外伝29 修業の終わり
朝食を取ってから、俺と春香はいつものように冒険の準備をする。
王子とユーミには、これから俺たちが旅に出ることを話した。
二人とも寂しがっていたが、また戻ってきたときにはお土産話をするよといっておく。……嘘をつくのは心が痛むが、仕方ない。
二人は街の門まで見送りに来た。
最後に順番にハグをする。
「お兄ちゃん。元気でね。絶対、また会いに来てよ!」
「待ってるからね。ちゃんと来なさいよ」
俺と春香は魔法で生み出した馬に二人乗りし、王子とユーミに手を振った。
「ああ。二人とも仲良くな」
春香が、
「ユーミ。頑張れ!」
と言うと、ユーミが「ちょ、ちょっと」とか言いよどむ。
春香とはははと笑いながら、
「じゃあ、行ってくる」
そう言って、手を振る二人に見送られながら馬を進めた。
遠ざかっていく二人。そして、ポプリの街。
やがてオアシスの林に到着し、もう街が見えなくなる。
「もうお別れは大丈夫?」
馬から下りたところで、シエラとサクラがやってきた。
「ああ。……世話になったな」
するとシエラが、
「いいのよ。ほら、旦那様以外の日本人って初めてだったし。私も楽しかったわ」
春香が、
「それにしてもシエラの旦那様もジュンさんだったとはねぇ」
と言うと、シエラが照れたように鼻の頭を掻く。
サクラが笑みを浮かべながら、
「ふふふ。シエラちゃんったら照れちゃって……」
「だって、サクラちゃんだってうれしそうじゃん」
「私はノルンさんと約束してあるからねぇ。一ヶ月はマスターを堪能させてもらうって。えへへへへ」
「あ、ずる~い! 私も!」
「えへへへへ」
……な、なんだ? まるで女子高生みたいなノリになったぞ。イメージが壊れそうだ。
春香がコホンと咳払いをして、
「さ、そろそろ行こうよ」
と俺を促す。そ、そうだな。
俺はシエラとサクラに、
「俺たちは先に行くよ」
と言うと、「「どうぞどうぞ」」と返された。
春香と苦笑しながら手をつなぎ、そっと目を閉じて神力を呼び起こす。
「「神域へ。転移!」」
――――
俺と春香は無事に、懐かしい白い空間に転移した。
目の前には待っていたようにジュンさんとノルンさんが待っていた。
……おや? その後ろにさらに三人の女性がいる。一人は真紅の髪のシスター、一人はエルフらしい少女でもう一人は色っぽい女性だが一体誰だろう?
――ヘレン・ハルノ――
――カレン・ハルノ――
――セレン・ハルノ――
説明文を読むまでもなく彼女たちがジュンさんのお嫁さんであることがすぐにわかった。だってファミリーネームが「ハルノ」だもん。
すごいな。六人もお嫁さんがいるのか……。
そう思って見ていると、春香が俺の腕を強くつねった。
「いて! は、春香?」
「ちょっと、今なに考えていたの?」
い、いや。別にうらやましいとか思っていないぞ? ただすごいなぁって……。
ジュンさんが引きつった表情をしながら、
「まあ、それくらいで」
とか言っている。
ノルンがキョロキョロしながら、「あれ? あの二人は? ……もう、しょうがないわねぇ」とか言って、指をぱちりと鳴らした。
その瞬間、ノルンさんの脇に、騒がしくおしゃべりをしているサクラとシエラが現れた。
二人は急に転移されたので、
「「あり?」」
と言って顔を見合わせている。
ノルンさんがため息をついて、
「ほら。お客様をちゃんと見送らないと」
とお小言をいう。
ジュンさんが苦笑いしながら、
「で、ヴァルガンドはどうでした?」
俺は微笑みながら、
「いい世界です。もっと旅してみたかったです」
春香もどこか寂しそうに、
「楽しかったです。できればまた来たいくらいです」
うん。確かに楽しかったなぁ。
俺もうなづいた。
ジュンさんは少し考え込んで、
「そうですねぇ。おそらくお二人の神格がもっと上がれば、こちらにも来られるようになると思いますよ。時間軸はどうにでもなると思うし。なあ? ノルン」
ノルンさんもうなづいて、
「そうですね。ですから、今後とも頑張ってください」
そうか。神格を上げれば、ね。
まったく無理ってわけじゃないようで、春香も目標ができたようだ。表情が明るくなっている。
その時、また誰かが転移してきた。……あ、あれはパティスさんだ。
まさかあの人もジュンさんのお嫁さん?
パティスさんは、俺の考えていることを読んだように、
「それは違うわよ。私はノルンのお婆ちゃんでもあるの」
お、お婆ちゃん? どういうことだ?
混乱した俺をパティスさんが楽しそうに見つめる。
「内緒。……師匠でもあるしね」
な、なるほど。師匠ね。師匠……。この人、女神の師匠?
ますます訳がわからなくなりそうだ。俺が一人で混乱していると、急に手を春香に引かれた。あ、そうか。こんなことしてる場合じゃなかったか。
「パティスさん。お世話になりました。おかげで、無事にこの世界を楽しめました」
パティスさんがノルンさんの隣に並び、
「ふふふ。それはよかった。……また会う日を楽しみにしているわ」
俺と春香は黙って頭を下げた。
ジュンさんが、
「さあ、そろそろ出発かな?」
ジュンさんたちの右手に、例のチベットの聖域にあったような転移門が現れた。光が渦巻いている回廊だ。
「お世話になりました。神格を上げて、また遊びに来ます!」
「うん。楽しみに待ってるわ」
俺と春香はもう一度お礼を言い、またの再会を約して回廊に足を踏み入れた。
背後から、「またねぇ」とかいう声が聞こえる。
さらばヴァルガンド。また必ず……。
帝釈天さまにお土産話がたくさんできたな。
ヴァルガンドで過ごした思い出が脳裏によみがえった。
きっとポプリ王国は、王子とユーミが結婚して、ますます栄えるだろう。いつかこの目で確かめに来よう。
隣には笑顔の春香がいる。春香も俺を見てニッコリ微笑んだ。
春香。いつまでも、どこでもずっと一緒だよ。
俺と春香は来たときと同じように、腕を組みながら光の中を歩き続けた。