折節社会的抹殺計画
最終校正日 2026/9/1
「はぁ~、どうしよう」
高校生活が始まって二週間も満たない昼休みの食堂――。
私――伊野倉美亜は、テーブルに顎を付けて、目の前にいる須平里香に不満をぶちまけていた。
里香とは中学からの付き合いで、私が唯一本音で話せる友達だ。
でも、里香は私の不満など、興味なさそうにスマホをいじっていた。
「ねぇ~、里香~。聞いてるー?」
「耳で聞いてるから」
「目でも聞いてよ」
「話さないなら、もう行っていいか?」
冷たい態度で席から離れようとする里香に、私はテーブルを乗り出して全力で阻止する。
「話すからどこにも行かないでよ~」
「だったら、さっさと話して」
里香は若干怒り気味に、席に戻った。
「うちのクラスに暦君っているじゃん?」
「狙ってんの?」
「おー! 話が早くて助かる」
「でも、あんた。暦と話したことないんだろ?」
「それは、この世の女子おしなべて一緒でしょ?」
暦瑞季――。
端正なルックスと将来を期待された人格者故、言い寄る女の子たちは引く手あまた。
しかし、そんな暦君はなぜか異性と関わることを極端に避けている。
影に隠れる仕草も可愛いけれど、それでは私の目的は達成できないというのに。
「あたしは話したことあるよ。サッカーの戦術とか歴史がほとんどだったけど」
「うっそ! 里香が!? もしかして暦君、里香みたいな人がタイプだったの!?」
里香は中学まで陸上部に所属していて、そこで鍛え上げられたスレンダーなボディは今でも健在だ。
「そっか……暦君は私みたいな富士山よりも、里香みたいな平らな地面が好みだったわけね。トホホ……」
「殴るよ?」
私は慰めに甘いコーヒー牛乳を口に含む。
「暦の好みとか知らないよ。ちょっと、裏技使っただけだし」
「裏技!? なんかかっこいい。どうやったの?」
「それは……教えない」
「えー、何でよー! 教えてよー!」
「教えたところで、お前にはできない」
「何それ! この私に足りないところがあるっていうの!?」
私は怒りのあまり、席から勢いよく立ち上がる。
「有り余ってるから、無理だっつてんだよ……」
よく分からないけれど、里香はどこか敗北感を漂わせながら、そう呟く。
「どういうこと?」
「自分で考えろ」
里香はそう吐き捨てると、席を離れて食堂を出ていった。
すぐに、午後の授業の予鈴が鳴り、私もそそくさと教室に戻っていった。
教室では、クラスメートがそれぞれのグループを作って、他愛ない話で盛り上がっていた。
そして、窓側の後ろ隅を振り返ると、暦君とその友達の折節剛がとても近い距離感で話をしている。
具体的に言えば、暦君が折節の背中に抱き着いて、下手に首を動かしたらお互いの唇が触れてしまいそうな間隔でサッカーの話をしていた。
その光景を見た私は、折節へ募らせた怒りをそっと拳に蓄える。
「ツヨ、今日の代表戦。誰が先発になると思う?」
「そうさなぁ、ゴールキーパーは……」
「……ねぇねぇ、暦君」
二人が楽しそうに会話していると、隣の席から一人の女の子が暦君に声をかけてきた。
「今日古文の教科書忘れちゃってさ。もしよかったら、隣で見せてもらってもいい?」
あざとくウインクをしてお願いする女の子。
おそらく、わざと忘れて暦君とのきっかけを作るつもりだったのだろう。
私にはお見通しだ。
……でも、甘いわね。
案の定、暦君は折節の背中に隠れて、チラッと女の子を覗いていた。
「すまんなぁ。お詫びといってはなんだが、わしの教科書を貸そう。わしは暦の教科書を借りようかの」
折節が代わって提案すると、暦君は少年のように目を輝かせて何度も頷いた。
「あ、ありがとう、折節君」
失敗に終わった女の子は顔を引きつらせながら、折節のボロボロになった教科書を受け取った。
折節剛――。
プロレスラー並の恵まれ過ぎた体格をしている、若さとは縁がなさそうな老け顔の顎髭おやじ。
幼少期から暦君と一緒にいるそうで、今でもそれは変わらないようだ。
暦君がサッカー選手として大成するためにいろいろとサポートしてるらしいけど、サッカーを全く知らない私にはそんな内容に興味も湧かない。
てか、裏方の仕事よりも試合に出た方が、もっと暦君に貢献できるんじゃないだろうか。
とにもかくにも、相思相愛の二人――。
きっと、今の暦君には折節しか見えてないんだろうなぁ。
つまり、私がやらなければならないのは折節という壁を越え、その先に待つ暦君を奪い取ることだ。
「何かないかなー」
私は机に突っ伏して策を練ったが、一向に出る気配はなく午後の授業が始まってしまった。
午後の一発目は古文の授業。
先生が教壇に立ってベラベラと喋っているが、暦君攻略に向けて脳内で作戦会議をしている私の耳には入ってこなかった。
すぐ、あの“デカブツ”に隠れてしまう暦君と、どうすればコミュニケーションをとれるのか……。
やっぱり、どう考えてもまずはあの障壁を取り払わないことには、スタートラインに立てないよね。
ペンを回しながら、“デカブツ”こと、折節をいかにして排除しようかを思案すると、先生から放たれたある言葉が脳内を刺激させた。
「……つまり、この作品の主人公は女の誘惑に騙され、華やかだった自分の人生を台無しにされるという話なんだが……」
「誘惑……人生……」
私の脳内で一つのビジョンが組み立てられていく。
「これだ!」
それが完成すると、私は反射的に席を立ち上がり、手をポンと叩いた。
「伊野倉~、授業中だぞ~」
先生から覇気のない注意をされ、私は静かに腰を下ろした。
放課後になり、私は里香と二人きりになるため、屋上に上がった。
授業中に考えた作戦には協力者が必要なので、まずは大事なテーマから作戦の説明を始める。
「折節を社会的に殺す!」
「目輝かせながら何物騒なこと言ってんだ」
私の奇策を聞いて、里香は驚くわけでもなく、早速いつもの呆れ顔になっていた。
「いやぁ、本当に殺しちゃったら、私が刑務所行きになって、元も子もなくなっちゃうじゃん?」
「いっそ、牢屋に入って、その考え方を改めろ」
「でも、折節を牢屋にぶち込めば、私も捕まらず折節は生きたまま暦君から排除できるって寸法よ」
我ながら賢い作戦だと、腕を組んで深く頷く。
「やり方がゲスすぎだろ。もっと違うのは思いつかなかったのか?」
「里香、それは甘い考え方だよ」
私の鋭い言葉に、里香の表情が引き締まる。
「周りの目を気にして選んだ甘っちょろいやり方なんかで、大望を果たせるほど世の中は甘くないの。本気で大きなものを手に入れたいのなら、周りを傷つけようとも罪悪感を殺して行動する。それが、目的のためなら手段を択ばないということなの」
「お、おう……」
「だから、たとえ折節がどんな目に遭おうと、最後には暦君と結ばれた私が幸せになればいいのです」
「お前、やっぱクズだな。真面目に聞いて損した」
「ということで、私と折節が二人きりになる時間を作るために、暦君を誘導してほしいのと、私が折節に襲われた現場の動画撮影もよろしくね!」
すると、里香は頬杖をついて、訝し気に眉をひそめた。
「なぁ、その前に疑問なんだが、これで暦から折節を引き離したら、あいつ心閉ざして学校来なくなるんじゃないか?」
「フッフッフー、そこも抜かりはないわ」
「ほぉ、どうするつもりなんだ」
「それは、私が暦君にそれっぽい言葉で元気づけてあげて……まぁ、何かしらの形で励ますのよ!」
「ソッカー、ガンバレヨー」
里香の目が虚ろに見えたが、きっと気のせいだよね。
この後も里香と話し合って作戦を詰めて、入念な準備を進めた。
作戦の決行は明日のお昼休み。
――その日が暦君攻略に向けた第一歩になる……はず。




