1話「割れる日常」
太陽が出てきたか、出てきていないかの微妙な時間。反射的に体は目覚める。
「もうこんな時間か」
リディオ・ステクリーの朝は早い。
誰よりも早く起きるため、最低五時には布団から出る。そして、歯磨き、洗顔、着替え、その他もろもろ。これらを三十分で済ませる。最終確認として、全身が見える鏡を見つめるリディオ。鏡に映るのは、真っ黒な髪と緑の瞳。
リディオは右の方の髪が跳ねていることに気づき、すぐさま手に水をたっぷりと手に取り髪を撫でる。リディオからしたら、髪がボサボサなのはかっこ悪くて耐えられない。男として、最低限の身だしなみは整えておくことがリディオのちょっとしたこだわりだ。
「それにしても、やっぱ身が引き締まるな。この服は」
襟を正し、もう一度鏡で確認する。これは王宮で働く騎士だけに与えられる服。白を基調としており、無駄なものが一切ついてない。だが、それがいいとリディオは考えている。身だしなみを確認したあとはランニング。それと体力づくり。七時までには終わりにしてようやくリディオは朝ご飯を食べる。
「あ〜!美味しい!!」
騎士は王宮の隣に建っている寮に住んでいる。いつ、どんなときでも駆けつけられるように、だ。寮には食堂があり、毎日美味しいご飯を出してくれる。得意料理が目玉焼きくらいしかないからリディオにとってはメリット以外の何者でもない。
「まったく〜、ゆっくり食べなよ?」
一緒に食べているのはミカル・ベルトン。リディオと同じく王宮で働いている。しかし、騎士ではなく魔道士として。胸のあたり伸びた少し癖のある金髪を赤いリボンで高く一本に結んでいる。金髪と言っても、目が痛くなるような色ではなく白を混ぜたかのような落ち着いた金髪。深い緑の瞳。そして、誰もが羨む真っ白な肌と引き締まった体を持っている。外見だけで言えば王宮で一番だろう。リディオにとって、自慢の幼馴染みだ。
「全く。今日も魔獣の討伐があるんでしょ?」
「あぁ。最近剣が上達したって、団長にも褒められたし。頑張ってくるよ!」
右手でグッドマークを見せびらかす。ミカルは少し呆れながらも
「まだ私達十八歳で若者だし、何より団に入ってから三年しか経ってないんだから。気を抜かないで気をつけてよ?」
「はーーい。そいえば、ミカルは今日何をするの?」
「魔道士団は街に行かなきゃ。街の安全を確認しなきゃいけないのと、鏡の件もあるし」
この国には、大きな鏡が存在している。しかもこの王宮近くの広場に。リディオも何度か見たことがあった。横は五十メートル、高さは終わりが見えないくらい大きい鏡。いつからあるのかも分からないし、何のためにあるのかも分からない。
「あぁ…。なんか、ひびが入ってるんだっけ?」
「そう。頑丈な鏡だから今までそんなことなかったのに。人が入らないように、登れない高さのガラスで覆われてるから…本当に謎なの」
「そうかー。騎士団の後援してほしかったなー」
「そこまでの魔獣じゃないってことでしょ?きっと」
ミカルは目を細めニヤける。リディオはその様子にため息をついた。
確かに、今日戦う予定の魔獣は、畑や田を荒らすだけの痛くもなければ痒くもない弱すぎるくらい弱い魔獣。リディオはそのことについて把握していた。しかし、結局は森に行くので、何があるかは分からない。魔道士についてきて貰ったほうがリスクは減ると考えていた。
「午後は暇だしなぁ。どうしよう」
「いいじゃん!街おいでよ〜鏡に色々祈ったらどう?」
謎多き鏡。その鏡は、何やら自分を見つめ直し成長できると人気らしい。鏡を見るだけで成長できるのか?
リディオはそう言う逸話を信じないでいた。
「ミカルは結構そう言う迷信を信じるタイプなんだな」
「えー。だって夢があるじゃん」
「ミカル何回も行ってるよな?」
「うん」
「成長できてる感じあるか?」
「うん……。え!それって私が成長してないみたいじゃん!」
リディオは先程の発言をすぐさま後悔した。
鏡を見た直後に成長した感じがあったか?
こう言いたかったのだ。もちろん、毎日鍛錬を頑張っていて、三年でものすごく強くなったミカルのことをリディオはちゃんと知っていた。
「違う違う!誤解だよ。言い方間違えただーけ」
「じゃぁなんでそんな焦ってるの!」
「だってミカルがめっちゃ怒ってるから……」
「当たり前じゃん!」
「とにかく違うから!」
ミカルはどんどん顔を赤くする。それに、食堂だということを忘れて、周りを気にせず叫んでいる。リディオは早くミカルを落ち着けなければと思っていた。周りに迷惑だからと言うわけではない。
女性からも男性からも、持ち前の明るさとルックスで、好かれているミカルは、基本何しても「可愛い」で済むからだ。しかし駄目な理由がちゃんとある。リディオが反感を買うからだ。ミカルが怒っている。怒っているということは誰かに嫌なことをされた。ミカルに嫌なことをしたやつは許せない。そんな発想が団全員にあることはリディオも知っていた。
「と、とりあえず落ち着──」
「リディオ様」
リディオにとって聞き馴染みのある声が耳に入ってきた。
「ルナール!どうしたの?」
そこに立っていたのはミカルと同じで団のアイドル的存在。ルナール・ノヴァッグ。すっきりとしたショートに切られている髪は、絹のように一本一本繊細で、真っ白。ツリ目で宝石のように輝いた紫色の瞳は、吸い込まれそうになるほど綺麗だ。透き通っていて、無駄が一切ない外見。百六十五センチと、高めの背丈が高貴な気品を纏っており、団の中では高嶺の花と大人気。普段笑顔を安売りしないもの良い。と、言われている。リディオより一年後に入ってきた。いわゆる後輩。同じチームになり同じ任務につくことが多く、しっかりとしていて心配はないが、リディオは何かと彼女を気にかけていた。
「ちょうどリディオ様が目に映って。良ければ、一緒に集合場所へと、誘いに来たのですが。お取り込み中、だったようですね」
ルナールは、リディオから露骨に視線を逸らす。ルナールがこの喧嘩を呆れていることをリディオは悟った。だが、リディオにとってそんなことはどうでも良い。席を外す理由が見つかったからだ。
「いやいや!全然!さぁ!行こうか!」
「え、ですが。ミカル様が……」
明らかに戸惑っているルナール。
「いいんだよ!元々後少しで食事を終わりにする予定だったし!確か、門近くの庭に集合だったよな!行こうか!」
「ヘぇ。逃げるんだ。ふーん」
「ひっ…………」
机の上で手を組み合わせ顎に乗せる。目は光を持っておらず、微かに殺気を感じるほどだ。リディオは余計逃げなければと思った。
「まぁ──今回のところは許す。ルナールちゃん。このバカが変なことしないようにしっかりとお守りをよろしくね」
一瞬にして殺気が消えた。そして、元の可愛い顔でルナールに向かってウインクをする。
「任せください。ミカル様。リディオ様の、扱いには、慣れております」
「え、俺お守りされる側なの?先輩なのに?」
「リディオ様は、少し危なっかしいです。ミカル様が、怒るのも、しょうがない。かと」
「よく言った!ルナールちゃんッ!」
指をパチンと慣らしながらルナールを褒め称える。女性同士で通じあえる所があったのか、二人してリディオをいじっていた。
「本当に。こんな子がリディオの後輩だなんて信じられないなー。すっごくしっかりしてるじゃない」
「いえ、私なんてまだまだで。リディオ様に、剣では到底及びません」
「やだぁ。ルナールちゃん好きすぎるぅ。魔道士団においでよ」
「私、魔法が使えませんので」
細やかな笑顔と一緒に、ミカルは正論で返された。そんな中、焦ったような速い足音がこちらに近づいてくることを、リディオは感じた。
「……なんだ?」
「い、今すぐ!!街へ急いでください!!」
勢いよく、重い扉が開けられる。今朝、街の見回りをしていたはずの後輩騎士。息を荒げ、声を荒げ、食堂全体に響かせた。食堂に居た100人程の騎士団、魔道士団の目つきが変わる。それぞれ何も言わずに一斉に立ち上がり、走って街へ向かった。
「すぐに作戦の用意を!」
「はい。今そちらに向かいます!」
「薬と看護班の用意を!」
「人数が確認できません!」
「現在の様子は──」
リディオが街へ着くと、先に着いていたであろう団の人達が慌ただしかった。おびただしい数の人が、慌ただしく何かをしようとしており、一斉に声が響いていた。歩いているものは見た限りおらず、時間が二倍速……いや、三倍速で動いているのかと思うほどだ。何も分からない。焦りだけが出てくる。何やら、心臓の鼓動が煩い。正面だけしか見えないような気がする。周りがうまく見れない。
「先輩…!な、何があったんですか?」
視野が狭まる中で、やっと見つけた近くの先輩騎士。荒かった呼吸。リディオは一旦深呼吸。息を整えて、聞いた。
先輩騎士は、切羽詰まった表情で。はっきり。ただ一言。
「鏡から──偽物が現れた」




