと共に天神山城に着いていた。焼け落ちた城郭も可なり修復が出来ていた。
ここから隣の多宝山に登って弥彦山に出る。弟の高喜・佐野高兼・真島良高を連れて、薄暗くなった山道を進んで、弥彦神社の領域に入った。そこに5,6人の守備兵がいたが、既に話が通じていたので2人の兵と共に、奥殿に通じる細道を案内されて本殿の裏庭に出た。
拝殿の境内は、篝火が輝き夜空を照らしていた。俊高は数年振りに参敬出来た。斎藤氏との戦中で有ったので、人目を避けてこの様に来なければならなかったが、子供の頃からこの弥彦の聖域に来るのが好きだった。何故か心が癒されたからだ。中年の巫女が4人を拝殿の中に導いてくれた。
本殿には、既に届けさせていたこの5年間の戦勝成就の御礼俸物が祭壇の上下に並べられていた。米・果実・木の実・海の海産物、干物類・反物・和紙、銀塊そして俊高が築き上げた製鉄品と毒消しの薬品をも奉納した。大小一振りの刀も、献上品として並べられ、中央の祭壇に添え状が置かれていた。
暫くすると、高橋宗宮司が補佐の宮司と2人の巫女を連れて、拝殿の中に入って来た。双方、会釈をして祝詞が始まった。時折、巫女が鳴らす鈴木が広い拝殿の中に沁み渡った。高橋宗宮司がここ5年余りの俊高の功績を、あの独特な舌を滑らす様な言い回しで、朗々と弥彦大神に報告して、天の御加護に謝意を述べた。儀式は凡そ半時(1時間)で終わり、その後、俊高ら4人は、高橋宗宮司の案内で社務所に赴いた。
社務所の中庭に面した座敷で、4人は酒・肴の振舞いを受けたが、「先代・俊秋様を始め、稲島家には多くの寄謝を賜り、感謝に堪えませぬ。俊高殿にも、目覚しい御活躍、我ら皆も感心しておりまする。」と宗宮司がにこやかに挨拶したので、俊高も返礼した。「拙い者がここまで来れましたのは、一重に天の御加護の賜り物と感謝致しておりまする。」俊高の思いは世辞で無く本心からの言葉であった。
「俊高殿の日頃からの御精進は、良く聞いておりまする。・・・・処で・・・」と宗宮司は、少し口調を変えて俊高を見た。「今宵、俊高殿に会って頂きたい方がおりまする。」「はい、どなたでしょうか?」
「この弥彦神社にいる、紗枝と云う巫女を御存じでしょうか?」50がらみの髪に白い物が混じっていたが、顔の梁はまだ若々しい色艶で、更にほほ笑んで話した。
「紗枝殿・・・・?」
「御屋形様、弥彦の香山様でござるよ。」と佐野高兼が添えた。
「おゝ、あの有名な香山様か!!」と高喜も続いた。
「香山様な。御名前は幾度か聞き申した。・・・・紗枝と云われるのか。」と俊高も理解した。「はい、間瀬の生れで12歳より、巫女として修練してきましたが、14歳の折、神託を受け始め、数々の天意を伝えて参りました。
紗枝の御神託は、当社の大神様であられる「天香山の命」伊夜比古神であられまする。千数百年の歴史がござるが、大神様の宣旨は初めての事。始め私も慎重に致しましたが、その御託宣が悉く当り、災害・流行り病い・大火などの宣旨があり、その都度、災いより、救われて来ました。
その噂で、近辺は元より、越後全域や他国からも、御託宣を受けようと参っておりまする。」
「うぬ、そうであったな。・・・して、その紗枝殿にわしを会せたいと云われまするか?」
「はい、稲島様が来られると聞くと、紗枝いや、香山様は是非ともお会いしたいと申されて、催事が終った後に、お連れする様に云われておりまする。如何か?・・・」
「相判り申した。今宵、この御弥彦様に詣でた事も、天の御計らいでありましょう。是非、お会いしたい。」と俊高が答えると、3人の従者達も歓喜の声を上げた。