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第十二話 自由意志

 足の震えが止まらない。ここの学生に集団リンチを受けたばかりなのに僕は何をしているんだ。低偏差値の人間なんて自分とは思考レベルの差がありすぎてまともに話が通じるのかどうかも分からない。


 僕の通っていた公立中からここに入った奴は、連立方程式の計算もままならないし、英語なんて受験期なのにbe動詞と一般動詞の区別さえついていなかった。


 そんなのが大多数の集団で、また絡まれたらたまったものじゃない。校門前を右往左往して、たまに来る学生とは目を逸らし、さも通学途中に偶然立ち寄ったという風を装う。そんな動作を10分ほど続けていた時だった。


「お前、何しているんだ..?」


 聞き覚えのある声が僕の耳に届いた。その音の発生源のある方を振り向くと、案の定一人で登校してきた星野が、やけに古臭い制服姿でやってきた。


「あぁ、通学中に偶然立ち寄ってさ。ちょっと外から様子見してたんだ」


「そう..? 別に面白いものじゃないと思うけど。まぁ折角会えたんだし、何か話して行く?」


「はは..。それは好都合だ。一応、僕も君に話したい要件があってきた訳だし」


「....? さっき偶然立ち寄ったって言ってなかった?」


「あ..。そ、それは、えっとぉ....」


「ふーん..。まぁそこら辺の事情は詮索しないよ。いつもの公園、行こうか」



 公園で、僕は手短に要件を伝えた。東雲未来が痩せるために、変な薬に手を出しているかもしれない事。その副作用によるものか、今日は発熱して学校をお休みしている事。


 そんな僅かな情報でしかないのに、星野は何かを察したらしい。一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐに元の調子を取り戻し、煽るような口調で呟いた。


「マンジャロじゃない。それ?」


「マンジャロ?」


「そう。本来は高血糖の糖尿病II型患者の為に処方される薬なんだけど、ダイエット効果があるとかないとかで、最近うちの高校の女子も使いたがる人多いのよ。ま、未成年は入手できないんだけどね」


「じゃあ違うだろ。そういうのでっち上げる事なんて..」


 僕のつづきの言葉に対する答えをあらかじめ用意していたかのように、星野は言った。


「出来る。大人の手を借りるのよ。最近はオンライン診断なんてザルなのもあるから、身分証明書も本人以外のものを提示すれば難なく取得できるってワケ。後は人から貰う。でも、後者は彼女のいる環境的に有り得ないよね」


「は? ならお前は東雲未来が、親の身分証明書を自分のものだと語って、その薬を手に入れたって言うのか?」


「あくまで推測よ。それも最悪の推測。でも、あの子なんて言うのかな、雰囲気がまともじゃない。これは今まで散々ヤバい人と関わってきた私だから判断出来る勘みたいなものなんだけどね」


「何が言いたいんだ..?」


「まだ分からない? 私はこう言ってるのよ。『あの子ならやりかねない』って」


「....」


 すぐには反論出来なかった。徐々に積み重なっていく違和感が膨れ上がっていく。僕の作り上げた東雲未来のイメージが、その実態から少しずつ乖離していくような感覚だ。


「なぁ、星野..」


「何?」


「仮にその手段で東雲未来が薬を入手したとして、あいつが、そこまでやる理由は何なんだ..?」


♢ とある女子高生の視点


 これは冤罪だ。私は自分の後輩に睡眠薬を飲ませてなんかいない。確かに、一年だったあの子にレギュラーを奪われた事は悔しいけど、そんな仄暗い感情が芽生えた事は決して無いと誓っても良い。


「つまり君は、彼女に指示されるがまま、部の共用スペースにある粉末のビタミン剤を水筒に混ぜただけだと言うのかい? しかし、その中に睡眠薬が混ざっていたのも事実だ。君がやったんじゃ無いのか?」


「いいえ..」


 何度主張しても信じて貰えない。私には、自分からレギュラーを奪った後輩への嫉妬という誰の目から見ても明らかな分かりやすい動機のせいで、真っ先に疑われてしまう。


「じゃあ君は、他に誰か怪しい人間がいるとでも言うのかね?」


「....」


 私は口をつぐむ。それを疑う訳にはいけない。仮にそうだとしても、理由が分からない。けれど他に不審な人物がいない以上、可能性は一つしか無い。私に粉末を混ぜるよう指示した人物。


 そう、全てが私の可愛い後輩の、”自作自演”だったという可能性なんてーー



「....。静観していた方が面白かったんだけどね。敢えて私なりの私見を述べるならさ、多分東雲未来はお前の事が好きなんだと思う。彼女は君に振り向いて欲しくて、狂気的な努力を続けているんだよ」


「まさか..。それは無いだろ」


「お前はあいつの事が嫌いなのか?」


「別に嫌いじゃ無いし、むしろ好きだ。けれど、今の自分はあいつと全く釣り合っていない。僕なんかがあいつと同じ空間で過ごしている事自体異常なんだ」


「そっか。まぁこれ以上深くは詮索しない..」


「助かる。ただあいつが僕の事を好いてくれているなんて事は、まず無いよ」


「なるほど。私の邪推だったかな、的外れな発言で不快な気持ちにさせちゃったらごめん..」


「こっちこそ、折角の考えをすぐに否定しちゃってーー」


 言葉が最後まで出かかる寸前、星野のお腹からグゥと音が鳴った。


「お腹空いてるの?」


「まぁね。近頃はさ、ご飯を食べるも億劫なんだよ。別に痩せたいとかそういう願望があるわけじゃ無いけど、最低限自分の生命を維持できれば問題ないって思ってるからかな..」


 食べて太るのが怖い人、食べるのが面倒くさい人。顔も含め、二人は根本的な部分で似ている気がした。相談相手になってくれたお礼に、何か奢ってあげても良いのではないだろうか?


「....」


 一緒にご飯を食べに行こうか誘おうとしたのに、声が出なかった。脳裏に、東雲未来の顔がチラつく。曲がりなりにも、熱を出しているのは事実だ。そんなあいつを放っておいて、呑気に食事などできるはずがなかった。


「今日はありがとう。僕、取り敢えず家に戻って彼女に事情を聞いてみるよ」


「うん。そうした方が良いよ。初めて、ちゃんと選択出来たね」


「え..?」


 僕は星野のその言葉の意味を反芻し、理解できないまま家路についた。




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