(四) 稲島家の秘宝 ≪第十六話≫ No.18-Ⅱ
(四) 稲島家の秘宝
≪第十六話≫ No.18-Ⅱ
時は、卯月(4月)の8日となっていた。天神山城の戦やその後の吉田ヶ原の戦が無ければ、三和と笹川行充の祝言が行われていたであろう。今は、稲島勢にとり、早急に防備を固めねば成らなかった。長者原城の改築にも、焼けた天神山城の修復にもまだ時間が必要であった。
漸く、立ち直りを見せた俊高であったが、未だ本当の行くべき道は模索している有様であったが、叙々に元気を取り戻していた。そんな日の深夜密かに、千春が西の丸の奥の間に忍んで来た。
既に情愛も倖希王丸も休んでいた。千春は、祈念の間で一人読み物をしていた俊高に近づいて行った。
「御屋形様、夜中の訪れ、御許し下さりませ。内密に源芯様がお出でに成り、御屋形様を御待ちでおられまする。」と掠れた小声で告げた。襖を開けると地味な通し柄の下働きの女たちが着る小袖を着て座っていた。「源芯殿は、どちらにおられる?」「はい、八幡様の奥の殿にてお待ち致しておりまする。」「奥の殿は人が入る様な広さはあるまい。」「はい、恐らくその裏山かと・・・」「そうか、支度をして直ぐに参る。」「あの~、源芯様は私も一緒に来るようにと・・・・」「うぬ、・・・そうか、ならば付いて参れ。」
二人は、密かに城を抜けて裏山の小道に出た。俊高は、編み笠をして顔を隠したが、月明かりが有って松明が不要な夜であった。城内の兵にも見付からない様に二人は、山道を抜けて、海見寺の脇から郷道に入り、40段はある八幡神社の登り口に来た。細長い石段を登って行くと二つ目の鳥居を潜った。400年の歴史が刻まれた古いが厳かな神殿が目の前に現れた。
9ヶ月前に、激戦を行った場所であり、不思議な天啓のあった処でもある。境内は人気が無く静かな春のおぼろ月が辺りを照らしていた。俊高と千春は、周囲を警戒しながら本殿の後ろにある奥殿に向かった。拝殿の3分の1もない奥殿だが、そこに神社の御神体が奉納されている。
人影がないので、裏山を見たが誰もいない。その時、「御屋形様!」と千春が呼び止めたので振り向くと灯蝋の提灯を持った影が近づいて来た。「御屋形様、こちらへ」と灯りの主が声を懸けた。八幡神社の宮司である橋本左内であった。俊高は千春の顔を見たが、彼女も事の次第が判らぬ様であったので、挨拶を交わし、三人は境内の敷地にある宮司の屋敷に入って行った。ここにも子供の頃や16歳の元服の折に来ていたが、戦後、改築されていた事も有り、今日初めて来た様な雰囲気でもあった。
暗い廊下を過ぎて奥の間に通された。そこに白無垢の衣袴姿の源芯が待っていた。先月の20日に会って、再びこんなに早く実の父に会えるとは思ってもいなかった。上座の源芯と俊高は向い合って座った。
「朱鷺の権坐が知らせて来た。千春からの手紙もあってな。そなたに会わねばと早々やって来たぞ。」源芯は厳つい顔付を崩して愛しい息子を見ていた。俊高はその言葉より宮司の橋本左内が此度の件に関与していたのかと彼の顔を見た。
「俊高殿、橋本宮司は今宵の話に無くてはならぬ方故、同席頂いた。安堵されよ。」と懸念顔の俊高を見てにこやかに添えた。
「此度の戦、大変であったな。黒江勝重の事、権坐から聞いている。並みの武将ではない様だな。武田の騎馬隊にいた様だが、甲斐の騎馬軍勢は天下一であろうよ。わしも諸国を練り歩いたが、あれ程、統率が執れた軍団はあるまい。そこで習得した業を更に磨いて、斎藤家で披露致したのであろう。」
俊高は唯、黙って聞いていた。「千春から聞いたが、祈念の間に籠り、7日も食を摂らずに瞑想していたのか。しかし、そなたの思い、苦悶する事も大切に致せ。道は必ず何処かに有るものよ。・・・・さて、今宵の本題に入りたい。」俊景・源芯の性格であろう、ズカズカと話を進めて行った。
「千春、例の物をこれに、」「はい、」と袂から巻物を出し、帯の間から錦織の綺麗な小袋を出して、源芯に手渡した。源芯は、巻物を取ると一礼して、封を解いた。そこには漢字文でびっしり文字が書かれて有り、所々に方位や絵柄・地図などが描かれている。大層古い物の様で、全体が掠れていた。