18 襲撃と迎撃
本家の小説は此方とリンクします。by 荒杉 理性
「理性、一体どうしたんだ!!」
理性の悲鳴が森中にこだましてから約5分後、ラウネンは太刀を抜き弓矢をいつでも射てる格好で木々の間から姿を現した。そして、首のない鹿の死骸と近くにうずくまる理性を目にして、目を見開きその光景に驚く。
「うっそ……本当に仕留めたの?」
彼の反応は獲物の首を跳ねたところではなく狩猟に対して素人の理性が見事に仕留めたことに向けられていた。
「えっ……」
予想していた反応とは違うことに理性は混乱する。それは当然のこと。未来世代はこんなグロテスクな光景など観た経験など皆無なのだから。
「しかも首を斬り跳ばすなんて……理性って案外容赦ないね」
ラウネンは淡々と率直な感想を述べる。一方で理性は仕留めた獲物に目を向けることを拒み、なんとか視線から逸らして冷静なラウネンを見る。
「まさか……首が跳ぶなんて予想してなかったから……」
「何言ってるの?そんな小刀で首を狙えば跳ぶのは当たり前だろ?」
ラウネンは首をかしげる。分かっていてやった訳ではないという理性の意図が理解できないでいた。
それもその筈、理性はグロテスクな光景を目の当たりにして発狂しても彼の目に漆黒の大鎌が映らないように刻印の中に封印して隠したからだ。アリバイとして小刀に血を塗りつけてカモフラージュした。
「そうね……ごめんなさい。ちょっと混乱してて……」
「そんな血が苦手なら止めておけばよかったのに……」
少年は動揺した様子の理性を見てやれやれと溜め息をつく。そして背中に掛けたボウガンを外し、彼女に向かって差し出す。
「ほら、落ちてだぞ。こういう道具は大事なんだからむやみに捨てないで」
「……拾ってくれてありがとう」
理性は彼にお礼を言ってからボウガンを受け取る。乱射したけど一発も命中しなかったんだよね、コレ。
「所々に矢が大量に刺さっていたよ。本当に獲物に執着し過ぎ。もっと落ち着いてやった方がいいよ」
ラウネンからのダメ出しを食らい、理性の士気が一気にさがる。
「だとしても獲物を仕留めたことに変わりはない。よくやったよ、理性」
「でも、これで良かったの?」
今の状態について自分で不服なのか確かめるように彼の隣に立ち、首なしの獲物を見下ろす。流石にこれは……。
「う~ん……。できれば矢で倒せば良かったんだけどね」
彼は難しい顔で今後の処遇を考えていたが、何かを思いつくとポケットに入っていた皮袋を手に取り、それを広げた。
「理性、ちょっとナイフを貸して」
ラウネンは右手を差し出す。その指示に理性は嫌な予感を感じた。
「まっ……まさかその鹿をナイフで解体するつもりなの?」
「……?そうだけど」
当たり前のように答えられ、理性の顔が真っ青になる。魚の解体ならまだ許せる。でも鹿相手だと耐えられないものがあった。しかも生でとなると一線をさらに越える。
「……私、ちょっと少しだけ離れてていいかしら?」
彼女の希望に対してラウネンの反応はやはり薄かった。もはや理性には目もくれず目の前の獲物をどう解体しようかと袋と本体を見比べ始めた。
「いいけど……、あんまり遠くに行くなよ。探すの大変なんだから」
一回だけこちらを振り返って理性に目を合わせ、忠告するとまた背中を向けて一人黙々と作業を再開する。
「何かごめんね。作業を貴方に頼んでもらっちゃって」
「いいよ。気にすることじゃない。初心者はみんなこうだから」
ラウネンはそう言うとナイフを振り上げた。もう始めるつもりだと悟ると踵を返して早々に走り去る。後ろからはグロテスクな動物を解体する音が聴こえてきた。
しばらく走り、音が全く耳に入らない距離まで来ると足を止めて自分が来た方向に身体を向け、大木の木の根元に座り込んだ。遥か先で悠々とラウネンが解体した鹿を袋詰めしているが視力が低いことが幸いして見えない。いや、想像もしたくないけど。
ラウネンから離れたことで人目が無くなると理性はまた刻印から大鎌を取り出した。目的としては大鎌にべったりと付着した血痕を取り去ることにある。
(出てきて)
理性が軽く大鎌のイメージを思い浮かべ、具現化させるとそれを利き手である右手で持つ。そして大鎌の刃表面を覗いたとき、彼女は驚く。
「あれ……血痕が……ない」
刃をくるりと回して反対側も見るがやはり見当たらない。
「どういうこと……?」
血痕は何処に……?理性は刻印を確かめる。しかし刻印は大鎌のマークがないだけで何ら変化はなかった。
まさか……。手に持つ大鎌を見つめる。コレが呑み込んだ?考え過ぎかしら。異世界のイレギュラーで予想できる例として……。
また深入りしそうになり、頭を振って思考を切り替える。もう終わったこと。だから気にしなくていい。血痕はなくなった。それで問題解決で……。
よし。そうと決まれば……。
理性はあることを思いつき、大鎌を構える。この不気味な武器を使いこなす為に練習をしよう。今までは闇雲に振り回していただけで当たったのがまぐれだと不味いから。
「はぁ!!」
理性は元気よく掛け声を出して目の前の見えない敵に向かって刃を振るう。大鎌自体軽いのは助かるが扱い方が雑で力にムラがでた。特に振るう際の足のステップが噛み合わないと上手くいかなかった。
そして何分間も大鎌を使いこなす為に時間を費やししまいには疲れて息が切れた。
「ふぅ……」
根元にもたれ、深呼吸する。今までシャーペンを持っていたがそれが大鎌に変わると負担が大きかった。しかも帰宅部所属だったのが災いし、体力がないことを思い知る。
学校でもっと運動しておくべきだった……。理性は自分の限界の低さに落胆する。これだとラウネンの足手まといになるわね。何とかしないと……。ガクッと頭が下がる。
ゆっくりと慣れて行けばいいよね。この世界の生活も……。
「よしっ」
理性はそろそろラウネンの獲物解体が終わっている頃だと見越して元来た道を辿り戻ろうとした。
その時、背後から冷たい殺気を感じた。理性がハッとして振り返ったが誰もいない。
何……?今の……嫌な感覚は……。
こんな感覚は初めてだった。気のせいで済ませたいのに第六感が疼いた。
何かがいて私を見ている……?またあの人食い狼?いや、違う。狼なら群れで来るから囲まれているのは判るはず。じゃあ、誰が……。
ガサッ。
何かが草を踏む音。理性はその方向に視線を移す。十メートル離れた木の陰に何かいた。もぞもぞとそれは動く。その動きは仕留めた鹿のような類ではない。考えられるのは……。
「そこに隠れているのは判ってるわ。出てきたらどうなの!!」
理性はその存在に向かって怒鳴るように言った。ごそごそ隠れて自分を覗き見られるのはとても気味が悪かった。
その存在は少しの間、動かずこちらをじっと見つめていたが覚悟を決めたのかそろそろと木の陰から姿を現した。
出てきたのは黒いマントで身を包んだ人間だった。本当に黒一色で統一され、この深い森の中に溶け込める格好をしていた。フードで顔を隠し、こちらから逆光の位置に立っていて男か女か顔で見分けることが出来ない。
相手は人間。だからこそ声を掛けた。しかし自分を観察する目的は分からない。
「貴方、何者?人の行動を盗み見て何が目的なの?」
大鎌を構え、相手にキツい口調で質問する。しかし、相手は沈黙して答えない。
「質問に答えろ!!」
更に理性は声を荒げた。いざとなったら大鎌で応戦すればいい。だから強気に攻めた。
その言葉に対して反応があった。マントの人間は下ろしていた両手のうち、右手を軽く握り締めていた。何かを持つように。
すると向こうの左手の甲から黒い光が出ると右手に向かって塊となって包み込む。
その光景に理性は目を疑った。その現象は自分が大鎌を出す時のものと完全に一致していたからだ。
理性が驚いている間に黒い光の塊は相手の手の周りで何かを形作り、明確な物へと変化していく。
そうして相手の右手に握られていたのは30センチにも満たない小刀だった。自分がさっきアリバイ作りの為に使用したナイフに似ているが、刃の色が黒かった。
ウソ……冗談……でしょ?理性はこれから起こることが受け止められなかった。
相手は理性の硬直していることなど構わずナイフを構え、理性に向かってきた。
まさか……そんなこと……。理性は驚きながら大鎌を構えてナイフを持つ相手に刃を向ける。事実上の戦闘開始の合図だった。
理性はまたボウガンを捨てて大鎌一本で立ち向かう。やはり大鎌一本のときだけ身体機能が上がるらしい。だからその態勢で向かえ討った。
しかし相手も人間の規格から外れた速さで迫ってきて、すぐにナイフが当たる間合いまで踏み込んできた。
そのまま突っ込んで刺すつもりだったので理性はギリギリまで引き寄せて攻撃をかわし、大鎌を凪ぎ払い、ナイフを弾いた。しかし握力が強いのか手からもぎ取るまでにはいかなかった。
理性の考えが冷静なのは一度死んだ経験があるからだった。死の先にあるもの。それを一度見てしまったので緊張などしなかった。でも身体が戦いに慣れていないから動きが鈍く危ないタイミングになった。
相手は攻撃を逸らされて反撃を気にし、間合いを取ってこちらに向き直った。相変わらずフードは取れず顔が分からない。
それよりも、理性には気になることがあった。武器が漆黒であり、恐らく左手の甲に刻印があって黒い光を出していること。自分と共通点がある。
私と同じ境遇の人間かもしれない。もしかしたら何かを知っている?敵だろうと理性は知りたかった。
「貴方、刻印があるでしょ。左手の甲に」
理性の言葉に動揺したのかフードが揺れる。その答えは再びナイフでの襲撃だった。
どうやら図星ね。理性は心の中で呟き、大鎌で応戦する。理性は大鎌の扱い方が雑だったが幸い向こうも同じようでナイフの攻撃に迷いと躊躇いがあった。
戦いは数分間続いた。大鎌はリーチが長い分間合いを詰められると危険で刃を引き戻してかわす必要があった。向こうはリーチが短いので大鎌の攻撃を防ぎながらの戦法になってしまった。
お互いに決定打を討つことが出来ず、間合いを取って今度はにらみ合いが始まる。どうしたら倒せるのかを考える頭脳戦だった。
しかし理性は決定打を決めるつもりなどなかった。それよりも知りたかった。何故自分を襲うのか、この刻印について。知らないことばかりで敵だろうと教えて欲しかった。
だから彼女は安全にナイフを腕から奪い取る方法を探した。
相手はどう倒すか決めたのか猛スピードでこちらに迫って来る。ナイフを不可解な持ち方に変えて。
理性はそれを向かえ討つ。大鎌を相手に突き出し、持ち手を後ろに引いて振るおうとする。それに合わせて向こうはこの辺りに来るだろうという未来位置にナイフを構えて防御しようとした。
だが、理性は突然大鎌を手から離して落とす。相手はそれに対して驚いた。ナイフを未来位置に構えたせいで向こうには大きな隙ができている。
彼女の引いた手には拳が握られていた。そのまま防御姿勢をとった相手に突進する。
相手は理性の意外な行動に理解が追い付かず固まり、すぐにナイフを構え直そうとしたがもう遅かった。
理性のパンチは相手の顔に突き刺さり勢いよく後方に飛ばして木に叩きつけた。そしてナイフは手から離れて理性の傍に転がった。
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