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Ending


「りっちゃん、お待たせ」

「お姉ちゃん!」



 病院の受付前の長椅子に座っていた律は、荷物を持って現れた凪を見て急いで立ち上がった。


 あの後病院に緊急搬送された凪は……その体の丈夫さから驚異的な回復力を見せ、担当した医者に腰を抜かせ、はらはらしていた律を少しだけ呆れさせた。


 しかし体は順調過ぎるほどに回復しても、心まではそうもいかない。十年間の繰り返しと命を狙われ続けたことによる精神の疲弊は大きく、時折フラッシュバックを起こしてパニックになりかけた。

 律はそんな姉に付きっ切りになり、そして凪も律が居れば落ち着きを取り戻した。そうして精神病院でしばらく入院していた凪は、律の助けもあって今日無事に退院出来ることになったのだ。



 ちなみにあの村はどうなったかというと……あの場に居た人間は残らず拘束され、そして村長や神主など凪達を直接殺そうとした人間は殺人未遂、傷害罪で逮捕された。

 しかし呪いを信じ切っている神主などは全く悪びれた様子もないらしく「私達は当たり前のことをしただけだ!」と主張して、村長が隠蔽しようとしていた過去の犠牲者についてもあっさりと話をしてしまったという。おかげで燃やされてしまった証拠がなくてもそちらの捜査も進められるだろう、とのことだ。



「りっちゃん、新しい家楽しみだね」

「うん」



 そして方丈姉妹はあの村から解放され、別の土地――凪の遠い昔の記憶の中で暮らしていたその土地に引っ越すことになった。



「りっちゃんはあの村で育ってきたから、人がいっぱいでびっくりするかな」

「何言ってるの、前は……その、前の人生の時は私も結構都会で暮らしてたんだからね」

「あ、そうなんだ」

「お姉ちゃんは忘れてたかもしれないけど、私だってただの小学生じゃないんだから! 精神的年齢的にはちゃんと大人だから子供扱いしなくていいんだからね!」

「うんうん、そうだねー。でも私にとってはりっちゃんは妹であることは変わりないからねえ」

「もう、だから子供じゃないんだから頭撫でないでってば!」



 大人なんだから、と主張する律も長い間繰り返して来た凪にとっては頑張って背伸びをしている可愛い妹にしか見えない。

 憤慨する律に凪が笑いかけていると、受付で名前を呼ばれてすぐに会計を済ませる。家は燃えてしまったが両親の遺産は銀行に残されていたので、凪が就職するまで二人で慎ましく生活する分には問題なさそうだ。


 お大事に、と声を掛けられながら二人は病院の外へ出る。少し離れた駅まで歩くか、一応病み上がりなのでタクシーを使うかと凪が考えていると、不意にその時二人の目の前にぴたりと車が停まり、運転席の窓が開けられた。



「やあ、なっちゃんりっちゃん」

「あ」

「で……でたあああ!!」



 にこっと微笑みながら運転席で片手を上げた男を見た瞬間、律はお化けでも見たように声を上げて凪の腕にしがみついた。

 二人の前に現れたのは村井――あの時警察を呼んで二人を助けた男だった。



「久しぶり、会いたかったよ」

「村井さん、どうしてここに?」

「俺もあの村から引っ越してさー、なっちゃんが退院するって聞いたから迎えに来たんだ。家まで送っていくから乗りなよ」



 「ちゃんと車の免許取ったんだ。車はレンタカーだけど」と車から降りて後部座席の扉を開けた村井に、凪は渋る様子を見せた律を宥めて「お願いします」と乗り込んだ。



「あ、ちなみに俺またお隣さんなんだー、二人ともよろしくな」

「そもそもなんで家知ってるの」

「都会っていいよなあ、田舎と違って隣があんなにも近い」

「お姉ちゃんやっぱこの人やばいって!」



 場所を言わずとも目的に向けて走り出した車内で律の突っ込みが響く。酷く警戒したように村井を見ている律に、彼は「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」と安心させるように優しい声で言った。



「りっちゃんの言うゲームの中の俺がどうだったかは知らないけど、俺は絶対に二人を傷付けたりしないって誓うから」

「……じゃあ他の人は?」

「二人が嫌がることはしないよ。まあ……なっちゃんとりっちゃんに危害を加えるようなやつが居たら保証はしないけど」

「なら、盗聴と盗撮も二度としないで。絶対に嫌だから!」

「はーい」



 あまりに軽々しい返答に律が頭痛を覚えていると、今までずっと優しい目で二人のやり取りを聞いていた凪が律の頭を撫でながら「村井さん」と彼の名前を呼んだ。



「改めて、私達を助けてくれて本当にありがとうございました」

「……ありがとう」



 彼が助けてくれなければ、凪はまたあの悪夢の十年を繰り返し続けていたはずだ。律も少々不機嫌そうな表情を浮かべているものの、彼に感謝しているのは同じだった。あの瞬間、二人にとって彼はまさにヒーローのようだった。


 ……だが、助けてくれるまでの過程を知った時は流石に二人とも遠い目をせざるを得なかった。まさか誰がそんなストーカーの本領を発揮する方法だと思うのだ。律は一瞬にして感謝を取り消したくなった。



「どういたしまして。でも、俺は自分のやりたいことをやっただけだよ。なっちゃんとりっちゃんを守りたくて、そんでもって二人の平和をぶち壊すやつらをまとめて消し去ってやりたかっただけだし」

「言い方が物騒……」

「あいつらの方がよっぽど物騒だったよ」

「それはそうだけど!」



 確かにあの村人達に比べれば村井は余程平和的で倫理的ではある。……凪と律が万一の事態に陥っていたとすれば、物騒などという言葉では済まされない惨状が広がっていたかもしれないが。


 律がゲームの皆殺しエンドを思い出してぞっとしていると、信号待ちで停車したタイミングで村井が後部座席の凪を振り返った。



「ところでなっちゃん」

「何ですか?」

「俺と結婚しない?」

「「……は?」」

「りっちゃんから聞いてると思うけど俺なっちゃんのこと好きなんだよね。高校卒業してからでいいからさ、家族になってよ」



 ぽかん、と凪と律が揃って口を開けたまま硬直していると、信号が青になり村井が前を向いた。

 そのまま再び景色が流れ出したところで「それで、どう?」と返事を促されて凪は我に返った。



「あの、助けてもらったのは本当に感謝してますけど、いきなりそんなこと言われても……」

「いやいや別にそれを盾に結婚しろって言ってる訳じゃないさ。けどちょっとは考えてみてくれないかなー。俺、結構優良物件だと思うんだよね」

「……人の家勝手に盗聴してた人が?」

「りっちゃんは手厳しいなあ」

「厳しいとかそういう問題じゃないから!」

「俺結構尽くすタイプだよ? なっちゃんのことは勿論誰よりも愛してるし、すげえシスコンな所だって受け入れられるっていうかどんと来いだし。それに仕事は在宅だから家事とかも手伝えるよ? 料理も得意だし、なっちゃんが忙しい時はりっちゃんのお世話だって」

「それはいらない!!」

「それになにより」


  

 律の怒鳴り声をさらりと流した村井は、自信満々の笑みを浮かべてミラー越しに凪を見た。



「りっちゃんのこと、なっちゃんが大事に思ってるのと同じくらい大事にする自信があるけど?」

「……少し詳しい話を聞いてもいいですか」

「そこで釣られないで!」



 思わずぴく、と反応した凪に、危機感を覚えた律は姉の両肩を掴んでぶんぶん揺らした。


 こんなにあっさり一本釣りされないで! と悲鳴を上げんばかりに言う妹を見ながら、凪は無意識のうちについ口元を緩めてしまっていた。


 平和だ。ちょっと人生を左右するかもしれないが、命を掛ける必要なんてない選択だ。

 怯えながら必死に生き残る道を探さなくても、仮に間違えてもあの葬式へ戻ることもない。



「そして今ならなんと! 燃えちゃったりっちゃんの成長記録アルバムの写真焼き増しセットがついて」

「お付き合いからお願いします!」

「お姉ちゃん正気に戻ってー!!?」



 エンディングを迎えたこの世界に、選択肢など存在しない。


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