10 緑のクマとヒノコ
「え」
「アンタと色が同じでしょ。それで仲間だと思ったみたい」
「い、いろ?」
話が見えない。
「これね」
おれに近づくと髪の毛をつまんだ。
「か、髪のこと?」
肯定するように、ニヤッと笑う。口から八重歯がのぞく。
「とりあえず、出ようぜ」
言ってから、女の子はおれを抱え上げた。所謂、お姫さま抱っこである。
「お、おいっ」
恥ずかしっ!
急いで腕の中から降りようとするが意外にもびくともしない。
ーーこの子、力持ち過ぎない!?
そのまま、入ってきた穴から出ていこうとしたところで、女の子が跳躍した。
「あっぶなー」
そのままおれを抱えたまま音もなく着地する。
一番大きな緑のクマが手を伸ばしたポーズで、固まっていた。なんだかハテナ顔だ。
「捕まえようってか」
面白そうに言う。
いつの間にか緑のクマたちに囲まれ、彼らはかわるがわる突進してくる。それを飛ぶように避ける女の子。
おれは抱えられたまま、できる限りクマの動きを追っていたが……おれに向かって手を伸ばしてるんじゃないか?
「ありゃ」
くん、と引っ張られる感覚。まずいーー。
「ちょっ」
女の子は、背後から首根っこをつかまれてしまったようだ!
おれは今度こそ細い腕を振り切り、飛び降りる。
そして、緑のクマがこの子を掴み上げようとしたところで、ふわふわの緑の腕にしがみついて大声をあげた。
「待てって!」
おれにしがみつかれた緑のクマは動きを止めた。
「この子を離せ」
クマは目を丸くしておれを見下ろし、そして、そおっと女の子を離した。
よ、よかったー……。
目をまん丸くしていた女の子が、ハッとしたように、
「そうだった」
と呟き、クマたちに向かって、唸り声のような言葉で話しかけた。
「〜〜〜〜」
「〜〜? 〜?」
「〜〜」
「〜〜〜!!!」
…………あれ?
緑のクマたちと女の子が会話しているように見えるんだけど。
「〜〜」
一番大柄の緑のクマがゆったりと近づいてきた。おれを担いでいたやつみたいだけど……そいつが小さく唸り声をこぼす。
なんて言ったのかはわからなかったけど、クマの顔を近くで見ることができた。
つぶらな瞳と光る黒い鼻先。かわいいじゃないか……。
「ホントに、アンタが緑のクマだと思ってたみたい。『勘違いしてごめん』だって」
女の子がにやにやしながら言った。
「か、勘違い?」
おれが緑のクマ!? いやいや、無理あるって……。
おれは脱力してへたり込む。
「いや、分かってくれたならいいや。…って、でもここってどこだ?!」
ようやくことの重大さに気が付いた。おれはブルーたちとはぐれたのだ。
「緑のクマの住処」
おれの叫びに女の子が律儀に答えてくれた。ついでに聞いちゃおう。
「神殿ってここから遠い?」
「まー、遠いね」
「……まずい」
どうしよう。ブルーたちは…きっと心配してるはずだ。移動手段もないし、そもそも土地感も何もない。
「困ってる?」
「あ、ああ…」
「じゃあ、助けてやるよ」
女の子がなぜか力強く言った。
「おれといこ」
大きな赤い瞳におれのマヌケ顔がうつっている。
この子が誰なのか分からない。でも、緑のクマから助けてくれたんだ。
ふいに、右頬にふわりとした感触。緑のふわふわ。小さい緑のクマの手。まん丸い青の目が可愛い。
子グマがおれの頬をちょんちょんと触っている横で、大きなクマがこちらにバナナのような形をしたものを差し出している。
なんだこれ……食べ物?
「な、なに?」
クマは、おれの手に果物を押しつけた。
「く、くれるの?」
緑のクマは満足気な表情に見えた。
「ごめんねってことみたいだな」
と女の子。
へえ……。……。
「なあ、ここに連れてきたのは、このクマなわけだろ? 元の場所へ連れていってくれないかな」
「うーん、聞いてみる?」
「一応、たのむ」
少女はクマに話しかけてくれた。
「〜〜〜?」
「〜〜〜〜〜〜」
女の子はちょっと残念そうな顔でおれを見た。
「ムリだってさ」
「そっか……」
残念だけど、仕方ないか。
緑のクマの巣の外に出る。そこは地上から100メートルくらいの高さにあり、本能的に足がすくんだ。
しかし、目の前の女の子はまるで「近所の公園に散歩に来ました」くらいの軽やかな足取りで歩き出す。おれの足は震えていたが、必死に後を追った。
大きめの木の枝をつたい、大きな葉が重なり合ってできた比較的広い場所に出た。コンビニくらいの広さだ。
「ここでいいかな」と少女が呟いた。
ここで休憩かな。やっと一息つけそうだ。
「ねえ、君さ」
「おれ、ヒノコ。ヒノコでいい」
ニッと人懐こく笑うので、どきりとした。
「ヒノコ……ちゃん?」
「あ? ヒノコだってば」
「……わかったよ」
この子は、何者なんだろう?
なんで、助けてくれたのかな。クマの巣に急に現れて……。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「え?」
「自己紹介がまだだったよな。おれは草野青葉。えっと……実はこの世界の人間じゃなくて……」
急にこんなことを話すのはおかしいだろうか。
「地球っていうところから呼び出されたんだ。それで、神殿に用事があって、人と一緒に神殿の前まで来ていたんだけど、クマに攫われちまって」
でも、この子のことを巻き込んでしまったわけだし、危ないことがあったら大変だ。情報は共有したほうがいいはず。
「そんな時にヒノコが来た。ほんとうに助かったよ」
あえて明るく言ったつもり。
ヒノコは赤い目を丸くしている。大きな目だ。
「それで……改めてだけど。神殿までの道案内、よろしくな」
頭を下げた。
「ーーー…っいいよっ」
気にすんなっ、という声とともに下げた頭を抱きしめられた。
ーーさっきもだけど、この子、距離感おかしくない?
「おいっ……」
「あはっ」
頭を抑えられたまま、小さくジャンプをするヒノコを引き剥がそうとするが、なかなか離れない。視界がヒノコによって遮られていて胸付近を押したのに今更気付いた。
この子、男だ。
「……!」
「おお、ごめん」
おれようめき声に気づいたのか、離れてくれた。そして、元気よくヒノコが、
「じゃあ、いこう」
と言うと、目の前の何もなかった空間に巨大な赤い鳥が現れた。
鋭い爪とクチバシ。猛禽類の目。
「!?」
いや、でかいって。猫のでっかいバージョンのチビといい、こっちの世界にはこんな生き物が多いのか!?
ヒノコはおもむろにおれを抱き上げた。
またかよっ。
「!?」
ヒノコが鷲の背に飛び乗った。おれは心臓が鷲掴みにされるような感覚を味わう。
「神殿を目指すかんね」
おれを見てニコっとする。サラサラとした金の髪が光り、男とわかっているけど見惚れてしまった。
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