037 不可抗力
~これまでのあらすじ~
人を襲う魔物、ディードが蔓延る異世界
クロトは自分の記憶を取り戻すため慣れ親しんだ土地を離れ、カラビナと呼ばれる軌道エレベーターを目指して狂槍の異名を持つ狩人リリサと旅に出ることとなった。
二人は旅の途中でケナンという街に立ち寄り、そこでティラミスとモニカを仲間に加え、首都セントレアへ向かう。
首都セントレアではクロトは上級狩人試験を受験し、ジュナという少女と協力して合格することができた。
一方リリサはカミラ教団本部で父親に関して情報収集をし、その中でカラビナについて貴重な情報を得ることができた。
カラビナに到達するためにはより強い仲間と強固な船が必要であり、リリサはまずダンシオという強力な狩人を仲間に誘うべくエンベルに向かうことを決める。
モニカも教団からリリサと行動を共にするように命じられ、4名は首都セントレアを離れ、エンベルに向かうこととなった。
037
セントレアを出発してから6日目
一行は馬車に乗って街道を西へ進んでいた。
左手には広大な海原が、そして右手には延々と湖が続いている。
海は見慣れているので特に驚きはなかったが、湖には驚いた。
(広すぎやしないか……)
いつまで経っても端が見えないのだ。
波も立っていないし淡水なので湖には違いないのだが、こうも広いと両方を海に挟まれているようで海の上を進んでいるような錯覚に陥ってしまう。
湖の周囲には緑が生い茂っており、湖面にはその緑が濃く映り込んでいた。
「もう2日目ですよ? そんなに珍しいですか?」
クロトが物珍しげに湖を眺めていると、荷台からモニカが顔を覗かせた。
まず目に入ってきたのは耳元を覆い隠すくらいの紫のショートカット
つづいてグレーの三白眼と目元の隈。最後は口元を覆い隠すほど襟丈の高いコートだった。
モニカは御者台に身を乗り出すとプリーツスカートの裾を押さえつつ黒のタイツで覆われた足を前に持ってきて、音もなく隣に腰を下ろした。
じっくりと観察していたことを悟られぬよう、クロトは慌てて言葉を返す。
「いや、地図で存在自体は知っていたんだけれど、実際に見るとかなり印象が違うというか……そういうのわからないかな?」
「わかります。なんとなくですけど」
モニカは目を閉じ、顔を少し上に向ける。
紫の髪が風に揺れ、少し乱れる。
「いい風ですね」
「そうだね。進むに連れて気温はどんどん上がってきている気はするけど、この風のおかげで何とか凌げてる感じだね」
両手を水に挟まれているお陰か、日差しが強いこの中でもかなり涼しく感じられる。
だがモニカには日差しはきつかったのか、すぐに足を上げて荷台の中へ戻っていく。
「クロトさん、まだまだ暑いですけど頑張って下さいね」
「……ああ」
クロトの返事を聞くとモニカは笑顔で応じ、幌の中へ姿を消してしまった。
……本音を言えば今すぐにでも交代して欲しい
しかし、男の自分からそれを言い出すのも何だか情けない気はする。
ティラミスあたりに頼めば喜んで引き受けてくれるだろうが、せっかく大好きな本を読んでいるティラミスの邪魔をしたくはない。
……リリサはどうだろうか。
(無理だろうなあ……)
クロトはリリサの奴隷である。
もはや形式的になってしまってはいるが、事あるごとに命令され、それを素直に受け入れている時点で主従関係は成立していると言っていい。
間接的にではあるが、リリサはミソラの命を救ってくれた恩人だ。
少しだけ辛いからといって交代してくれとは言い難かった。
そんなこんなで街道を進んでいると、進行方向に馬車の姿を確認できた。
セントレアにでも向かっているのだろう。荷台には荷物がこんもりと積まれ、馬も疲れている様子だった。
やがて距離が縮まると、向こうから声をかけてきた。
「ようお兄さん、元気してるかい」
「ええ、おかげさまで。セントレアに向かってるんですか?」
「おうよ。西で色んなもんを買い付けてきたからな、セントレアでできるだけ高値で売りさばいて一儲けしてやろうって思ってる」
どうやら行商人らしい。護衛も付けずに一人旅とは、本当に商人という人種は逞しいものだ。
「誰と話してんの? クロト」
会話を聞きつけたのか、御者台に寝ぼけ眼のリリサが姿を現した。
リリサは完全にオフ状態で、戦闘服ではなくシンプルな半袖にショートパンツという、非常にラフな出で立ちだった。
リリサは背伸びをしながら御者台に座り、大あくびをする。
真昼の日差しを受けてリリサの白髪は金色に輝き、その長い髪は風を受けて一本一本が意思を持っているかのように水平方向に揺らめく。
その姿は神々しくあり、見慣れているクロトも、そして行商人も言葉を失ってリリサの事を見つめていた。
……長い背伸びを終え、ようやくリリサは琥珀の双眸を行商人に向ける。
「行商人じゃない。何か買い物でもしてたの?」
「いや違うよ、ただ単に挨拶を……」
「……お嬢さん、あんたは運がいい!!」
行商人は唐突に声を上げたかと思うと、馬車を降り、荷台に移動して中の物を漁り始める。
そして、両手いっぱいに商品を抱えてこちらに近寄ってきた。
「これも何かの縁だ。気に入ったものがあれば安値で譲ってやろう」
リリサは興味を示したのか、人差し指を唇にあてがいつつ商品に目をやる。
しかし、どれもこれも日用品で、リリサはすぐに目を逸らしてしまった。
「……日用品は足りてるの。何か珍しい物はない?」
「あ、それならいいものがありますよ。今お持ちしましょう」
「いや、いちいち持ってくるのも面倒でしょうし、直接見せてもらうわ」
リリサは御者台から飛び降り、行商人の馬車へと近づいていく。
馬車が止まったことで、荷台にいた二人も顔を出してきた。
「どうしたんです? 馬車、止まっているみたいですけれど」
「何かあったんですかクロト様?」
モニカとティラミスは荷台の後ろから降り、前に来る。
リリサはそんな二人に声をかける。
「ティラミス、モニカ、こっちに来なさい。いいものがあるわよ」
リリサの視線は行商人の馬車の荷物に釘付けになっていた。余程珍しいものでも見つけたのだろうか。
「なんですか?」
「いいから早く来なさい。すごいわよ、これは……」
リリサの呼び声に興味を示したのか、ティラミスとモニカは駆け足で行商人の馬車へ近づいていく。
やがてリリサの隣に到着すると、二人共リリサと同じような反応を示した。
「これは……」
「すごいですね……」
一体何があるのだろうか。
気になったクロトは商品を確認するべく御者台を離れようとする。
しかし、リリサがそれを許してくれなかった。
「クロは駄目。買い物が終わるまでそこで待ってなさい」
「なんで……」
「いいから言うとおりにしなさい。もしこっちに来たらぶん殴るどころじゃ済まないわよ」
「分かったよ……」
気になるが、リリサには殴られたくないので大人しくしていよう。
女性陣は余程その商品が気に入ったのか、目を輝かせている。それはまさしくショッピングに興じる女子そのものだった。
(はあ……)
彼女たちがショッピングを終えるまで2時間といったところだろうか。
……それまでクロトは日差しと戦うことを決めた。
日が暮れて夕刻
クロト達一行は湖の畔で野営の準備を進めていた。
この準備にも慣れたもので、クロトは一人せっせと寝床の準備と夕食の準備を並行して行っていた。
それにしても旅人にとって湖の存在は有り難い。
洗い物や馬に飲ませる水は全て湖で賄える。一応荷台に水は積んできているのだが、全く減る気配がない。
それに、こうも見晴らしがいいとディードに襲われる心配もない。
アイバールからケナン、ケナンからセントレアまでの道のりでは昼夜問わずディードに襲われていたが、今回の旅では夜は一度も襲われていない。
一応交代で見張りはしているが、今日からそれもしなくていいかもしれない。
ちなみに、昼間はそれなりの頻度でディードと遭遇する。が、このあたりのディードは数も少なければ身体も小さく、一人で十分対応できる程度だ。
エンベルまでこの調子で行ってほしいものだ。
そんなことを考えている間にテントの設営が終わり、クロトは一息つく。
ちなみにテントの数は2つ。
片方は一人用の小さな物で、もう片方は4人用の大きな物だ。
クロトは小さな方で、女性陣は大きな方でゆったりと睡眠できるというわけである。
格差社会に嘆きつつも、クロトは夕食の準備を進めていく。
「……ティラミス、チーズを取ってきてくれない?」
クロトはティラミスに指示を出す。
準備を手伝ってくれるのは唯一ティラミスだけだ。リリサやモニカは知らん顔で好き勝手している。
リリサは槍の練習をしながら周囲を警戒してくれているのでまだ許せるが、モニカは準備が済むまで荷台の中でのんびりしているので印象は良くない。
……勤労の楽しさを叩き込んでやりたい気分だ。
非協力的な二人のことは置いておいて、再度クロトはティラミスを呼ぶ。
「おーい、ティラミス……?」
「……」
おかしい。返事がない。
クロトは振り返り、周囲を見渡す。
いつもなら目の届く範囲にいて甲斐甲斐しく手伝ってくれているのに、今日はなぜか彼女の姿が見えない。
一体どうしたのだろうか。
(もしかして……!!)
ディードの襲撃を受けているのかもしれない。
この辺りのディードは弱いが、もし武器なしで戦うとなれば厄介な相手だ。
「ティラミス!!」
クロトは慌てて黒刀を手に取り、ティラミスを探すべく野営地から離れて街道に出た。
しかし、街道はいたって静かで、ディードの気配も全く感じられなかった。
そういえばリリサやモニカの姿も見えない。
彼女たちに限ってディードにやられることはないだろうが、何だか心配だ。
とにかく彼女たちを探そう。
そう思った矢先、ヒソヒソと会話する小さな声が耳に届いてきた。
「……?」
クロトは音の出処を探りながらゆっくりと進んでいく。と、荷馬車にたどり着いた。
どうやら3人共荷台の中にいるらしい。何を話しているのだろうか。
「……だね」
「となるとアレが……」
「それは大丈夫」
「たのしみ……」
(……?)
よく聞こえないせいで話の全容がつかめない。
少し興味が湧いたクロトは更に近づいていく。
しかし、そのタイミングで荷台から3人が降りてきた。
「……」
リリサはクロトを一瞥した後街道に向かって歩き出す。
モニカはそのまま完成したテントの中に入っていく。
好き勝手な二人とは対照的に、ティラミスだけがクロトの元に駆け寄ってきた。
「すみませんクロト様、何かお手伝いでもいたしましょうか」
ティラミスは上目遣い……と言うよりクロトを見上げていた。
彼女の背の高さは小学生高学年程度だ。短めに切られた紺の前髪の下には眼鏡があり、眼鏡の奥には知的なアメジスト色の瞳が光っている。
肌は浅黒く、服装はストライプ入りのショートワンピース。仕草も相まってかなり可愛らしい少女である。
が、メンバーの中で最も腕っぷしが強く、重いハンマーを棒きれのように振り回す様は何度見ても圧倒される。
人は見た目によらないというのは彼女のためにあるような言葉だ。
「ティラミス、中で何か話していたみたいだけど……」
クロトは早速ティラミスから情報を得ようとする。
しかし、ティラミスは気まずそうな表情を浮かべて俯いてしまった。
「すみません。リリサ様から口外しないように言われていまして……」
あのリリサが秘密を強要するなんて珍しい。
本当に何をするつもりなのだろうか……。
気になるが、ティラミスを困らせるのも可哀想だ。
クロトはすぐに話を変えることにした。
「わかった。じゃあチーズを4分の1だけ持ってきてくれるかな」
「はい、わかりました」
ティラミスは笑顔でうなずき、荷台へと戻っていった。
……その後夕食ができるまでリリサとモニカは姿を表さず、夕食中も夕食後も会話をすることはなかった。
夜
クロトは一人寝袋にくるまってテントの中で考え事をしていた。
(みんな、どうしたんだろうか……)
3人共何か様子がおかしい。一体荷台で何を話していたのだろうか。
直接問い正そうとも思ったが、女子が秘密をそう簡単に話してくれるとは思えない。
多分、他愛のないことなのだろうが、一応は目標を同じとする同志であり仲間だ。隠し事はあまりしてほしくない。
そんなことを考えていると、クロトはふと異常に気づいた。
(静か過ぎる……)
いつもは夜遅くまでワイワイ騒いでいる女性陣のテントが妙に静かなのだ。
クロトはテントの幌を上げ、女性陣のテントを見る。
この時間はまだティラミスが読書をしている時間だ。だというのにランプの光が灯っていない。
寝たのだろうか。
それとも誰も居ないのだろうか。
……もしかして、何か異常事態があったのだろうか。
「……」
クロトは一気に眠気が覚め、臨戦態勢に移行する。
片手に黒刀を携えるとテントから抜け出し、女性陣の大型テントに歩み寄っていく。
外から見る限りでは異常はない。灯りも灯っていない以上、外から中の様子を確認するのは不可能だ。
となれば、直接中を目で見るしかない。
「……ごめん」
クロトは意を決すると女性陣のテントの幌に手をかけ、上にめくり上げた。
しかし、そこには3人の姿は見当たらなかった。
あるのは空っぽの寝袋3セットだけだった。
「いない……?」
……クロトは一瞬誘拐かと考えたが、あの3人相手に無音で身柄を拘束できるほどの手練がこの世にいるとは思えない。
となるとやはりディード関係だろうか。
だが、夕方以降、この付近にディードの気配は感じられなかった。
もしかして、遠くにディードの気配を感じ、寝ている自分を置き去りにして狩りに行ったのだろうか。
いや、それもあり得ない。ディードは人を襲うが、同時に縄張り意識の強い生物でもある。近づかないかぎりは襲われる心配はないのだ。
……何にせよ、彼女たちの姿が見えないこの状況は不安極まりない。
とにかく彼女たちを探そう。
そう決めたクロトは野営地を離れ、街道に出る。
時刻は真夜中。
聞こえるのは波の音だけ
感じるのは頬に当たる夜風だけ
それ以外は何も感じられない。
(どこに行ったんだ……?)
この付近には目を遮るものは殆どない。あるのは一本道の街道と街道沿いに生えている木々、そして海と湖だけだ。
探すとなればセントレア方面か、それかエンベル方面だけだ。
(とりあえず前に進んでみよう……)
クロトはエンベルに向かうことを決め、周囲の気配を最大限に感じながら慎重に歩を進めていく。
しばらく街道を進んでいくと、かすかに水の音が耳に届いてきた。
それは波のような規則的な音ではなく、パシャパシャと水面を叩くような音だった。
どうやら湖に何かいるようだ。
音の正体がわからぬまま、クロトは湖から発せられるその音に近づいていく。
すると、風に混じって声が聞こえてきた。
内容までは把握しかねるが、確実に聞き覚えのある声であり、リリサとティラミスとモニカのものであるのは間違いなかった。
「きゃっ……」
「危な……」
「くっ、お返しです……」
間違いない。彼女たちは何かと戦闘している。
そう確信したクロトは徒歩からダッシュに切り替え、声の出処に向けて接近していく。
やがてクロトは湖の畔に到達し、声を上げた。
「三人とも、大丈夫……か?」
短い林を抜けたクロトの目前には、想像していた物と遥かにかけ離れた光景が広がっていた。
目の前に広がるのは月明かりに照らされた湖
その中には一糸まとわぬ3名の女子の姿があったのだ。
3名はお互いに水をかけあっていたが、クロトの声に反応して動きを止める。
……時間にして数秒だっただろうか
まず反応を示したのはモニカだった。
「……ッ!?」
モニカは腕をクロスさせるようにして肩を抱き、クロトに背を向け湖の中に隠れる。
「な……!?」
モニカの反応に遅れてリリサもしゃがみ込み、湖に姿を隠す。
長い白髪は湖面で放射状に広がったが、すぐに湖の中に落ちていった。
「……」
ティラミスは無言で、二人と同じく湖に浸かる。
が、背が低いせいで鼻の頭まで水面に浸かっていた。
二人と違って背は向けなかったが、流石に恥ずかしいのか、クロトをチラチラと見ながら赤面していた。
少しの沈黙の後、声を発したのはリリサだった。
「……見た?」
リリサの冷たい声を耳にし、思い出したようにクロトは湖に背を向ける。
と、足に何かがぶつかった。
クロトは視線を下に向け、月光に照らされているそれを見る。
足元には石鹸が転がっており、その隣には“お肌スベスベ”や“髪サラサラ”などの謳い文句が書かれている箱を確認できた。
(なるほど……)
多分これは昼間に行商人から買ったモノ。
そして彼女たちはその効果を確かめるべく水浴びをしていたのだ。
……クロトは状況を把握した上で嘘をつくことにした。
「……見てません」
「女子の水浴びを覗くなんて、大した度胸ね」
「だから見てないって……」
こちらの言うことなんて聞いちゃいない。
このままだと一方的に悪者扱いされてしまう。今後の関係性にも関わってくる。
クロトは賭けに出ることにした。
「……こ、こっちはディードに襲われたかのかもしれないって心配してたんだよ? この暗い中必死で君たちを探してたのに、その言い様は心外だな」
クロトは内心ビクビクしながらも強気に出る。
リリサのことだ。水浴び中でも武器は携帯しているだろうし、今この瞬間も背中に槍を投げられてもおかしくない状況だ。
が、ここで自分が非を認めてしまったら奴隷以下の扱いを受けることになってしまう。
それだけは避けなければならない。
「ま、今回は何もなくてよかったけど、何をするにしても連絡くらい……」
「クロ、私は別に責めてるわけじゃないわ」
「ん?」
「感心してるのよ」
「……え?」
予想外のリリサの言葉にクロトは狼狽えてしまう。
リリサは特に恥ずかしがる様子もなく、感慨深そうに話し始める。
「3人の美少女に囲まれながら旅をしてるっていうのに、全く興味を示さないからもしかしてアッチ系の人間かと思っていたのだけれど……ちゃんと女体に興味があったのね」
「女体に興味があるって、語弊があるような言い方はやめてよ。それじゃあまるで僕が女好きみたいな……」
「違うの?」
「違うよ!! いや、興味が無いわけじゃないけど……とにかく、僕はノーマルだから」
「ノーマルって?」
「だから、普通に女の子が好きだっていうこと」
「へえ……なるほど、つまりクロは私達女子の体が好きだってことね。やっぱり覗きに来たんじゃない。この変態奴隷……」
「誘導尋問じゃないか……」
変態奴隷……こんなにもひどい言葉もそうそう無いだろう。それが今自分の代名詞にされようとしている。
それは何としてでも阻止せねばならない。
ここからどう名誉挽回したものか……
考えているとモニカから声が上がった。
「あの、リリサさんいいですか?」
「なに?」
「クロトさんがここに来たのは我々のことを心配したからで、決して水浴びを覗こうとか、そんな邪な気持ちで来たわけじゃないと思うんです」
そのとおりである。
流石はモニカだ。僕のことを不憫に思って救いの手を差し伸べてくれたようだ。
……そんな淡い希望は一瞬で消え去る。
「でも、私達が裸を見られたっていう事実は揺るぎません。……なので、頭を殴ってみませんか? 上手くいけば記憶を消すことができるかもしれません。とりあえずティラミスちゃんのハンマーで……」
「モニカ、さらっと怖いこと言わないでよ……」
裸を見られた動揺からか、モニカの論理的思考能力はかなり欠如しているようだった。
命の危機を感じたクロトは再度強気に出る。
「だいたい、水浴びがしたいなら事前に言ってくれればいいのに。そうしたらこんな事故が起こることもなかったんじゃない?」
リリサは「はぁ」と溜息をつく。
「……あのねクロ、女から水浴びがしたいなんて言えるわけがないでしょ。それって“自分は臭くて汚いです”って言ってるのと同じなんだから」
「同じなんですか?」
リリサの理論にティラミスから疑問の声が上がる。
「さあ、私にはよくわかりませんが……」
モニカもリリサの意見には賛同しかねるようで、微妙な反応を示していた。
そんな二人の反応を無視し、リリサは続ける。
「とにかく、見てしまったものは仕方ないわ。それ相応のペナルティを考えておくから、覚悟しておきなさい……わかったらさっさと帰りなさい」
「はいはい……」
どうやらこの場は切り抜けられたようだ。
命の危険から脱した安堵感からか、クロトから本音が漏れる。
「でも、みんな無事でよかった。本当に心配したんだから……」
このクロトの本心からの言葉は功を奏したようで、ティラミスとモニカから同情の声が上がる。
「クロト様、何て心優しい……」
「ねえリリサさん、事前に言ってなかったこっちにも原因はある訳だし、ここは不問にしてあげるのがいいと思うのですけれど……」
「……ああ、もう、わかったわよ。さっきのはなし」
流石にリリサ自身も非を感じていたようだ。
リリサは前言撤回し、クロトに告げる。
「これから暫くは毎晩水浴びするから、私達がいなくなっても心配しなくていいからね。わかった?」
「わかったよ」
クロトは短く返事すると歩み出し、湖から離れて行った。
「――はあ……」
クロトがいなくなった後、湖では女性陣3名が重い溜息を付いていた。
リリサはモニカとティラミスを交互に見、呟く。
「でも、あれだけ反応が薄いと逆になんか悔しいわね」
「クロト様本人は見ていないって言ってましたし、本当に見てないのでは?」
ティラミスの意見にリリサは反論する。
「それでもよ。真後ろに裸の美少女が3人もいるのにあの落ち着きよう……異常だわ」
リリサはクロトの反応が不服だったようで、自信を得るように自身の体を見下ろしていた。
モニカは別の点でリリサに疑問を呈する。
「リリサさん、さっきから美少女って言葉連発してますけど……私、そこまで可愛くは……」
「モニカ、あんたはもっと自信持ちなさいよ」
リリサは視線をモニカに向け、羨ましげに告げる。
「着痩せするタイプだとは思ってたけれど、そこまでとは思ってなかったわ……」
リリサからの視線に気づき、モニカは更に湖に沈み込む。
「あんまりみないでくださいよ……」
リリサは続いてティラミスに目を向ける。が、特にコメントすることなくクロトに付いて再度考えを述べる。
「ティラミスはともかく、モニカや私を見てもあの反応、やっぱりアッチなんじゃ……あ」
リリサは何かを思い出しのたのか、手のひらを叩く。
「思い出した。クロの奴、故郷にミソラっていう女がいるんだったわ」
「ミソラ……誰ですかそれは」
ティラミスに問われ、リリサは隠すことなく話す。
「クロの命の恩人で、1年間一緒に暮らしてた金髪の女の子。結構可愛かったわよ」
「リリサ様、その話もう少し詳しく聞かせてもらえませんか」
「私も、少し興味があります」
「仕方ないわねえ……」
その後女性陣は雑談に花が咲き、水浴びを終える頃には真夜中を過ぎていた。




