母性の塊、折節剛
午前中の授業が終わり、昼休みの時間になった。
私は里香と目を合わせて、昨日話し合った通りに作戦を開始した。
まず、私は少し時間を置いた後、階段を上って屋上に向かった。
里香の情報では、暦君と折節は毎日屋上で折節特性弁当を食べているらしい。
折節が料理上手なんて聞くと、謎のライバル心が湧いてしまう。
しかし、今は里香が暦君を誘導して、屋上には折節しかいない手筈になっている。
女である里香がどんな方法で暦君を誘導したのか分からないが、やっぱり頼りになる私の一番の友達だ。
屋上の扉を開けると、予定通り外には折節一人で胡坐を掻いていた。
「うわ~、すごい広―い。風も気持ちいいし、ここでお昼ご飯を食べられたら、きっとすごく晴れ晴れとした気分になれるんだろうなー」
私がお昼ご飯を食べるという目的でやって来たことを軽くアピールすると、折節が私に気づいた。
「ぬぉ? 春山ではないか! こんなところで昼食とは、珍しい」
折節はたとえほとんど交流がない相手だったとしても、こんな感じで明るく接する。
それにしても、相変わらずおっさんみたいな言い回しね。
本当は暦君のために年齢詐称してるんじゃないかしら。
そんなの犯罪よ。
は・ん・ざ・い。
「いやぁ、教室で食べるの飽きちゃって、気分転換にここで食べようかなーって。後で里香も来るんだー」
「そうであったか。ならば、ここにきて、瑞季と四人で囲まんか?」
「えっ、いいのー!? 嬉しいな~」
私はにんまりと笑って、折節の横に座った。
「お弁当の中身見せて~」
まずは、二人のお昼ご飯に興味を抱いていることを軽くアピール。
そして、私の髪の毛から漂う甘いシャンプーの香りを、折節の鼻にしっかりと届くように距離を詰めた。
異性に慣れない男なら、これだけでも良い効果が期待できるはずだ。
試しに一瞥して、折節の表情を窺う。
「これは、わしが作った瑞季専用の弁当だ」
しかし、折節は何も感じていないかのように、弁当の蓋を開けた。
まぁ、これくらいはジャブのようなものだし、武器ならいくらでも備えは持っている。
ひとまず、調子を合わせて暦君が食べる弁当箱の中身を覗いてみた。
主食には梅干しが真ん中に置かれた雑穀米が使用されており、タンパク質には小さくカットされた鶏むね肉の照り焼き。
野菜の枠にはほうれん草の胡麻和えに、別の容器からは半分に切られたバナナが出てきた。
「なるほど、良いバランスね」
私は素で感想を呟くと、折節はガハハと大笑いした。
「瑞季は将来アスリートとして生きていく身。ならば、食事の管理はしっかりせんとな」
「これを……折節君が作ってるんだよね……」
まさか、女子力で折節に劣るとは、なんか悔しい。
「おうとも! わしの夢は瑞季が世界一のサッカー選手になるためにサポートすることであるが故、これくらいは当然のことよ」
そして、折節は再びガハハと笑いだす。
何だか、私がやっていることが、ばかばかしく思えてきてしまう。
……いや、弱気になってはだめよ、美亜。
暦君や折節と同じように、私にも夢があるのだから。
お金持ちで、イケメンで、性格の良い男と幸せに暮らす。
そのために、私はこれまで自分磨きに励んできたのだから。
せっかく掴んだチャンスを逃してなるものですか。
「夢、叶うといいね。私も二人を応援するよ!」
「それは心強い! 暦も喜ぶことだろうな」
折節は三度ガハハと笑った。
「それにしても、暦君遅いね~」
「応対が長引いておるのかのぉ。ちょっくら、見て来るか」
「ちょっと待って!」
私は立ち上がろうとする折節の両肩を掴んで、強引に座らせた。
「どうしたのだ、春山よ」
「大事な話かもしれないから、もう少し待ってない?」
「そ、そうか」
折節はどこか腑に落ちていなさそうな様子だったが、ひとまずいうことを聞いてくれた。
そして、私は折節の両肩を掴んだまま、意図的に彼の大きな背中に体を預けた。
今度は私が長年育て上げてきた自慢の胸を押し当てて、折節をその気にさせるのだ。
「それにしても、暦君大丈夫かな~。女の子苦手なんでしょ~?」
格好はそのままで、次の話題に移った。
「あぁ、そのことなんだが、わしとしては暦には異性とも関われるようになってほしいのだ」
折節は本音を話しながら、隆起した二の腕を組む。
何でこの状況で普通に会話できるんだ、このおっさんは。
お前の方が異性への意識が足りてないんじゃないか。
「あいつは間違いなく世界に通用するサッカー選手になる。そうとなれば、金目当てで寄ってくる女も現れることだろう」
金目当ての女という言葉が私の胸を突き刺す。
「夢を語った手前、はっきり申して、この先わしもずっとあいつの傍に居られる保証もないのでな。だから、今のうちにできる限りのことをしてやりたいのだ」
「そっか……」
高校を卒業したら、暦君のその先の選択肢なんて、大学以外にもたくさんあるよね。
日本のチームにいるかもしれないし、海外に行っているかもしれない。
サッカーのことは全く知らないけど、ニュースとかで取り上げられているのを見たことがあるから、何となしに想像できる。
……って、今はそんなこと考えている場合じゃない。
また、折節にペースを持っていかれるところだった。
早く何とかしなくては……。
「ふわぁ、なんだか眠くなってきちゃったな~」
今度は折節の膝に頭を乗せて、甘えん坊作戦の実行した。
「話に飽きてわしの膝で寝るとは、案外自由な奴なのだな。春山は」
「フフッ、そうかもね~」
目的のために手段を選んでないだけだっつーの。
とっとと、私に落ちなさい。
すると、私の頭に大きな手が乗っかり、左から右へ優しく撫でられる。
やっとその気になったのかしら。
折節の大きな手に癒されながら、意識はそのままで私はゆっくりと目を閉じた。
「昔、瑞季もこうやってわしの膝の上で気持ちよさそうに寝ておったのぉ。あの頃が懐かしいわい」
へぇ、暦君にもこうしてた時期があったんだ。
それって、暦君にとって、折節の膝は特等席ってことなのかな。
もし、暦君が今の私を見たら……。
あまりの気持ちよさに意識を奪われそうになっていると、屋上の扉が思いっきり開かれる音がした。
その音に驚いた私は、パッと目を開ける。
「おまたせ、ツヨ!」
扉の方を見ると、そこには息を切らしている暦君の姿があった。
「こ……よみ……君」
暦君は折節の膝で寝ている私に気づくと、信じられないような顔をしていた。
「おう! 待っておったぞ、瑞季。今日はお前の好きな……」
何も理解していない折節は暦君を招き入れようとしているが、暦君は一歩、また一歩と後退った。
「ご、ごめん。ま、まさか二人がそんな関係になってるなんて」
「こ、暦君……これはちがっ」
「ぬぉ? 何を言っているのだ、瑞季よ」
「ごめんなさい!」
暦君は最後にそう言い捨てて、校内に走り去ってしまった。
「違うのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
私の叫びは焦った暦君に届くわけもなく、この日を境に私と彼の距離は広く開いてしまうことになったのだった。




