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隣の席は二周目の彼女 ~二度目の一年生~  作者: 有希乃尋
第4章 葛藤する慎太郎編
22/25

第22話 ヒトゴロシと覚えよう

新学期が始まると、9月末に予定されている体育祭の準備が本格化し、今日は伏見の向島にあるグラウンドに集まって体育祭の予行演習が行われ、僕は体育係そして女子陸上部のマネージャーとして準備に奔走している。


「じゃあ、咲子と慎太郎、待機する選手をスタート地点まで誘導する係をよろしくね。毎年進行が押し気味になるから、タイムシートと時計を必ず確認してね。」

「はい!」


忙しい準備の合間にふと北条さんがどうしているのか気になって姿を探してみると、グラウンドの端で、女子陸上部の山本未来先輩や森千早先輩と話している姿が見えた。

ちょっと前までは2年生の姿を見るだけで逃げていたのに・・・。

僕は少し嬉しく、そして少し感傷的な気分になった。


「もう心配ないですね。」

「ほんとそうだね・・・。」

「えっ?南城先輩?」

独り言で言ったつもりなのに、いつの間にか背後に南城先輩が音もなく忍び寄っていた。


「由里子もすっかり素直になった。」

「ああ、そうですね。南城先輩のおかげです。」

「当たり前。私が一番の友達だから。慎太郎も素直になるべき。ごまかしはよくない。」

そう言って南城先輩はそのまま歩き去って行った。


いったい何が言いたかったんだろう?

やはり世界レベルの選手は、凡人とはどこか感性が違うところがあるんだろうか・・・。


「あっ、慎太郎!ここにいた。」

いつの間にか北条さんも僕に駆け寄ってきていた。


「ああ、北条さん。どうしました?」

「あのさ、今日の勉強だけど、学校まで帰るの大変じゃない?」


何とか一学期の定期テストはクリアしたとはいえ、北条さんの基礎学力にはまだ不安があるので、二学期に入っても放課後の勉強会を続けている。

ただ、今日はグラウンドで解散なので、勉強会のためだけに学校まで行くのは面倒だ。


「ああ、そうですね。今日は休みでもいいですよ。」

「いや、そうじゃなくてさ・・・。あの・・・。」

北条さんは目をそらして体をねじり、もじもじし始めた。


「??」

「うちがさ、伏見駅のそばで、ここから近いから、今日はそこでどうかって・・・。」

「ああ、今日の勉強会は北条さんの家で行うってことですね。わかりました。じゃあ、解散したら一緒に行くってことでいいですか?」

「え?いいんだ?」

北条さんは少したじろいでいる。自分で言い出しておきながら、なんで・・・?


「ええ、伏見駅だったら近鉄ですぐでしょうし、僕も学校に寄るよりも楽ですから。じゃあ、解散時間になったら声を掛けますね。」

「あっ、うん、じゃあまた後で~!」

北条さんはそう言うと走り去って行った。

相変わらず風のような速さで走るな・・・。


★★


伏見駅を降りて北条さんの家に行く途中で、僕は事態の深刻さに初めて気づいた。ずっとノーカンにしてたからうっかりしてたけど、そういえば北条さんは女子だった。女子のお宅訪問って結構な一大イベントでは?


「き、今日は、お母さんはご在宅でしょうか?」

「いや、母は働いてるからこの時間はまだ帰ってないよ。この時間はまだ家に誰もいないかな~。」

僕の気持ちを知ってか知らずか、北条さんはあっさりと重大な事実を開示してきた。『誰もいない女子の家に行く』、物の本で読む限り、家族が誰もいない女子の家に行くのは人生に一度あるかないか、いやほとんどの男子が経験しないまま人生を終える、オリンピック級の大イベントのはずだ!


うそ・・・、そんなイベントが急に発生するなんて・・・急にドキドキしてきた。

北条さんの部屋とかどんな感じなのかな?やはり女の子らしい小物があったり、いい匂いとかするのかな・・・?


「ここだよ。」

「ん?」

北条さんが指で示した先には荘厳な山門と、それにつながる長大な石段があった。

「この石段1564段もあるのよ。ヒトゴロシって覚えるらしいよ。ハハハッ!」

北条さんは一人で高笑いしながら軽やかに石段を駆け上がっていった。北条さんの健脚はこうやって生まれたのか・・・と謎が一つ解けた。


「じゃあここで待っててね。着替えてお茶をいれてくるから。」

長大な石段をヒイヒイ言いながら乗り越え、北条さんに案内されて着いたのは、歴史ありそうな古刹に隣接した古い建物の20畳はありそうな和室だった。


石段を昇りながら聞いた北条さんの説明によると、北条さんの家は室町時代から続く由緒正しいお寺らしく、普段は庫裏と呼ばれるこの建物で暮らしているらしい。


「お待たせ~。ああ、足崩しちゃっていいよ。」

Tシャツとスキニーなパンツに着替え、お茶と煎餅がのったお盆を持って戻って来た北条さんに言われて僕は正座を崩したが、新しく与えられた情報を処理しきれない。まだまだ北条さんには僕が知らなかった一面があるんだな・・・。


「北条さんの家がお寺だと知りませんでした。お父さんは僧侶なんですか?」

「そうそう。この時間は檀家まわりに行ってるみたい。」

「僧侶なのに海外赴任されてたんですか?」

「なんか禅の普及のために東欧の大学に赴任してたらしいよ。」

「へ~。鈴木大拙先生みたいですね・・・。」


北条さんの美しい所作の理由はこんなとこにあったのかな?

でも字が汚いのはなんでなのかなと思いながら、気を取り直して勉強を始めた。今日は巨大な座卓に教科書を広げて、二人並んで座布団に座って勉強している。


「ねえ、前から疑問だったけど、現在完了系って、なんで現在完了って言うの?どういう意味?」

「さあ・・・。まあそこは疑問を感じないでそのまま覚えた方がいいんじゃないかと・・・。」

普段通り勉強しているつもりだけど違う環境になったせいかすごく緊張する。想像していた緊張感とは全然違うけど・・・。


そう思っていると、玄関の引き戸が開いて『ただいま~』という女の人の声が聞こえてきた。お母さんかな?助かった!


「あっ、由里子、帰ってるの?おおっ?」

和室の襖を開けて入って来た人は、北条さんそっくりだが、北条さんより少し年上くらいの若い女性だった。明らかに僕を見て当惑している。

「あの、僕は二宮慎太郎と言います。由里子さんの同級生です。今日は勉強のためお邪魔しています。」

そう挨拶すると、その女性はささっと駆け寄ってきて、滑るように僕の前に座った。


「えっ?君があの噂の二宮慎太郎くん?由里子を支えるって宣言した?由里子の絶望的な成績を爆上げして合宿にも付いて行ってくれた?うそ~!会いたかった~!」

「ちょ、ちょっと姉さん。」

「いいじゃないの。あ、わたしは由里子の姉の真佐子、大学2年生よ。いや~、いつも由里子もお母さんも慎太郎くんの話でもちきりだからさ~。ぜひお話を聞きたいと思ってたのよ!質問してもいい?」

矢継ぎ早に言葉を繰り出す真佐子さんの顔には『好奇心』と書いてある。


「ああっ、はい、何でも聞いてください。」


しかし、物理的にも心理的にもあっという間に距離を詰められて驚いた。外見はそっくりだけど、内面は人見知りの北条さんとは全然違うな・・・。


「ありがとう。じゃあ単刀直入に聞いちゃうね!慎太郎くんは、由里子とはもうステディなの?」

「姉さん!やめてよ!」

「いいじゃないの。由里子だって、はっきりしないから不安だって言ってたじゃないのよ。」


言い争う姉妹を横目に考えた。ステディ?「steady」のことかな?意味は確か「安定した」だったはず。ああ、たしかに最初は北条さんがクラスに溶け込むまでって感じでなんとなく交友が始まったけど、今では友達としてしっかり安定しているよな。


「ああっ、はい。そうですねステディだと思います。」

僕がそう言った瞬間、北条姉妹の言い争いがピタリと収まり、二人とも僕の方をまじまじと見つめた。

「慎太郎!本気でそう言ってるの?」

北条さんも驚いている?えっ?

もしかして北条さんはまだ臨時の友達ってつもりだったのかな?ちょっとショック。


「えっ?勘違いしてましたか・・・?」

「い、いや、違わない。全然違わない!わたしもステディだと思ってる。そっか、そうだったんだ~!え~!」

北条さんは右の手のひらを横に振ると、そのまま両手で頬を抱えて下を向いた。


「え~、よかったじゃん。あっ!慎太郎くん、今日は夕ご飯食べていきなよ。今日は由里子が作る日だもんね!お父さんにも紹介したいし。」

「あっごめんなさい。僕は、家が名古屋なのでそろそろ帰らないと・・・。」

「そっかそっか~。じゃあ、由里子。駅まで送ってあげなよ。」

真佐子さんはニコニコしながら北条さんの背中をポンポンと叩いているが、北条さんは、先ほど同じく頬に手を当てて、硬直したままだ。

なんで?まあ、家族の前で友達って断言されると恥ずかしい気持ちはわかる・・・。


満面の笑顔の真佐子さんに見送られて、僕と北条さんは並んで長い石段を下りた。

「明るくて楽しいお姉さんですね。」

「ええ・・・。」

横に並んだ北条さんの顔にちょうど夕陽が当たって紅潮しているように見える。

北条さんは、なぜか言葉数が少なくそのまま無言で伏見駅に着いた。お腹でも痛いのかな?


心配して改札前で振り返るとなぜか北条さんが右手を差し出してきた。

握手かな?欧米かよと思って手を出すと、そのまま引っ張られ北条さんにハグされた。頬のあたりでチュッという音がして、これまでに感じたことのない感触があった。

「じゃあ、また明日ね・・・。」

身を離した北条さんは、腰のあたりで右手で小さく手を振ってくれた。


「????」


僕は疑問符を抱えたまま、ホームへの階段を登り、ふと振り返るとそこにはまだ小さく手を振っている北条さんがいた。


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