038 スカウトの条件
038
砂漠の町、エンベル
この街はオアシスを中心として発展した街であり、主たる産業は製薬である。
街の北部には巨大な工場があり、街に住む殆どの人間がこの製薬工場で働いている。
なぜ砂漠に製薬工場があるのか。
その理由はエンベルの北部に位置する禁猟区、ラグサラムと深く関係している。
ラグサラムは年中濃い毒霧に覆われており、その霧は人間を数分足らずで死に追いやってしまうほど強力なものだ。
まさに死の大地。動物も植物も生存できない劣悪な環境。
にも関わらずそこに生息しているモノがいる。
……ディードである。
ディードは毒霧の中でも活動できるように独自に進化を遂げ、内臓に毒を分解する器官を生み出した。
この器官、体を流れる血液こそが薬の原料となるのだ。
エンベルの狩人たちはガスマスクを装着し、限られた時間内でこれらディードを狩り、エンベルに持ち帰る。
ディードはすみやかに工場に送られ、そこで腑分けされ、加工され、成分を抽出され、様々な種類の薬となって市場に出回るのだ。
危険な場所でディードを狩ることもあり、原料となるディードの死骸の値段はかなり高い。精製する課程でも手間隙がかかるため完成品の薬はかなりの額になる。
だが、この製薬工場を取り仕切っているのは民間の企業ではなくカミラ教団だ。
カミラ教団は営利を目的としない。おかげで薬の値段は安く抑えられている。
……が、抑えられているといっても高いことに変わりはない。
薬を買えるのは中流層以上。下流層は植物などから作った簡素な薬しか買えない状況だ。
狩人にとってラグサラムのディードは魅力的な獲物だ。
エンベルはこの世界におけるゴールドラッシュタウンと言っても過言ではない。
そんな理由もあってか、猟友会のエンベル支部は他の支部と違って規模が大きい。アイバールやケナンとは比べ物にならないほど大きく、所属する狩人も、人員も多い。
そんなエンベル支部の食堂にて、複数の狩人たちが話し合いを行っていた。
数にして10名ほど。
全員が狩人のようで、彼らの足元や背後の壁にはそれぞれの武器が置かれていた。
同じ長テーブルに座っており、テーブル上にはその数に応じた木製のジョッキが置かれていた。
他の団体が賑やかに食事する中、この10名の雰囲気は暗かった。
話し合いのさなか、太った男が単刀直入に告げる。
「すみません。チームから抜けさせてもらってもいいですか」
「待て、どうしてだ?」
太った男に応じたのは、若くて線の細い男だった。
年齢は二十歳ほどだろうか。髪はボサボサで顔もパッとしない。服装も猟友会支給の戦闘服をきっちり着てはいるが、どことなくだらしない雰囲気を漂わせていた。
そんな彼だったが、このグループの中ではリーダーを務めているようで、一人だけ立って全員を見下ろしていた。
脱退を宣言した太った男は理由を述べる。
「今回の教団からの依頼……成功報酬は魅力的ですけど、リスクが高すぎるんですよ」
同調するように他の狩人も意見を述べ始める。
「そいつの言うとおりだ。……この間も二人仲間がやられてしまったし……だいたい、遺跡に辿りつけたとして、それからはどうするつもりだ?」
「それは……」
リーダーを務める若い男は言葉に詰まる。
その間も他の女性メンバーが不平不満を述べていく。
「遺跡内部にはヒトガタが待ち構えてるっている話もあります。一体ならまだしも二体以上となると今の戦力で対処できるとは思えません」
「だったら、もっと仲間を増やせば……」
「どうやって仲間を増やすつもりですか。こんな危険な仕事、上級狩人だってやりませんよ」
そう言うと女性の狩人は席を立ち、武器を手に取る。
「そういうわけで、悪いですが私も抜けさせてもらいます」
「そんな……」
「これまでの報酬が欲しいだなんて野暮なことは言いません。命あっての物種……ただそれだけのことです」
女性の狩人はそう言い残すと、席を離れて行ってしまった。
促されるように他の狩人も席を立つ。
「悪いが俺も……」
「私も、抜けさせてもらいます」
「おい、みんな……」
リーダーの若い男は必死に引きとめようとするも、メンバーはどんどん席を離れていく。
やがて最後の一人となり、最後の男は申し訳無さそうにリーダーに告げる。
「お前もこの仕事から手を引いたほうがいい。こんな仕事、どんな狩人だってこなせやしないよ」
「……わかった。去る者は追わずだ。……構わず抜けてくれ」
「悪いな。『ダンシオ』……」
とうとう最後の一人も席から離れ。10名いたテーブルはあっという間に一人だけになってしまった。
リーダーの若い男……ダンシオと呼ばれた男はとすんと腰を下ろし、溜息をつく。
「はぁ、楽勝だと思ってたんだがなあ……」
ダンシオは卓上のジョッキを手に取り、中に入っている酒をぐいっと飲む。
それから暫くの間、ダンシオはぼんやりとした顔でテーブルの上を眺めていた。
「ようやく着いた……」
一方その頃、クロト一行は長旅を終え、エンベルの猟友会支部の敷地内にいた。
厩舎に馬を入れるとクロト達は馬車から地面に降り立つ。
クロトは黒刀をベルトに固定しなおし、
リリサは背伸びをして体の節々からパキポキという音を鳴らし
ティラミスは本を脇に抱えたまま大あくびをし
モニカは服についた砂塵を手で払いのけていた。
リリサは背伸びを終えると支部の建物向けて歩き出す。
「それにしても今回は快適な旅だったわね」
「ですね。ディードも殆ど出てきませんでしたし」
「毎晩水浴びもできましたしね」
リリサに続いてモニカとティラミスも建物に向かっていく。
(御者台は結構辛かったんだけれどね……)
心のなかで不満を言いつつ、クロトも遅れながら彼女たちの後を追う。
建物内に入ると賑やかな声が耳に届いてきた。
1階の食堂は狩人たちでほぼ満席になっており、ほとんどが酒盛りをして楽しげに食事していた。
卓上には酒はもちろん肉や新鮮なサラダなどがあり、女性陣はじっと食堂を見ていた。
「砂漠と聞いてまともな食事はできないかと覚悟していましたが……この様子だとそうでもないみたいですね」
「ラグサラムのディードは価値が高いからね。エンベル支部が裕福なのも当然でしょ」
「話には聞いていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした」
「ほんと、美味しそうだね」
時刻は既に夕刻。お腹の虫も鳴りっぱなしだ。
加えてこの香ばしい料理の香り、耐えられそうにない。
しかし、リリサは食堂を素通りして支部の事務カウンターに向かう。
「さっさと手続きを済ませるわよ」
リリサはカウンターに片腕を載せ、トントンと小突く。
すると、奥から男の事務員が出てきた。
「はい、ご用件はなんでしょう?」
「セントレアから来た上級狩人のリリサ・アッドネスよ。厩舎に馬を入れておいたからその報告に来たわ」
「長旅ご苦労さまです。ではこちらの書類にサインをお願いします」
書類とペンを渡され、リリサは手慣れた様子でサインをしていく。
すぐにサインは終了し、リリサは書類を事務員に返す。
その際、リリサは事務員に質問を投げかけた。
「……ところで、ダンシオ・アルキメルを探しているのだけれど、どこにいるか知らない?」
「ああ、彼なら食堂にいますよ」
事務員は書類を受け取りつつ、視線を食堂に向ける。
「ほら、あそこです」
事務員の視線の先、食堂の奥に一人佇む若い男の姿が見えた。
体格はやや細め。緑がかった髪はボサボサで清潔感はあまりない。顔もぱっとせず、眠たげだ。酒を飲んでいるせいかも知れないが、それを抜きにしても、とてもじゃないが上級狩人の面構えとは思えない。
そんな彼は広いテーブルに一人座り込み、ぼんやりとテーブルに視線を落としていた。
ダンシオの姿を確認し、リリサは事務員に「ありがと」と礼を言う。
そして、一直線にダンシオ目掛けて進みだした。
早速交渉をするつもりらしい。
「ちょっとリリサ、物事には順序ってものが……」
「うるさいわねクロ。私はこんな場所に長居するつもりはないの。さっさとあいつを雇って西に向かうわよ」
酒が回った状態でまともな交渉ができるとは思えない。
今日は顔と所在だけ確認して、後日改めて仲間になるようにお願いしに行くのが筋である。
しかし、リリサにはそんな回りくどいことをするつもりはないようだ。
あっという間にリリサはダンシオの隣まで移動し、声をかける。
「あんたがダンシオ?」
ぼんやりとしていたダンシオだったが、声を掛けられてリリサを見上げる。
「……誰だ?」
「私はリリサ・アッドネス……ダンシオ、私に雇われる気はない?」
「アッドネス……狂槍のアッドネスか……」
突拍子もない発言に、ダンシオは驚くでもなく空いている席を指差す。
「……まあ席につけよ。食べながら話そう」
その後遅れてクロト立ちもテーブルに到着し、まずは食事することとなった。
「カラビナの調査、か。……なるほど、面白そうな仕事だ」
「でしょう? 報酬はカミラ教団が保証するわ。カラビナまで一緒に行かない?」
テーブルについてから30分後
大方の説明と食事を終えたクロト達はダンシオの返答を待っていた。
ダンシオはリリサの話を始終興味深そうに聞いていたが、返答は芳しくなかった。
「面白そうな仕事だが……今の仕事を完遂するまではどんなに金を積まれても同行できない。すまないな」
ダンシオはそう答えるとジョッキを手に取り、口元で傾けた。
「今の仕事って、ラグサラム関係の仕事ですよね?」
クロトは何気なくダンシオに問いかける。すると、ダンシオは急に事情を説明し始めた。
「お前、クロトとか言ったか……ラグサラムのディードが薬に加工されていることは知っているな?」
「ええ、まあ」
「で、ラグサラムの奥地に遺跡があるんだが……その中の主の血を飲めば不老不死になれるっていう噂があってな、もし手に入れたら教団がそれをかなりの高額で買い取ってくれるんだ」
「不老不死ですか……」
確かに、そんな物があればその価値は計り知れない。教団も金に糸目をつけず高額で買い取ることだろう。
「ということで何とか頑張っているんだが……仲間不足と活動時間の関係上遺跡に辿りつけないのが現状だ」
説明し終えるとダンシオは肩をすくめてみせた。
クロトに続きリリサも問いかける。
「で、仲間って何人いるの?」
「0人だ」
「え?」
「あまりにも仕事がうまく進まなくてな。ついさっき一気に全員辞めちまったんだ」
なんとも悪いタイミングで来てしまったものだ。
テンションが低い理由はここにあったようだ。
「なるほど……で、今の仕事はいつ終わりそう?」
「さあ、皆目検討もつかないな」
ダンシオは感傷的になっているようで、グビグビと酒を飲み続ける。
「一応またメンバーを揃えるつもりだが……この調子だと遺跡にたどり着くまで半年、遺跡内部の主を狩るとなるともっと時間が掛かるだろうな」
「半年……」
そんなに長い間待っていられない。かと言ってここでダンシオの勧誘を諦めるのも勿体無い。
何とかして彼を仲間に迎え入れられないだろうか……
そんなことを考えていると、モニカが妙案を出した。
「……では、私達が仕事を手伝うというのはどうでしょうか」
「あんたらが?」
ダンシオはモニカの話に食いつく。
モニカもそれを実感してか、饒舌に語り出す。
「我々が加われば間違いなく仕事はスムーズに行くと思います。成功報酬はいりません。その代わり、仕事を終えたあかつきにはカラビナ調査のメンバーに加わってもらいたいのですが、どうでしょう?」
ダンシオはジョッキをテーブルに置き、腕を組む。
「んー……」
そして、悩ましい表情を浮かる。……が、それも数秒のことで、ダンシオはあっさりと首を縦に振った。
「いいだろう。メンバー集めはかなり大変だ。その手間が省けるなら願ったり叶ったりだ。それに、狂槍が加わってくれるなら心強い」
リリサもモニカの案に異論はないようで、満足気に宣言する。
「交渉成立ね」
「ああ」
リリサはダンシオに手を差し出す。ダンシオはその手を軽く握って握手した。
交渉を終えると、ダンシオは席を立って離れていく。
「明日の朝支部の門の前で待っていてくれ。軽くラグサラムを案内してやろう」
そう言い残すとダンシオはそのまま支部から出て行ってしまった。
ダンシオの姿が消えると、クロトは早速リリサに問い詰める。
「簡単に引き受けちゃったけど、大丈夫なの?」
「遺跡とか主とか知らないけど……ま、大丈夫でしょ」
「いい加減だなあ……」
よくよく考えて見れば不老不死なんて怪しいし、大体遺跡内部にそんなディードがいる保証もない。
半信半疑のクロトだったが、案を提案したモニカの意思ははっきりしていた。
「クロトさん、この程度の仕事をこなせないようではカラビナへの到達なんて不可能だと思いますよ」
「そうそう、ラグラサムのディード程度簡単に倒せないようじゃ駄目ってことよ」
「面倒なことにならないといいんだけれど……」
もしかしてカラビナ探索以上の厄介事を背負い込んでしまったのではないだろうか。
不安しか感じられないクロトだった。




