(三) 黒い騎馬軍団 ≪第十一話≫ No.13-Ⅱ
(三) 黒い騎馬軍団
≪第十一話≫ No.13-Ⅱ
天神山城が落城した翌日、俊高は戦後の後始末を進める兵士達を慰労しながら、天神山に登ってみた。あちらこちらに、戦の傷跡があり、古いが美しい山城も損傷が醜かった。火責めの跡、血塗りの跡、壊れた土豪や柵などを観ながら、頂上の本丸址に着いた。2階建の広さ25坪程の建物は崩れてまだあちこちに煙が出ていた。
亡くなった荒田照美は、菩提寺の種月寺にて埋葬させる手配を清水雅兼に命じていたが、この岩室は隣国であり、時には縁組をし、時には敵対して稲島家から見れば、良きライバルであった家柄である。そして俊高にとり何より母の実家である。戦国の常とは云え、一つの家系が消えるのは、そこで培われた様々な人間模様やその地で生れた伝統・文化が消える事である。
稲島家とほぼ同じ頃、この地に領土と成した高野家も、既に荒田惣衛門の時に事実上絶えていたが、それでも血筋があれば存続したものを、結果として己と弟の喜久次高喜しか残っていないのである。戦の空しさを落城して焼け焦げた煙の臭いを嗅ぎながら、焼け跡の天守を観つつ、荒田惣衛門と云う一人の男の欲により一族を滅ぼしてしまう哀れさが、勝利を治めたはずの俊高の心は虚しさを伴って覆っていた。
その時、誰かが「お~い、白根城が燃えているぞ!!~」と叫びを上げた。広い越後平野が一望出来る処である。数里先の大蛇の様に畝っている中之口河を越えて、佐藤氏の本拠地・白根城が白い煙を何本も立てながら、赤い火柱が上がっていく姿が観えた。
昨日の岩室での勝敗を知り、斎藤勢は一挙に攻め入ったのだ。全盛期の佐藤氏であれば、五千の兵で攻めても簡単には落ちなんだであろう。佐藤政綱という60に近く、輿に乗ってしか戦えぬ党首であれば、脱走する兵が絶えず半日もあれば落城は時間の問題であった。
また、一つ、戦国の一族が消えて行く。稲島家の長年の宿敵であり、俊高にとってもここ数年、命を懸けた相手であったが、俊高は思わず、合掌していた。
背後に風の様な動きと気配があって、俊高はとっさに振り向いた。頭に日笠をして、農民姿の権坐であった。跪いて顔を上げた。
「権坐、久しぶりだのう。どうしたか?」「はい、御屋形様、三条が動き出しました。」小声であったが、通る声で良く聞こえた。
「いよいよ来たか。白根の軍勢か?」「いえ、三条からの別働隊でござる。」「数は?」「1300」「うぬ、狙いは何か!?・・・・今、何処まで来ている、権坐。」
「はっ、吉田郷辺り。」「誰が率いておるか?」
「黒江勝重という男でござる。」「黒江、・・・勝重・・・聞かぬ名じゃな。」「周りからは、何故か『鉄扇様』『鉄扇殿』と呼ばれておりまする。
昨年の春、関東・北条氏より離れて、奥方の在所(生家)がある越後・田上に居りましたが、斉藤家家老の石田七衛門芳時が評判を聞き、禄を与え召し抱えましたが、早々昨年秋の駒込の戦いにて武功を上げ、今では侍大将として、1軍を率いておりまする。」
「歳は?」「まだ、40前の様ですが・・・」「戦振りを見た事があるか?」「いえ、ござらぬ。・・・ただ、騎馬隊を用いるのが、得意とか・・・」「そうか。しかし、ただ一度の戦いで1軍を率いる侍大将になれはしまい。可なりの力の持ち主であろうな。・・・権坐、手下を連れて、敵の動向を細かく探ってくれ。良いな!」「はっ、承知仕る。」