すべての終わり
気配を感じたのだろうか、セーヤの足が止まった。
まっすぐに前だけを見つめ続けた瞳の前にミコトは久しぶりに降り立った。
しかし虚ろな瞳は目の前のミコトを映しもない。どこか遠くを見つめ続け、血塗れの剣だけがミコトの姿をはっきりと映し出していた。
血や砂埃に汚れた肌が異常なまでに薄黒く見える。彼が纏う雰囲気も、異様だった。
もう自分が知っている彼はもういないのだと、ミコトは悟った。
ならば、遠慮をする必要はない。むしろそのつもりは端なからなかったが。
────だってもう、どうでもいいから。
静かに彼だったものの名前を呼ぶと、その瞳に僅かに光が戻るのを見た気がした。ほんの一瞬のことであったが。
ミコトはそっと歩き立ち止まったままのそれに近づく。
それが何かする気配はない。
ぎらぎらと光り続ける剣が気になるが、大丈夫だろう。何かあっても、きっとアレがどうかしてくれるはずだから。
もう一度彼だったものの名前を呼んだ。
すると、ぴくりとそれの表情筋が動いた。
もう一度、呼ぶ。
今度は間違いなく虚ろな瞳に光が戻った。
それの唇が、開く。
────何かを言わせる前に、ミコトは与えられた力をそれに放った。
ミコトの身体から溢れ出した聖なる光が、それをふわりと包み込む。
そして、ほんの一瞬で消えた。包み込んだそれごとぜんぶ。
残ったのは、血塗れの黒い剣だけだった。
────終わったかい?
ミコトの背後から若い男の声がする。
全ての生命が潰えたこの世界で、このタイミングでミコトに声を掛ける者はたった一人しか思い当たらない。
振り向けば、そこには予想した通りの青年が立っていた。
神々しさを纏い、金色の長い髪を靡かせる、美しい男であった。
ミコトは一言だけ返した。
終わったよ、と。
神殿が襲撃されたあの日、ミコトを救い出したのは彼だ。
現場に残されていた血はミコトのものでは無く、襲撃してきたモンスターと魔王の手下のものだったのだ。
襲撃者を瞬く間に一掃しミコトを助け出した彼は神と名乗った。
もうミコトの人生は終わったと思っていたから、目を覚ましたときは戸惑いよりも驚きのほうが大きかった。
心臓がまだ脈動していることがどうしても信じられなかった。
目覚めたミコトに彼は助けた理由を語った。
────あまりにも、可哀想だったから。
彼はこの世界を創造した張本人だと言う。
故に、世界で起きていることに介入はしない。
──そのつもりだったが、
『キミは僕が創った世界のものじゃないから、助けてもいいかなって』。
つまり彼の気まぐれだった。
「彼のことも助けて欲しかった?」
神の問いにミコトは答えなかった。
彼は──セーヤは、魔王にとどめを刺した際に反撃を受けた。そのときに、魔王の一部が彼の中に入り込んだ。
それが全てを知った彼の感情に反応した。
勇者の中で沸き立つ負の感情を取り込み、彼を乗っ取ったのだ。
まず始めに王を殺し、駆けつけた兵を殺し、追いかけてきた者を殺し、破壊の限りを尽くしながら町の人々も殺し。
殺戮と破壊を繰り返し、命ひとつ残さず。
その一部始終を見ていながら、ミコトは何も思わなかった。
ミコトもまた、ミコトが知り得なかった彼の全てを知ったから。
それを教えてくれたのは、やはり神だった。
だからミコトは無感情のままに、魔王と化したセーヤを自ら滅することにした。
神が与えてくれた力で。
別れの言葉さえ告げることなく。
また、言わせることもさせずに。
何も答えないミコトに神が再び問い掛ける。
「────この世界を創ったのは僕だ。
キミを喚び出したシステムを構築したのも。
だから僕ならキミを元の世界に返してあげられる。
キミはどうしたい?」
ミコトは無感情に答えた。
────もう、どうでもいい。
ミコトの身体は救い出されても、たとえ神だろうと深淵に堕ちた心までは掬い上げられない。
ミコトから溢れ出した光が、ミコト自身を瞬く間に包み────あっと言う間に、消えた。セーヤを滅したときのように。
砂塵が舞う中、その場にひとり残された神はただ一言呟く。
────今度はどんな世界にしようか。
聖夜悲恋企画いかがでしたでしょうか。
想像の余地を残すことを心掛けながら、テーマが重たいので会話もなく淡々と書いてみました。
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