≪第十話≫ その3 No.12-Ⅱ
≪第十話≫ その3 No.12-Ⅱ
天神山城の北西側に待機していた俊高の別働隊は、この信政の軍が攻めるのを待っていた。俊高は部隊を3つの組に分け、高喜と良高に組を任せた。笹川行充は自らの組に入れて、透太たちが夜中に用意してあった麻の綱で先ず、絶壁の中腹まで登ると、そこに太い竹の足場が造ってあって、其々の組は、そこで一端待機した。
この断崖は足元から凡そ半町(50m)の高さが有り、竹の足場は丁度七部辺りで、その先は更に急な勾配の崖となり、常人では登り切れない斜面であったので、3人の根来衆が先陣で上から綱で引き上げる形になった。幸い雨も止み始め、信政達の軍勢が必死で攻城していた為、城方の兵はそちらに気を取られ、26人の侵入まで、殆んど気が付かなかった。
主将の照美が離れた事も幸を奏した。山頂に上った別働隊は、手筈通り高喜と良高の組が、天神山の入口を奇襲して、城兵を倒した後、背中の薪束を下し積上げ、それに油を掛けて火を付け、本丸に下から侵入する敵を食い止めた。俊高の組は、矢先に油が入った弓に火を付け、一斉に天守閣の板塀に弓で火責めを行った。
一瞬の出来事で、城郭を守っていた兵士たちは、対応出来ず、慌て出していた。俊高と高喜は、時を見て行充を連れ、一気に天守の中に入り、内にいた敵兵を徐々に倒しながら、2階に駈け上がって、三和を探す。建物の中は、煙が漂い出し、女達が悲鳴を上げて、逃げ惑っていた。
薄煙の中、「兄者!!~」と高喜が叫ぶと、俊高はそこに縛られて蹲っていた三和を見出した。「三和!!大事ないか?」と猿轡を外しながら、妹を抱きしめた。
俊高の胸の中で、声に成らない呻きの様な嗚咽で何度も頷く三和であった。奇襲は大成功したが、次の脱出に手間取れば別働隊は少数なので、全滅させられる。本丸の俊高達の奇襲に気付き、荒田照美も駈けつけて来た。
精鋭を以って小隊を組んだが、狭い山頂での戦いである。数が少なければ、長く持ちはしない。俊高は奇襲後、脱出する為に、草日部軍が待っている松岳山に繋がる道を選んでいた。ここの空堀を2つ越せば、味方と合流出来る。「良高、引上げるぞ!!」と下知を飛ばし、一斉に燃え出した本丸の火を避けながら俊高たちは、北東の出口に向かっていた。
山間から、山頂の様子を覗っていた稲島全軍は、天神山城の天守が燃え出したのを見定め、一斉に各所で本格的総攻撃が始まった。
山頂では、鬼の形相で逃がしはせぬと、刀を振り回して、照美が追って来ていた。登上した26人の内、既に10人は倒されていて、残りの者で陣形を組み、何とか敵の猛攻を防いでいたが、朱音以外の忍びは集まって来る敵兵を牽制してくれた。
一方で高喜・良高・朱音の3人は、激戦の中、城兵が用いる空堀を渡る木橋を掛けて、松岳山側の味方を引き入れる事が出来た。
待機していた草日部の猛将・公英と若将・貴英の活躍で、一挙に形勢は逆転して、難攻不落と云われた天神山城は、俊高が明言した様に、1日・1時で落ちたのだ。荒田照美は壮絶な戦死を遂げ、余り戦好きで無い風評であったが、さすがに戦国の男である。父の後を追って激しい斬り合いの中で旅立って行った。
攻防戦は昼前には終っていた。大将の荒田照美が討取られ、本丸が落ちた事が判ると、城兵たちも急激に戦意を失くして、降伏する者が多く、最期まで戦っていた武者留まりにいた照美派の武人達や斎藤家から派遣されて来た武士団も刀を捨てて、投降した。
今回の反乱で高野家の旧勢力は一掃された。この戦によって、俊高の立場がまた大きく変わる節目の時でもあった。岩室・高野領は僅か8ヶ月足らずで指導者を失い、自動的に母の実家でもあった為、稲島俊高が治める領土となった。
高野家は昨年の亀城戦で勝利を収め、失っていた土地も戻り、500石加増と成り7,300石・630人の兵力を持していたが、俊高が家督を相続して以来、稲島領は、この6年の間、目覚しい発展を成して来たので、亡くなった父・俊秋の時に相続した4300石・兵力370人から、今では7,500石・兵力650人となっていたので、岩室・高野領を併合すれば、14,800石・兵力1,280人となり、嘗ての白根・佐藤氏を凌ぐ家柄となった。




