第六十一話
一言だけ。難産です。
――勇者とは、強者に挑む者である――
魔王。
魔物の王。悪の象徴。世界を破滅へ導く者であり、人類共通の敵。
そして、勇者の不倶戴天の仇敵。
ネミコは口元に微笑を湛えたまま、闘争の始まりを宣言した。ボクは何をするでもなく、その場に突っ立っていた。ボクの反応が気に入らなかったからか、ネミコは唇を尖らせた。
「無反応なのは酷くない?これでも私、真面目にやったつもりなのだけれど」
「え……あ、いや、違う。そうじゃなくて……あれ……?」
ボクの頭は混乱しきっていた。ネミコの宣言した言葉の意味を汲み取り、咀嚼し、理解するまでに短くない時間を要した。即ち、ネミコは魔王だった。
そもそも、考えるまでもないことだった。ネミコは魔物たちを配下のように使役していた。そんなことが可能なのは、お伽噺の魔王でしかありえなかった。
「……混乱している所を悪いけれど、無為に時間を使うのは嫌いなのよね。こちらで勝手に始めさせてもらうわ」
「な、ちょっと待っ!」
ボクの制止を意に介する様子もなく、ネミコは指をピンと立て、ゆっくりとボクに向けた。その動きを目で追っていると、突如として激しい衝撃がボクを襲った。理解できぬ痛みを感じながら、ボクの体は後方へ吹き飛ばされた。
「……っ!?……ぁっ!!……がふぁっ!?」
回転しながら地面を跳ね転がり、家屋の壁にぶつかってようやく静止した。口の中が切れたのか、鉄の味が口腔に広がった。打ち付けられた痛みで身動きが取れないボクを見て、ネミコはつまらなさそうに言った。
「ちょっと、初っ端からボロボロにさせちゃ駄目じゃない。もっとじわじわ痛めつけていかないと面白くないわ。次からは気を付けなさいよ、お前たち」
ネミコの叱る声を受けて、何体かの魔物がすまなさそうに鳴いた。凶悪な魔物のそんな姿は、この時この場所でしか見られないものだっただろう。それくらい、それはありえない光景だった。
血の混じる痰を吐き捨てて、ボクは這いつくばったままネミコを見上げた。魔物たちを見ているその表情には、確かな親愛の念が感じられる気がした。
「かっ……はっ……。ぐっ、がぁああぁっ!?」
起き上がろうと力が込められたボクの足が、飛来した稲妻を受けて焼け焦がれた。体中を電流が走り、筋肉が収縮して顔を地面に打ち付けた。焼けたはずの足には、何の感覚も感じられなかった。
ボクの叫びを聞いて、ネミコは煩わしそうに顔をしかめた。ボクを見下ろすその視線には、欠片の興味も込められていなかった。
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