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天球のカラビナ  作者: イツロウ
04-毒霧の遺跡-
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039 早い再会


 039


 翌朝

 猟友会、エンベル支部の正門前にて

 クロト達はダンシオと合流していた。

「よく眠れたか?」

 ダンシオはボサボサの頭をかき上げ、大きなあくびをする。

 上級狩人だというのに相変わらず覇気というものが感じられない。

 ただ、格好だけは昨日とは全く違っていた。

 黒革のスーツジャケットを着こなしており、同じく黒いワイシャツが胸元からのぞいている。袖は肘までまくり上げられ、手には厚いグローブを装着していた。

 下には黒のスラックスを履いていて、靴は支給品のブーツではなく金属のプレートが貼り付けられた特殊な靴を履いていた。

 両腰にもホルスターのような金属製のポーチがベルトに固定されており、朝日を受けて鈍い光を放っていた。

 リリサは一歩前に出てダンシオに挨拶する。

「おはよ。さ、さっさと遺跡に入ってディードを蹴散らしましょ」

 リリサは螺旋の長槍を振り回し、意気込む。

 しかし、ダンシオは呆れた様子で首を左右に振った。

「あのなあ、いきなり本番は流石に無理だろ……」

「え?」

「昨日言っただろ? 今日は軽く案内するだけだ」

「そうですよリリサさん、ラグサラムの毒霧はかなり厄介です。それ相応の準備と対策をしておかないと狩れるディードも狩れませんよ」

 モニカはリリサに注意を促した。

 どうやらモニカはラグサラムがどういう場所かよく知っているようだ。

 何も知らないリリサ、クロト、ティラミスは説明を求める。

「毒霧って……そんなにヤバイものなの?」

「準備が必要って言う割にはダンシオさん、かなり軽装だけど大丈夫なんです?」

「あの、毒を吸ったらどうなるんですか? やっぱり死ぬんでしょうか……」

 複数の問いかけにダンシオは「待った待った」と応じ、歩き出す。

「ここで説明してやってもいいが、時間の無駄だ。……連れも来たことだし、歩きながら説明しよう」

 ダンシオは門から離れ、北へ移動し始める。

「連れ?」

 どうやら他にも同行者がいるみたいだ。

 どんな狩人なのだろうか。

 想像しながらクロトは門を抜けて道に出る。

 すると、正面から大きなバックパックを背負った少女が現れた。

 橙色のサイドテールにダークブラウンの瞳、笑顔がよく似合いそうな整った顔立ち、大鎌を手に携えている彼女にクロトは見覚えがあった。

「ジュナ……?」

 唐突すぎる再開にクロトは驚かずにはいられなかった。

 ジュナもクロトの姿を見て同じく驚いており、足を止めて目を大きく見開いていた。

「クロト!? お前、どうしてここにいるんだ!?」

「なんだ、知り合いか?」

 ジュナは歩みを再開し、ダンシオに近づく。

「知り合いも何も、こいつが上級狩人試験で一緒になった刀使いのクロトだよ。この前話しただろ」

「へえ、あんたが例のクロトか。……話は色々聞いてる。“妹”が世話になったな」

 妹という言葉を聞き、ようやくクロトはジュナとダンシオの関係を理解した。

「もしかして、ジュナが言ってたお兄さんって……ダンシオさんのことだったのか」

「あれ、言ってなかったか?」

「聞いてないよ……」

 ジュナから話を聞き優秀な狩人だということは予想していたが……まさか彼女のお兄さんがダンシオ・アルキメルその人だとは思ってもいなかった。

 世界とは狭いものである。

 ジュナはクロト以外の面構えを見て、ダンシオに問う。

「兄貴、もしかして新しい仲間って……」

「ああ、彼らリリサ・アッドネス一行だ」

「あんたが噂の狂槍か……」

 ジュナはリリサ、モニカ、ティラミスを軽く観察した後、クロトに耳打ちする。

「……つーかお前、本当に女3人と一緒に旅してたんだな……」

「ねえクロ、いい加減紹介してくれない?」

 話に割って入ってきたのはリリサだった。

 どうやら置いてけぼりを食らって若干苛立っている様子だ。

 クロトは慌ててジュナのことを女性陣に紹介する。

「えーと、彼女はジュナ。ダンシオさんの妹で、上級狩人試験で色々と世話になった狩人だよ。ちなみに彼女も試験に合格してるから上級狩人だよ」

「へえ……世話になった、ねえ……」

 リリサは何か不満があるらしい。不穏な表情でクロトとジュナを交互に見つめていた。

「その歳で上級狩人試験に合格したのですか、やはり兄妹揃って優秀ですね」

 モニカは素直にジュナの功績に感心しているようだった。

「上級狩人が4人……心強いですね。これだけいれば遺跡攻略も簡単だと思います」

 ティラミスはジュナのことを単純な戦力としてしか見ていないようだった。

 だらだらと話していると、唐突にダンシオがぱんと手を叩いた。

「ほら、時間が勿体無い。早くラグサラムに向かうぞ」

 ダンシオは集団から抜けて一人北へ歩き出す。

 クロト達も気を気引き締め、ダンシオの後を追うことにした。



 ……道中の説明はとても簡素なものだった。

 ラグサラムには常時毒霧が掛かっており、その霧の中にいたら数分で肺が腐り、死に至る。

 それを防ぐのがガスマスクだ。

 ガスマスクはカミラ教団が製作したもので、かなり完成度が高い。

 マスクはフィルター交換式で、フィルター一つにつき30分毒を中和できる。

 しかし、そのマスクを装着していても3時間が活動限界だ。中和できるとは言え、完全に毒をシャットアウトできるわけではないようだ。

 この話を聞いた時、宇宙服のような全身を覆うタイプのスーツの構想が頭に浮かんだが、当然ながら酸素ボンベなどどいう文明の利器がこの世界に存在するわけもなく、もし作れたとしてもそんなものを着ていたらまともにディードと戦闘できないのは明らかだった。

 ということで、狩人たちの間ではガスマスクを装着し、3時間以内に狩りをするというスタイルが定着しているらしい。

 そんな話をしている間にクロト達は砂漠の町を抜け、ラグサラムの手前まで到達していた。

「ここがラグラサム……」

 目の前に広がるのはゴツゴツとした岩が所々に落ちている岩石砂漠。

 切り立った黄土の岩が地面から生えており、植物の影は全く見当たらない。

 クロトはこの光景を見て、昔地理の教科書でみたグランドキャニオンを思い出していた。

 黄土の岩岩の先には砂塵が舞い、更にその奥には紫がかった霧を目視できた。

 あれがダンシオが説明していた毒の霧なのだろう。

 ある程度進むとダンシオは急に歩みを止め、ジュナに指示を出す。

「ジュナ、そろそろマスクを用意してくれ」

「わかった」

 ジュナはバックパックを地面に下ろすと、中身を開ける。

 バックパックの中には口元をすっぽり覆い隠すタイプのガスマスクが入っており、他には円盤状のフィルターも大量に入っていた。

 ダンシオはバックパックの中に手を突っ込み、ガスマスクをみんなに配布し始める。

「此処から先は危険地帯だ。ちゃんとマスクを付けるんだぞ。でないと数分で肺が腐っちまうからな」

「……」

 それぞれマスクを受け取り、各々が慎重に装着していく。

 クロトも慣れない手つきで口元にマスクを装着する。少し息苦しい。激しい戦闘になると呼吸が辛そうだ。

 全員装着し終えるとダンシオもなれた手つきでマスクを装着し、フィルター部分を指先でコンコンと叩く。

「フィルターの交換も怠るなよ。タイミングはこっちで指示するから、あんまり離れないようにな」

「たしかリミットは3時間よね?」

 リリサの確認の言葉にダンシオは頷く。

「そうだ。その時間内に遺跡までたどり着いて、遺跡内を探索して、遺跡の主を倒さなくちゃならない。かなりハードなミッションってわけだ」

 言い終えるとダンシオは移動を再開する。

「何度も言うようだが、今日は軽く案内するだけだからそんなに心配しなくていい。1時間位で戻る予定だ。マスクの状態に慣れてもらうのが一番の目的だからな」

 一行はそのまま暫く霧と砂塵の境界を進んでいき、やがて霧の中に足を踏み入れる。

 すると、途端に視界が悪くなった。

「思った以上に霧が濃いですね」

「これじゃあディードを見つけるのも一苦労です……」

 モニカはライフル銃を構え、銃口をせわしなく左右に向けていた。

 ティラミスも若干緊張しているのか、霧を払うようにハンマーをぶんぶん振っていた。

 緊張状態の二人に、ダンシオはアドバイスを送る。

「逆に言えば発見される可能性も低いってことだ。たまにばったり会うこともあるが、そんなことはめったにないから安心していい」

 流石は場慣れした狩人だ。先程までは覇気の欠片も感じられなかったのに、霧の中に入ってからは頼りがいのある上級狩人そのものだ。

 ジュナもこの場所には慣れているようで、大鎌をくるくると回して遊んでいた。

 リリサも流石は手練とあって、槍を肩に担いで落ち着いている。この環境にすでに適応している様子だった。

 かく言う自分も数分足らずでこの霧に慣れてしまった。

 死と隣り合わせの空間にいるというのに、意外にも普通に行動できている。

 多分これはダンシオの存在があるからだろう。頼りがいのある狩人がそばにいるだけで安心できるというものだ。

 一団は何事も無く霧の中を進んでいく。

 10分ほど進むと、唐突にダンシオが小声を発した。

「……止まれ」

 全員がその指示に従い、足を止める。

「ゆっくり、音を立てずにあの陰に行こう……」

 そしてダンシオに誘導されるがまま近くの岩陰に隠れる。

 全員が岩陰に隠れると、ダンシオはある方向を指差した。

「……見てみな。あれがラグサラムに巣食ってる昆虫型ディードだ」

(昆虫型……?)

 クロトは目を凝らしてダンシオの指し示す方角を見つめる。

 するとぼんやりと輪郭が見えてきた。

(あれか……)

 体長は2mはあるだろうか。その影は三角形の頭を持ち、両腕はギザギザの鎌状になっていた。地面には4本の足が接地しており、ふくらんだ腹部は胸部からお尻にかけてなだらかなカーブを描いていた。

 ……明らかにカマキリだった。

(グロいな……)

 唯でさえ虫というのは気持ち悪いのに、それが巨大化したとあっては気持ち悪さも倍以上だ。

 ダンシオは小声で続ける。

「奴ら、毒霧を浄化するための器官を内蔵に持ってる。血が薬になるのはそのおかげだ」

「あれだけの大きさならかなりの量の血が取れそうですね……」

 モニカの冷静な分析に、ダンシオは相槌を打つ。

「ああ、あれでも結構な金になる。が、あれでも中型に分類される程度の大きさだ。遺跡周囲にはあれより大きな大型ディードがかなりの数陣取っていてる。これを突破するのがなかなか大変なんだ」

(あれで中型か……)

 あれより大きな昆虫型ディードがいるかと思うだけで鳥肌が立ってくる。

 あまり戦いたくないものだ。

 そんなことを考えて言えると、ダンシオが話しかけてきた。

「おい、クロトとか言ったか」

「はい?」

「お前、この中では一番弱いんだろう?」

 いきなり失礼な質問だ。

 ……が、否定することができず、クロトは無言で頷く。

 するとダンシオはあることを提案してきた。

「あのカマキリ型ディードを倒してみろ。倒せたらあんたらと組むって話、考えてやってもいいぞ」

 この提案に異論を唱えたのはリリサだった。

「なっ、話が違うじゃない」

「静かに」

 ダンシオはリリサの口元をガスマスクごと押さえ、冷静に告げる。

「遺跡攻略に必要なのは高い戦力を持つ狩人だ。あれを一人で狩れないようじゃあ足手まといになるだけだ。……俺と組みたいなら最低限の条件はクリアしてもらわないとな」

 ダンシオの言うことももっともだ。

 遺跡周辺にはあれより大きなディードが沢山待ち構えている。あの程度を一人で倒せないようではミッションコンプリートは夢のまた夢だろう。

 それに、クロトは新調した黒刀の威力を試したいという気持ちもあった。

「……わかりました」

 クロトは静かに応じると黒刀を抜き、岩陰から出る。

「クロト様、ファイトです」

「がんばるよ」

 ティラミスからの可愛い応援を受け、クロトはカマキリ型ディードに接近していく。

 10mあった距離は8m、6mと狭まっていく。

 そして5m地点まで来るとカマキリ型ディードが反応を見せた。

 黒い複眼がクロトの姿を捉え、即座に敵と認識し、巨大な鎌を翼のように大きく広げる。

 クロトも応じるように黒刀を鞘から抜刀する。

 それを戦闘開始の合図と見なしたのか、カマキリ型ディードは先制攻撃を仕掛けた。

 カマキリ型ディードは半分ジャンプするような形でクロトに急接近し、両手の大きな鎌でクロトを捕獲しようとする。

 クロトは即座に反応し、前に飛び込んでそれを回避した。

 頭上を鎌が交差し、髪の毛が数本切り取られる。

(……速い!!)

 動物型ディードと比べると瞬発力があるようだ。ある程度予測していたが、まさかこれほどとは……

 と、驚いている暇はない。

 初撃を外したカマキリ型ディードは即座に鎌を広げ、再度クロト目掛けて鎌を伸ばす。

 クロトは回避できないと判断し、攻撃に転じることにした。

「ッ!!」

 クロトは渾身の力で黒刀を真上に振りぬく。

 鍛冶街で調整を受けた黒刀はクロトの想像以上のスピードで空気を裂き、弧状の残像を残す。

 その軌道上にはカマキリ型ディードの鎌が重なっており、鎌は抵抗を感じさせることなく綺麗に両断された。

「!!」

 この光景にクロト自身驚いていた。

 以前試し切りしたクワガタの鋏の切れ味は一級品だった。このカマキリ型ディードの鎌も似たような強度だろう。

 だが、クロトの黒刀はいとも簡単にそれを両断してしまったのだ。

 あまりにも見事な斬撃に、クロトは一種の感動を覚える。

 が、気を緩ませていたのも一瞬のことで、クロトは間髪入れず敵の急所を……頭部を狙って黒刀を突き出す。

 武器を失った敵にこの突き攻撃を防げるわけもなく、黒刀は容易に敵の首関節に到達。接触と同時に頭部を刎ね飛ばした。

 三角系の首はぽーんと宙を舞い、ぼとりと地面に落下する。

 同時に体も動きを停止し、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。

「ふぅ……」

 苦戦するかと思ったが、意外にも簡単に勝てた。これも黒刀の性能のおかげだろう。

 カマキリ型ディードを倒すと、ダンシオは音を立てずに拍手のジェスチャーをする。

「上出来だ。というか予想以上だ」

「はあ、どうも……」

 クロトは黒刀を鞘に戻すと、岩陰に戻ってしゃがみ込む。

 ダンシオはクロトの戦闘に興奮してか、クロトの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「よくやったぞ」

「わわっ……」

 クロトが戸惑っている間、ダンシオはジュナにも声をかける。

「おいジュナ、クロトのことを雑魚だの弱いだと話していたが……随分いい使い手じゃないか」

 ジュナはクロトがほめられることが気に食わないようで、そっぽを向く。

「……フン、オレの方が強い」

「ま、そういうことにしておいてやろう」

 ダンシオはジュナの頭も撫でる。が、ジュナはその手から逃れるようにダンシオから離れた。

 素直になれない難しいお年頃である。

「あれだけ動けるなら十分だ。さて、フィルターもそろそろ切れる頃だしエンベルに戻ろうか。フィルター代も結構馬鹿にならないからな」

 ダンシオは自分のガスマスク、その先端に装着されているフィルターユニットをこんこんと叩く。

 ふと気になったクロトは純粋に質問した。

「これ一個どのくらいするんですか?」

「金貨1枚だ」

 ダンシオは即答し、説明を続ける。

「何だかんだでカミラ教団の技術の粋が詰まってるからな。……さっきクロトが倒したディードを売れば8個は買えるぞ」

「なるほど……」

 ということは、あのカマキリ型ディードは金貨8枚の価値があるらしい。思った以上に高い。このラグサラムが人気な狩場な理由がよく分かる。

「さて、死骸を回収してさっさと帰ろう。任せたぞ、ジュナ」

「わかった」

 ダンシオは死骸の処理をジュナに任せ、撤退するべく踵を返す。

 しかし、何を思ったか、リリサが行く手を阻んだ。

「待ちなさい」

 リリサは螺旋の長槍を片手に構え、その穂先をダンシオに向けていた。

「ダンシオ、あんたにも実力を示してもらうわよ」

「どういうことだ?」

「あんたが本当に強いのか、この目で見させてもらうわ。……バスケス先生の紹介を疑うわけじゃないけれど、少なくとも私と同レベル以上じゃないとスカウトする意味が無いからね」

 確かにリリサの言い分にも一理ある。

 上級狩人なので実力者には違いないだろうが、今から向かうのはカラビナである。最低でもリリサ程度の使い手でないと仲間に引き入れる意味が無い。

 ダンシオもリリサの考えを理解したようだ。長槍の穂先に指先で触れると下に降ろし、小さく頷く。

「いいだろう。そこで見てな」

 ダンシオはこぶし大の岩を拾うと岩陰から出る。そして何を思ったか、大きな岩石にその岩を叩きつけた。

 石同士がぶつかり合い、甲高い音が周囲に響き渡る。

 すると、その音に反応してか、2つの大きな影がこちらに近付いてきた。

「……サソリ型か」

 ダンシオの言葉から数秒後、霧から抜けて現れたのはこれもまた大きなサソリ型のディードだった。例によって全身真っ黒で、足を動かす度に関節のこすれ合う嫌な音が響いていた。

 先端に毒針を持つ長い尾は象の鼻にも負けず劣らず大きく太く、先ほどのカマキリよりも厄介な相手であることは明らかだった。

 しかも2体である。危険ではなかろうか。

 クロトは助けに入るべく黒刀の柄を握る。しかし、ジュナはその手を抑えこんだ。

「大丈夫。見てな」

 ジュナは全く動揺しておらず、それはダンシオも一緒だった。

 やがて2体のサソリ型ディードはダンシオを射程距離内に収めたのか、移動をやめて毒針をゆらゆらと動かし始める。

 ダンシオはまだ動かない。そもそも武器を持っていない。

 まさかあのサソリ相手に素手で勝負を挑むつもりだろうか。

 クロトがそんなことを考えていると、ついに巨大サソリが攻撃を仕掛けた。

 長い尾は高速でダンシオ目掛けて襲いかかっていく。

 ここでようやくダンシオは腰に当てていた腕を前方に軽く振った。

 それはパンくずを池に棲む鯉にばらまくような、単純で力の抜けた仕草だった。

 一体どういうつもりだろうか。

 ……疑問を感じた時には全てが終わっていた。

 ダンシオが腕を振った次の瞬間、襲いかかってきていた長い尾は空中でバラバラに分解され、無数の欠片となって宙を舞う。

 間を置くことなくサソリ本体にも無数の切れ込みが入り、ブロック上の肉塊となってその場に崩れ落ちた。

 2体のサソリ型ディードは瞬時に絶命し、地面は黒い血を吸収して真黒に染まりつつあった。

「あー、やり過ぎちまった。……これじゃ回収しても意味ないな」

「兄貴、相変わらず手加減するの下手だよなあ」

 呑気に語り合うアルキメル兄妹とは対照的に、クロト達は言葉を失っていた。

 かろうじて質問したのはリリサだった。

「な……何をしたの?」

 ダンシオは岩陰に戻りながらタネを告げる。

「……糸だよ」

 そう言いつつ、ダンシオは両腰に装着されたホルスターをポンポンと叩く。

 よく見るとホルスターからは細い線のようなものが無数に伸び出ており、それらは手袋の指先部分と繋がっていた。

「クモ型ディードの糸を加工した超極細の糸だ。強靭にして柔軟。これに切断できいないものはない」

 自らの武器を明かすと、ダンシオはリリサに自慢気に告げる。

「どうだ? 少なくとも同レベルだとは思うんだが」

 流石のリリサも実力を認めざるを得なかったのか、謝罪の言葉を述べた。

「……分かったわよ。疑って悪かったわね」

「いいさ。俺があんたの立場なら同じことを言っただろうし」

 ダンシオはリリサの言葉を軽く受け流し、話を元に戻す。

「それはそうとフィルターが持たない。とりあえず一度戻ろう」

 一行はダンシオの言葉に従い、ラグサラムからエンベルに戻ることとなった。



 エンベル支部でカマキリ型ディードの報酬を受け取った後

 クロト一行とアルキメル兄妹は支部内の食堂で卓を囲んでいた。

 まだ昼前とあって人の姿は少ない。それでも食堂は利用できるようで、厨房からは香ばしい肉の香りが漂ってきていた。

 それぞれの前には水が入ったコップが置かれており、各々のペースで喉の渇きを癒やしていた。

 まったりと休憩していた6名だったが、ダンシオは水をぐいっと飲み、全員に向けて話し始める。

「さて、早速だが遺跡攻略に向けて作戦を立てていこう」

 ダンシオはそう告げると、卓上のメンバーを順々に見ていく。

「メンバーは俺とジュナ、狂槍にクロトに考古学者さんに、あとそこのちびっ子を合わせて……」

「……」

 ちびっ子と呼ばれて不満だったのか、ティラミスはメガネを弄りつつダンシオを睨む。

 睨まれたダンシオはすぐさま言葉を訂正する。

「……じゃなくて眼鏡っ娘を合わせて合計で6名だ。この6名で5日後、遺跡に向けて一気に進行する」

「6人だけで大丈夫なんです?」

 モニカはガスマスクのせいで口元に違和感があるのか、喋ってる間も両手で頬を撫でたり揉んだりしていた。

「遺跡周辺は街から遠い上に強敵が群れてるからな。金を積んでも仲間になってくれる奴はそうそう見つからないだろう。現に、俺も仲間集めに半年以上掛けたがまともなメンバーは集まらなかった。この6名で何とか攻略できるように作戦を立てよう」

「そうね。覚悟がない雑魚が増えても足手まといになるだけだものね」

「……わかりました」

 モニカの了承を得た所で、ダンシオは早速作戦を口頭で伝える。

「早速だが、当日は2チームにわかれることを提案する」

「2チーム?」

「遺跡内部突入チームと、退路確保チームだ」

 ダンシオは数を分かりやすくするためか、それぞれのコップを手元に集め、6つのコップを3つずつに分ける。

「内部突入チームは俺と狂槍と……そこのカミラ教団の考古学者さんだ」

「へ!? どうして私が……」

 突入チームに選ばれたモニカは半ば動揺しつつダンシオに抗議しようとする。が、その言葉を遮ってリリサが異議を唱えた。

「どうしてモニカなのよ。彼女、戦闘要員じゃないわ。しかも武器も室内戦闘には向いてない。理由を説明してもらえる?」

 ダンシオは「そう興奮するなよ」と告げ、飽くまで冷静に説明する。 

「俺もあんたも遺跡に関しては素人同然だ。制限された時間内で最深部にたどり着ける可能性は限りなく低い。が、遺跡に詳しい学者様が案内役を務めてくれればその可能性はかなり高くなる。そうは思わないか」

「……む」

「確かに、合理的ではありますね……」

 ダンシオの説明にリリサもモニカも納得しかける。が、モニカは食い下がる。

「ですが突入チームが3人というのは心もとないです。せめて私の護衛にクロトさんを付けて4人にしてもらえませんか」

 これがモニカの最大の譲歩のようだった。

 しかし、ダンシオは首を縦に振らなかった。

「人員に余裕があるならそうしたいところだが無理だ。そうなると退路確保チームが2人だけになっちまう。……そもそも、あの門前の大群を相手にするには3人でもキツいくらいだからなあ……」

「……!!」

 衝撃の告白である。

 クロトは不安を掻き立てられる。

 ジュナも同じだったようで、隣りに座る兄に確認するように言う。

「キツいって……大丈夫なのかよ、兄貴」

「大丈夫だジュナ。お前はクロトと試験でタッグを組んだ経験がある。それに、そっちのちびっ子……じゃなくて眼鏡っ娘も見たところ相当な使い手なんだろう? 何とか凌ぎきれるさ」

 ダンシオは改めてモニカを見る。

「ということで人的余裕が無い。分かってもらえたかな、学者さん」

「わかりました……」

 モニカが納得したところで、ダンシオは話を次の段階に進める。

「さて、作戦はこうだ……まずジュナのチームが遺跡前の群れを一掃して道を作る。俺たちは突破して遺跡内部に侵入する。その間ジュナ達は遺跡前で踏ん張って退路を確保しといてくれ。……で、俺達は遺跡の主を倒し、血を持って帰る。最後は全員で毒霧を抜けだしてミッションコンプリートだ」

 単純なような、複雑なような、なんとも言えない作戦である。

 ジュナもそれを感じ取ったのか、根本的な質問を投げかけた。 

「なあ兄貴、そもそもな質問で悪いんだけど……2チームに別れずにみんなで一気に遺跡に入ればいいんじゃないか?」

「いや、退路の確保は重要なんだ」

「重要……というと?」

 クロトの問いかけに、ダンシオはボサボサの髪をかき上げて苦笑いする。

「……ぶっちゃけ、一発で作戦が成功するとは思ってない」

 ダンシオは心中を暴露した後、言葉を続ける。

「何度かトライすることになると思う。ヤバそうだと思ったら俺達は即座に撤退するし、そんな時に退路が確保できてないと挟み撃ちされる可能性もある。だから、確実な戦力で退路を確保しておいて欲しいってわけだ」

 ダンシオのこの言葉に、リリサはため息をつく。

「何度かトライって……はあ……」

「遺跡の内部は謎なんだ。一回で成功できる可能性は限りなくゼロに近い。……それに、遺跡に到達するまで30分、往復で1時間かかるとして……、遺跡内部で留まれる時間は2時間。2時間しかないんだ。毒で死ぬなんてまっぴら御免だからな。時間が来たら何があっても即撤退だ」

「確かに作戦自体に異論はありませんが……一体何回チャレンジするつもりです?」

 モニカの言葉にダンシオは肩をすくめる。

「それが分かってりゃ苦労はしない。なにせ遺跡の中がまるでわからない状態だからな。どんなディードが待ち構えているかもわからない上に、そこの主がヒトガタという可能性もある。……まずは遺跡内部の詳細を調べる。無理そうだったら退却。行けそうだったらそのまま主を狩る。そんな感じで確実に攻略していこう、ってのが俺の考えだ」

「……」

 時間は掛かりそうだが、高いリスクを背負って死ぬような目に遭うよりは、低リスクで着々と攻略したほうが安心だし安全だ。

 その点については全員異論は無いようで、それ以降は反論は出なかった。

「ところで、どうして5日後なの?」

「それは……」

「フィルターですね」

 リリサの問いに答えたのはダンシオではなくモニカだった。

 ダンシオはモニカの言葉を引き継ぐように続ける。

「その通り……セントレアからフィルターを扱ってる行商人が来るのが5日後なんだ。……何回かトライする事も踏まえて、最低でも一人あたり20、合計で120は確保しておきたいところだな」

「こんなことならセントレアにいた時に買っておくんだったわね」

「今更言っても仕方ないよ」

 方針が固まると、途端に場の空気が緩む。

「5日後かあ……それまで暇ね。フィルターの事を考えるとラグサラムで狩りをするわけにもいかないし……何をしようかしら」

「5日もあれば今ある本は全部読み終えてしまいますね……どこかにいい書店はないでしょうか」

「私はエンベルの製薬所にでも顔を出してきます。興味があるならクロトさんも見学しますか?」

「それはいいね。薬って色々種類があるみたいだし、前々から興味があったんだ」

 クロト一行がわいわいと雑談する中、ダンシオは一言告げる。

「……却下だ」

 そう言って全員の視線を集めると、ダンシオは満を持して全員に指示を出す。

「作戦実行日まで全員ウチで生活してもらう。書店巡りも工場見学も中止してもらおうか」

「はぁ!?」

 リリサは席を立ち、ダンシオを睨む。

「なんでそこまで強制されなきゃならないのよ。わけわかんないわ」

 怒れるリリサを手のひらで制し、ダンシオは冷静に告げる。

「知らない物同士がチームを組むんだ。なるべく仲間のことは多くを把握しておきたい。それに、一緒に生活すればそれだけお互いを知れるし、連携の精度も上がる。……何か反論でも?」

 ダンシオは飽くまで冷静沈着な態度を崩さない。

 抵抗は無意味だと早々に悟ったのか、リリサは脱力して席に座った。

「……わかったわよ」

 その後、昼を待たずして一行はダンシオが住む家へ向かうこととなった。

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