8 白竜との会話
2、3日で即席のストーリーを作るには限界があることを作者は思い知りました。
(……大丈夫?)
狼の亡骸に立ち竦む理性にまた不思議な心の声が聞こえ、理性は我にかえって声がした方へ視線を移す。思えばこの声によって敵の襲撃に気づけた。その正体は誰なんだろう?気になった。
その方向とは狼と白竜の小競り合いが起こったところからだ。重々しい物音が近づいてくる。その音にまさか、と思った。そしてその予想は見事に的中してしまった。
現れたのはさっき乱入してきた白竜だった。どうやら小競り合いの結果、白竜の方が勝利して狼の方は逃げたらしい。しかも傷ひとつ負っていない。気迫勝ちで決着がついたのか……。そう思うと竜の恐ろしさが改めて分かる。
白竜は少しずつ理性に近寄ったが距離を5、6メートルとって立ち止まった。
理性は数メートル離れた白竜の緋色の瞳に見つめられ、持っていた大鎌を構えたが、本能的に恐怖を感じて今度こそ逃げようとする。
(怖がらないで……。君に……怪我をさせたりしないから)
緊張した声が竜の方から自分の心へ直接聞こえてくる。その声は幼い少年で、話かけることが苦手のように震え、竜の目にも感情が現れていた。
(竜が……喋った!?)
理性は驚いた。何よりも竜が喋るなんて小説ならともかく、現実では流石に出会えるなんてめったにないとばかり思っていた。さらに付け加えればこの異世界で日本語を話す竜は皆無に等しいと断定していた。なのに相手はすらすらと異世界の言葉を……。
(……?君は家族から竜のこと……教えてもらってないの!?)
白竜はそんな常識も知らないことに驚いて一層目を大きく見開いた。そしてさらに理性の度肝を抜く言葉を口にした。
(それに異世界って……何のこと?ニホンゴって……どういう言葉?)
首を傾げて好奇な目をまばたきさせた。それは自分が思っていたことに対する疑問だった。
えっ……。いきなりの返答に理性の表情が強張った。竜って心が読めたの!?白竜はこちらの心に思い浮かべた言葉に対して問いを投げ掛けてきたのだ。こちらから何も言葉を掛けずに。
(あなたは私の心の内が分かるの?)
白竜に向けた大鎌を下ろし、表面上は無言の質問をした。いつの間にか竜が獰猛で恐ろしい生き物だというレッテルは剥がされている。この世界での竜は人と話せて敵ではない優しい生き物となっている、と理性はすぐに解釈した。これもファンタジー小説を読みあさったギャップが逆に活きていたおかげだ。
(……そうだよ。でもこんな力は僕しか持っていないけど……。ううん、何だか君が竜を今まで知らないみたいに感じる……不思議な人間だね。)
白竜は言葉ひとつひとつ慎重に選んで話していて所々単語が切れていた。さらには言葉が弱く、切れる部分は不自然に頭を降っていちいち考え直す。明らかに自分以上に緊張して話掛けていると分かった。
(緊張しなくていいわ。大丈夫よ)
理性は白竜に呼び掛けた。幼竜が相手とはいえ、人間以外とまともに話すのは奇妙な気分に思えた。しかし、ここは異世界。郷に入れば郷に従え。これが当たり前だと言い聞かせて済ませる。
(……ありがとう)
白竜はその優しい配慮に純粋に小さく頭を下げた。
(それより、あなたのさっきの質問に答えるわ。)
(……?)
(信じてもらえないと思うけど……私、異世界からここに来たの。だから何も……この世界のことを知らないの。日本語っていうのは私が使っている言葉)
(えっ……)
白竜は異世界からやって来たことに驚いて、さらに驚いて今度はぽかんと口をあけた。開いた口からはさっきの人喰い狼よりも鋭く大きな長い牙がズラリと並んでいるのが遠くからでも見える。
相手が驚くのも無理はない。逆の立場だったら私がそうなってる。異世界程イレギュラーなものはないから。
(じゃあ君は……その……越えられるの?この世界の壁を……空間を……)
空間?理性にはその意味が分からなかった。この世界の壁……。越える。どういうこと?白竜の言葉をどう理解したらいいのか返答に困った。
白竜は理性の反応の鈍さと困惑する感情を読み取ったらしく顔をしかめて考える。あり得ない、と言いたげな目付きでこちらと目を合わせたり、そらしたりする。
(分からない……の?空間を……越えるっていう……意味が)
理性は正直に首を横に振った。
(分からないの。気がついたら森の中で倒れていたから)
白竜が大きく息を吐き出した。そして止めていた足を前に出して理性に近づいてきた。しかし何か躊躇いがあるのかその足取りは慎重なものだ。
最初は竜が近づくことに抵抗を覚えたが、相手に戦意がないことを会話で知ることができたので、接近を許した。竜の目は自分を心配するような、いたわるようなものだとすぐに理解できた。
結果、相手は目の前まで迫って止まる。その距離約50cm程。すぐ傍にせりあがった胸元の純白の鱗が心臓の鼓動と共に上下していた。本物の竜とここまで迫られるとその姿に圧倒される。幼竜だろうと成竜には及ばないが、威厳が感じられた。そして長い首をもたげて下ろし、顔を理性の視線と合わせる。
(大丈夫……?じゃあ……君には帰る場所がないってことだよね?戻る方法も分からないってことだよね?)
(そういうことになるわ……)
でも、仮にあったとしても私の居場所はあの世界にはない。私の身体は……交通事故で死んでしまったのだから。だから……必然的に今与えられたこの世界で生きていくしか私に選択肢が残っていない。
(じゃあ君は……帰れないんだね……)
白竜は今私が心の底で思っていることを全て知っている。だから直接死んでしまった事実を敢えて心に出して言おうとはしなかった。
(なら……)
終始無言で話す竜は鼻面で軽く理性の額をつついた。鼻面には鱗がないせいで柔らかい感触がした。
(前を向いて……生きようよ。僕だって……立場が君と同じかもしれない……)
白竜は緋色の瞳を寂しそうに彼女に向けて言った。それは同情の気持ちだろう。”同じ”だと言ったのだから。
(あなたにもギャップがあるの?)
(うん……)
グルルルル……。竜なのにまるで人間のような懐き方だった。しかし竜はそれ以上、暗い話をしなかった。というよりはしたくなさそうに見えた。
そして白竜は理性から離れる。
(でも……君は……僕のこと……知らなくていいよ。だって僕は竜だから)
そう言って話題を終わらせ、白竜は頭を下流の方に向けた。仕草がどこか辛そうに理性は見えた。表面ではそう言っているが、本当は話を聞いて欲しいと願っているような。
(なら君は……もしかして人間の住んでいる所を探して……川を下っていたの?)
話題を切り替えて白竜は理性に尋ねてきた。さっきまでの暗い雰囲気が嘘のようだ。
まださっきの会話を続けようとしたが、うっすらと話を戻さないで、と緋色の瞳がさらに圧力を掛けてきたので理性はそれ以上言及することを諦め、頷いた。案外竜に圧力をかけられると幼竜だろうと本能的に怖かった。
(この先……川を下って行く……と人間が川の水を引き……入れている場所に出る。そこからは人間が作った……水路を辿って行けば村に着けるよ)
ちゃんと自分に伝えるために言葉を要所で止めて丁寧に白竜は教えてくれた。勿論、言語表現に困って途切れ途切れになった箇所もあるが。
(ありが……)
グゥゥゥ……。
理性が感謝の言葉を言い終わる直前であり、反復して覚えようとする思考がお腹の鳴る音と蘇る空腹感に阻害された。そういえば……お腹すいてたの忘れてた……。狼に襲われ、白竜と会話するといった緊張から忘れてしまっていたからだ。空腹感がこれまで以上に苦しい。もうお腹が痛くてしょうがない。それに……。
眠い……。思わず欠伸が出た。この世界と時差があるんだっけ。時差が甚だしいと強烈な眠気に襲われるとか何とか。急に身体がふらついて白竜の鱗に覆われた横っ腹に不味いと思いながら寄りかかった。その際、大鎌が手から離れ地面にカランと転がった。寄りかかると脇腹から感じる心臓の鼓動に眠気がさらに拍車をかけた。
白竜は理性が疲れてしまったことを知ってため息をついた。そして覚悟を決めたのか後ろ立ちになると、両前足を器用に使ってもたれかかる理性の身体をそっと鉤爪で持ち上げ、自分の背中に乗せてくれた。鱗はてっきり硬いと思っていたが、案外軟らかだった。おそらく、幼竜だから……。
(あの……)
理性はここまで配慮してくれたことが申し訳なくて口を開こうとしたがすぐに白竜の言葉に遮られた。
(気にしないで……。ここがどこかもわからずにずっと……迷ってたんでしょ?僕の背中で休んで……。村まで運ぶから……)
白竜の言うことに反論できない。仮に無理をして歩いても、この世界を知らない自分は迷ってしまう。付け加えれば、その間に倒れたら今度こそ狼の餌食にされる。
(ごめんね、迷惑かけて。あなたの親に見つからない?)
理性は白竜に問いかけた。小説の知識を見る限り、竜と人間は大体住み分けをしているのが一般的だ。悪いものだと対立する物語さえある。だから心配だった。幼竜なら必ず近くに親がいる。見つかれば、子供に手を出したとして相応の報復を受けるだろう。どれだけ幼竜が優しくても……。
白竜は“親”という単語に反応してビクッと身体を震わせ、一瞬緋色の瞳が大きく見開かれた。
(大……丈夫。親は今……狩りに行って……当分帰ってこないよ)
声に動揺の色が見えた。次にきつく目を閉じて、何かを拒むように頭を激しく振って追い出しにかかる。
(本当に?)
(本当に……)
あくまで隠し通そうとするので、理性は白竜を追及するのをやめた。辛いことは無理矢理口を割らせるのではなく、自然に向こうから話を持ち掛けさせた方が得策だ。
(あ……。あなたの鎌が落ちてる……)
白竜は地面に落ちた黒い大鎌に手を伸ばそうとする。
(だめ!!)
理性は叫んだ。あの鎌はさっきの人喰い狼の体をすり抜けて殺した。もしまだその力がまだあったら白竜をそのまま死なせてしまうのでは、と危惧する。
白竜はその悲鳴に近い声に触れる直前で手を止めて理性の方を振り返った。
(私が拾うわ。あなたには……有毒なの)
それから自分の心を読み取る時間を与えずに事情を説明した。白竜に触れさせるには危険過ぎると直感で感じた。
(……分かった)
白竜は納得し、代わりに疲れた身体を引きずる理性のために肩を貸してくれた。
そして自分はまた背中から降りて大鎌の柄に触れる。不思議な力で軽くなってるので持ち上げるのはたやすかった。しかしこれをどうすればいいのか。ちょっとでも刃が竜の鱗に触れればたちまち怪我をさせてしまう。
どうしよう……。大鎌の黒い刃を地面につけて、顎を反対側の柄の先に乗せて考える。この格好じゃあ、まるで農作業する人だ。今の自分の滑稽な姿に対し、重くため息をついてちょっとしたわがままを呟く。さっきの刻印の中に戻ってくれれば……。この鎌の力は自分の強い意志によって働いているのではないか、と二回の事例から理性は推測していた。
目を閉じて真実を確かめようと静かに“刻印に戻れ”と呟く。すると身体が突然バランスを崩した。慌てて体勢を直すとさっきまで握ってた大鎌が跡形もなく消えていた。白竜はその間、目を開けていたので理由を知っている。
(あれ……?まさか……)
理性はとっさに刻印を見て確かめる。そこには自分の宣告と一緒に再び大鎌の刻印が浮かび上がる。
やっぱり……。もう確証が持てた。これがこの武器の扱い方だと。自分の意志でこの武器は容易に扱うことができる。これならば大丈夫だろう。
(これで……良かったの?)
白竜は心配そうに尋ねた。その問いに対し、理性は白竜の肩にもたれかかりながら頷く。
(持ってきたのは私だからね……)
その後再び竜によって私は背中に載せられた。ゆっくり歩いているせいか、揺られるに連れて視界が徐々にぼやけてくる。周りの景色がスローに流れていく。この退屈さに加え、だるさが身体にあり、相当自分は疲弊してたのだと今思い知らされた。
(そういえば……)
半分意識が沈む中、理性は自分を運ぶ白竜に呼び掛ける。まだ聞いていなかったことがあることを今になって気付いた。
(何……?)
(あなたの名前は……?)
これだけは知りたかった。この世界で初めて出会い、会話を交わした第一人者の名前。
(ラウェンド……)
白竜は少しためらう仕草を見せたが、静かにそう名乗った。ラウェンド。竜としてはいい名前だ。理性を感じさせるような響きがとても彼と合っている。
(私の名前は 荒杉 理性……)
言い切った途端に意識は力尽き、暗闇の中に沈んでいった。恐らく戦いと移動のストレス疲れだろう。
次回は活動報告上に掲載した理由で更新が遅れます。
ご了承ください。
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