41 溺殺
中二的要素の入ったバトル回、開幕。
これで伏線は何個あるのかしら……?by 荒杉 理性
さあ~。私は現場監督じゃないので。by 古河原 御嵩
俳句のネタはいつ使うのか……。by 白庄 天海
「ちっ……姿を隠しているのかよ。何とも嫌らしい奴だ、あいつは」
乗って来た船を降り、木製ボートの上から敵を探す坂追 竜治は思わず悪態をついた。この空間スタールテランとかっていう異世界に飛ばされてからもう2か月。彼はどこで目を覚ましたのかというとこの大海原の上。そう、危うく溺死しかけたのだ。そんな所をさっきの船長、名をミシェル・スペクトラムに助けられてこうして生きている訳なのだが……。
「てか、何でまた死神がここまでしつこく追ってくるのかねぇ……」
因みに最初の死神と遭遇したのは約一か月前。乗っていた船員の一人がそうだった。相手の武器はフォークの形をした三本の槍……の刃に蝋燭を刺したもの。初見では火を灯した蝋燭で刃を隠していたので、異常に長い燭台と間違え見落とした。まさかいきなり敵がすぐそこにいるとは夢にも思わなかったのだ。
だが、襲われたときに自分は広々とした甲板にいたこと、また共鳴音らしき音と自分の持つ鷹の目で感知したことで咄嗟に態勢を整えるのに成功した。戦闘はどちらも異世界転移者であったことと武器の錬度があまり高くなかった為泥試合となるが、不意を突くことで相手を退けた。
その後は当然騒動となり、一時は海に放り出して鮫の餌にするという恐ろしい罰が自分に下りそうになった。だが、その前に船長が怒り狂う船員を説得してくれたことで難を逃れる。それからはずっと船の上で航海を続けながら、貿易と自分だけは海に現る怪物を退治することを生業として彼らと共に旅をしてきた。そして現在に至り、また二人目の死神と遭遇している。これが竜治のこれまでの変遷だ。
「未だに俺の存在意義だってちんぷんかんぷんなのにな……」
彼はまだ死神の具体的な概要を知らない。最初に会った転移者もいきなり、ただ自分を殺そうと攻めてきた。理由を聞いても問答無用だったのでそのまま倒してしまったが……謎は深まるばかり。
怪物退治も本当はやりたくてやっている訳ではない。向こうから勝手にやってくるのだ。まるで自分に引き寄せられるように。不可思議な共鳴音と共に。怪物はどれも身体が黒く、普通よりも凶暴。そして今までに大きさが小さい小魚から巨大なクジラまでの、総計47匹の怪物が自分の持つこの漆黒の薙刀によって返り討ちにされ、屠られてきた。だが今回は怪物相手ではない。同じ人間同士の戦いだ。
ゴボッ。
突然、近くの海面から小さな泡が噴出してしたかと思うと自分の持つ薙刀が細かく震え出し、共鳴を始めた。それは相手が近くにいることを示している。竜治はボートから身を乗り出し、泡が出た方向の海面をじっと見据えた。相手は船など使わない。自分という身体一つで海の中を動き回る怪物と化していた。
そうして待ち構えたそのときだった。突然乗っていたボートの底から、木を叩き割る音と共に黒い三叉劇が飛び出してきた。いきなりの襲撃。だが、これが相手の持つ戦法だろう。
「ちっ……来たか!!」
竜治はすぐさま貫かれて沈む舟を捨て、海面に身を踊らせる。ボートの上に居ては居場所を相手に教えるようなものだ。しかし、海面に飛び込むのは誰から見てもおかしいだろう。無論対策はしてある。
彼は飛び込む前に目を閉じて強く念じる。すると背中の刻印からどす黒い霧が噴き出し、霧は足下へと向かい大きく包み込む。暫くして霧は夜の闇に溶けるように消えるが、消えた跡の彼の足には普通の黒を基調としたランニングシューズがあるだけで何の変化もない。
そして足が海面に接触する。だが、彼の身体は沈むことなく海面があたかも床があるかのようにその上に立った。竜治は飛び降りたことで膝を折るものの、すぐに立ち上がって薙刀を構え下を見据える。
「影からの襲撃なんて趣味悪いぜ?ここは自己紹介したらどうだ、死神」
彼は敵の潜む海中を睨み付けながら、絞るような声で呼び掛ける。闘いに卑怯など存在しないが、せめて相手の顔ぐらいは拝みたいものだ。どんなに化け物に成り果てても中身は同じ異世界転移者なのだから。
「ふっ……確かにそうね。私は貴方を狙って何度か顔を見たけど、貴方は見ていない。まして名前すらお互いに知らない。いいわ」
海中からの声にも関わらず、声はこの海上全体に広がる。少女のような高いソプラノの声。相手は女か。また厄介な……。
声の聴こえた直後、自分から10メートル離れた海面から少女が浮かび上がった。その右手には先程自分を襲撃した三叉劇が、左手には黒いオルゴールが握られている。距離が少し離れているが、薙刀から出るとてつもない共鳴音が耳を叩く。見るからに複数の死神か死性生物を倒した可能性が非常に高い。
少女の容姿はブロンズの短髪。背は150cm位と自分と比べて小柄で肌は白い。目は日本人らしい黒。服は全体を包む無地の藍色のローブ、その上には簡素な黒い鎧を纏っていた。しかし今まで海中に潜んでいた筈なのにどの部分も濡れた形跡はない。
「始めまして、私の名前は志渡目 黒南って言います。通り名は溺殺です」
これから戦うという相手と相対しているのに、まるで普通の会話と遜色ないくらいの笑顔で名乗る。見た目は純粋な少女を思わせる。
「坂追 竜治だ。通り名は夢想殺」
彼もまたそれに倣う。そうしてお互いに自己紹介を交わすが、既にこの時点から見えない戦いは始まっていた。表の顔は友好的でも裏ではどうやって相手を倒すかを模索する。自己紹介は互いに情報なしの戦いに自信がない為、頭脳戦を同意したということに他ならない。
「お前も戦いを望むのか?互いにこの世界に囚われた転移者だというのに」
彼は戦いなど望んではいない。最初に襲撃されたときも平和的な解決を持ちかけたのだ。だが、それでも手を止めなかったせいで、仕方なく自己防衛を優先して倒した。その際に人殺しという罪の意識に囚われたことは想像に難くない。
「挑むわ。だってそうするしか他がないの」
少女は最初の襲撃者と同じく戦いを望む。
「何故だ?」
「同一存在の否定っていう言葉はご存知ですか?」
同一存在の……否定?どういうことだ?突然の問い掛けに竜治の頭は混乱する。同じものが二つあることを否定するという意味だが、何故そんな言葉を今……。
ヒュンッ!!
少女は彼の無言を否定と捉えると、瞬時に海面を蹴ってこちらに突っ込んできた。少女の足もまた海中には沈まない。海を床のように走ってくる。
「ぐっ……」
竜治も一瞬だけ反応が遅れたが、薙刀を振りかざして向かってくる三叉劇を迎撃する。刃を合わせ突き返し、また激突を何度も繰り返された。お互いに能力強化で武器は軽く身体は速く動くので、普通の人間には倍速の戦いとなる。
しばらくして両者の力が互角な為に、鍔迫り合いに持ち込まれることが多くなった。どちらもレンジの広い武器。肉薄などしない。
「どうやら分からないらしいですね。貴方はずっと海原を渡っているから……当然ですか」
そんなどちらも決定打の打てない膠着状態の中、相手は突然今まで閉じていた口を開き、ようやく先程の話の続きを話し始めた。今の戦いで何を試していたのかは分からない。
「どういうことだ……?」
言い文から推察して何か重要なことを話しているのは確かだ。だが、肝心の核を成すものが抜け落ちている。彼女は何が言いたい……?
「私は確かに志渡目 黒南ですが、本人ではありません」
冷たい口調でそう一言だけ言うと、三叉劇で無理矢理鍔迫り合いを推しきって彼をある程度後退させる。そして合わせていた刃を離すと、距離を置いて武器を構え直す。オルゴールはまだ握り締めたままだ。だがよく見るとオルゴールは音を奏でることなく、ただ動いている。あれもまた怪しい。
「何が言いたい?」
「そのままの意味ですよ、坂追 竜治。貴方は見るからに本人のようですが、本人ではない貴方もいる。私の場合は後者の志渡目 黒南。そして別名 溺殺!!」
黒南はそう叫ぶと目を閉じて何かを唱え始める。とても小さな声だが言葉は重く、意味が分からなくても何か呪詛を吐いているのではないかと感じてしまう、恨みを込めた呪文だった。そしてそれに呼応するかのように、黒い三叉劇の刃が光出してその色を血のような赤に染める。オルゴールは不用と判断したのか、黒い霧に戻して刻印に封じ込めた。
「不味い―――!!」
竜治は死神道具の変化に危機を感じ、自身も迎撃の為に意識を薙刀に集中させる。武器の変化。それは相手の特異能力の発現に他ならない。ならば対抗する必要がある。
彼は心の中で強くあるイメージを思い浮かべた。次にそのイメージを手の内にある薙刀に注ぎ込む。すると薙刀は黒い霧を出して刃をすっぽりと包み込んだ。それを確認すると薙刀を構え、相手の攻撃に備える。
「隔絶されし水よ、凍てつく怨念よ。死神の名の元に相応しき死を与えん」
最後の呪文を唱え終わった。すると彼女の回りから海水が噴き上がり、水の壁を形成する。その高さ約10メートル、幅30メートル。それはあらゆるものを押し流す、一種の津浪のようなうねりだった。これが溺死を司る死神の特異能力。
竜治はそれに怯むことなく薙刀を横に引く。そして一言小声で囁いた。
「具現」
すると薙刀を包んでいた黒い霧が、青白い炎へと姿を変えた。つまりは黒い刃から油も無しに炎が出ているということである。それはまるで夜を照らす鎮魂の祈りを込めた松明のようだった。
彼の持つ夢想殺という通り名。その名前の示す特異能力はイメージの具現化。正確には実体験に基づいた経験を形にする力だった。
「奥義、呪念溺波」
黒南が静かに技名を呟く。同時に背後で待機していた水の壁がゆっくりと、彼をその奔流の中に呑み込まんと迫ってきた。普通ならば助かる見込みのない死の波。しかし彼は冷静だった。
「灯火を掲げよ。そして海に繋がれた魂を炎にて洗え!!」
竜治は薙刀に向かってそう叫ぶ。すると刃を包んでいた炎が勢い良く燃え上がった。そして炎を纏った刃を横一線に払う。迫る津浪に。
横凪ぎに払うと、残像のように青白い刃が生まれ津浪に向かって飛んでいく。だがその大きさは幅10メートルと小さい。波に呑まれれば消えてしまうくらいに貧弱な攻撃に見えた。
数秒後、刃と津浪が激突した。すると触れた瞬間に彼の出した刃が眩いばかりの光を放射し、刃を内包した津浪が大規模にその場で爆発する。水柱を噴き上げ、相殺出来なかったエネルギーが小規模な波として残り周囲に拡散した。両者はその水飛沫の中に巻き込まれ、姿が消える。
彼が具現化したものは最初に襲撃した死神の持つ特異能力。名を昇天の灯火という。この世で未練を持ち、怨念を持った魂を浄化して昇天させる能力。彼は一度その技を受けている為に薙刀で使うことが出来る。海に散った魂を集めた彼女の技との相性は抜群だった。
しかし……。
水飛沫が晴れた戦場の中から出た彼は、食らった海水を手で拭う。海水のおかげで服はベタベタだった。それから相手のいた場所を睨み付けて勝負の結果を知ると、ばつが悪そうに呟く。
「逃がしたか」
そこに相手は居なかった。
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槍という武器カテゴリーで調べてみるとその種類が沢山ヒットして悩みました。
おい、これは長物対決じゃねーかよ!!by 坂追 竜治