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天球のカラビナ  作者: イツロウ
02-ヒトガタの少女-
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014 失策と下着


 014


 アイバールを出発してから2週間

 途中トラブルに見まわれながらも、クロトとリリサは西の街『ケナン』に到着していた。

 ケナンはアイバールと違って人通りは少なく、建物も木造の物が目立っていた。

 街には水路が張り巡らされ、橋も多く見られた。

 湿った空気を身に感じつつ、橋を渡ること5回。

 二人は街の中心部にある猟友会、ケナン支部を訪れていた。

 支部はアイバールとは違って木造で、敷地も少し狭く感じられた。

 二人は馬車を支部の敷地内に入れる。その後に商団の馬車も次々と敷地に入っていき、支部の玄関広場はすぐにいっぱいになってしまった。

「何だ何だ!?」

 いきなり馬車の集団が現れて驚いたのか、支部の建物内から女性が出てきた。

 歳は30を超えているだろうか、女性にしては声は低く、歩き方も荒々しく、表情も険しい。

 肩口まである髪はウェーブがかかっており、筋肉もそこそこ付いているようだった。

 服装は狩人特有の厚皮の戦闘服を着ていたが、ジャケットは腰に巻かれ、ブーツではなくサンダルを履いていた。

 彼女は馬車の前で腕を組み、リリサが馬車から降りると同時に詰め寄る。

「一体これは何だ? こっちは何も聞いてないぞ」

 若干苛つきの混じったその言葉に、リリサは淡々と応じる。

「何も伝えてないから当然よ。……とりあえず支部長を呼んでもらえる?」

「私が支部長だ」

 即答し、彼女は豊満な胸元に手を当てて自己紹介する。

「『アリスタ・ウォーベック』。5年前からここケナン支部を預からせてもらってる狩人だ。……さて、この状況を説明してもらおうか」

 狭い敷地内に6台の馬車。異常とまでは言わないものの、急に押しかけられてきたら驚くのも無理は無い。

 アリスタと名乗る女狩人に、リリサは軽く会釈する。

「私はアイバール支部からやってきたリリサ・アッドネス。まずは連絡も入れずに来たことを謝るわ」

 リリサの名を聞いたアリスタは「おお」と言って手のひらを叩く。

「あんたが噂に聞く“狂槍”か。……で、このケナンに何か用事でも?」

「いえ、特にないわ。単に“荷物”を処理して欲しくて立ち寄ったのよ」

「……荷物?」

 アリスタはリリサから視線を逸し、馬車の荷台を見る。が、幌で覆われていて中身を確認することはできなかった。

 リリサも同じ方向を向き、アリスタに告げる。

「ディードよ。道中襲われて仕方なく狩ったのだけれど……解体場に運んでも?」

「狩ったって……この6台全部ディードで埋まってるのか!?」

「全部じゃないけれど、大量に載せてあるわ」

 アリスタは6台の荷馬車をざっと見た後、踵を返す。

「……とりあえず運び込むといい。詳しい話は中で聞こう」

「わかったわ」

 リリサはアリスタとともに支部の建物へ向かっていく。

 クロトも後を追う。が、リリサに止められてしまった。

「クロ、あんたはディード運ぶの手伝ってやりなさい」

 ただでさえ長旅で疲れているのに、これ以上労働したくない。

「どうしてだよリリサ、解体係にまかせれば……」

「私達と一緒に来てもどうせやることないでしょ」

「……」

 きっぱりと言われ、クロトは反論することができなかった。

 せめて中で冷たい飲み物でも飲めればいいなと思っていたが、ここでリリサに逆らっても不毛だし、大人しく従っておこう。

「わかったよ……」

 クロトはその場に留まり、馬車に戻る。

 そんなクロトと入れ替わるように中年の商人が駆け足でリリサに近づいていった。

 商人はリリサの隣で確認するように告げる。

「狩人さん。例の件、忘れないで下さいよ」

「3割でしょ? 概算が終わったらすぐに渡すように言ってあげる。それまで少し待ってなさい」

「どうも……」

 リリサの言葉に安堵したのか、商人は荷馬車の元へ戻ってきた。

 やがてリリサ、アリスタの二人は支部の中へ姿を消す。

 詳しい話をすると言っていたし、何か必要な手続きでもあるのだろう。

 そんなことを考えつつ、クロトは商人や解体係と一緒にディードの死骸を解体場まで運ぶことにした。



 作業はものの30分で終了し、クロトは手や腕にべっとりついた黒い血を綺麗な水で洗い流し、建物の中に入っていた。

 中は外と違って涼しい空気が流れていた。

 その空気を体に感じつつ、クロトは1階のフロアを見渡す。

 外見は違えど中の仕組みは同じなようで、1階には食堂や事務所があった。地下には解体場、2階には職員や狩人の部屋があるのだろう。

 クロトは水で濡れた手をズボンの腿で拭いつつ、カウンターに居る職員に声をかける。

「あの、すみません」

「はい?」

 応じたのは歳の行った男性職員だった。

 じっと見られ、クロトは思わず視線を逸らし、遅れて質問する。

「えーと……さっき白髮の狩人がそちらの支部長さんとこちらに来たと思うんですが、場所はわかりませんか?」

「支部長なら支部長室にいるだろうよ」

「場所は……」

「この通路の奥の部屋だ」

 クロトはカウンターの右奥、通路に目を向ける。様々な部屋があったが一番奥に“支部長室”という看板を掲げているドアを見つけた。

 クロトは視線をドアに向けたまま、確認する。

「あの、許可証とか、要らないんですか?」

「許可証……?」

「いえ、ありがとうございました」

 男性職員はこちらのことを一切聞いてこなかった。もし自分が支部長に危害を加える危険人物だったらどうするつもりなのだろうか。

 いや、もしそうだとしても支部長に危険は及ばないと確信しているのだろうか。

 なんにせよ、これでリリサと支部長さんに会えそうだ。

 クロトは廊下を進んでいく。すると、支部長室のドアが開き、中から中年の商人が出てきた。その手には小さな布袋が握られていた。

 商人はこちらに気づいたのか、その布袋を軽く上げて笑顔を見せる。

「兄ちゃんもありがとさん。いい臨時収入になった」

 そしてすれ違いざま、肩を軽く叩かれた。

 中年の商人はまさにウキウキ状態だった。いったいどれほどの金を受け取ったのだろうか……。

 商人はそのまま建物を出て行ってしまった。

 3割の取り分であれだ。7割受け取れる自分たちはもっと幸運なのではなかろうか。

 やがてクロトは支部長室に到着し、ドアをノックする。

 すると、中から支部長……アリスタの声が聞こえてきた。

「……誰だ?」

「クロトです」

「クロト……?」

「私の連れよ。クロ、入っていいわよ」

 リリサに許可を貰い、クロトは中に入る。中には特に何もなく、木製のローテーブルと硬そうな長椅子があるだけだった。

 アリスタは長椅子に足を組んで座り、リリサはあろうことか寝転がっていた。

 白の長い髪は絨毯の敷かれた床に垂れ落ち、ふわりと広がっていた。

 リリサは椅子からはみ出た足をプラプラさせながらクロトに言う。

「ちょうどいいところに来たわね。クロ、テーブルの上見てみなさい」

「テーブル……」

 テーブルの上には先程商人が持っていたのと同じ、小さな布袋が置かれていた。

「私達の取り分は金貨117枚、良い稼ぎになったわね」

「117枚も!?」

 クロトは素直に驚いた。

 まあ、あれだけの数のディードを狩ったのだからそれなりに儲けたと思っていたが……まさか軽く100枚を超えるとは思っていなかった。

 しかも、猟友会への上納金を差っ引いてもこの金額である。

 狩人という職業がどれだけ儲けるのに向いているのか、今更思い知らされるクロトだった。

 まあ、それだけ危険も伴うわけだが……。

 リリサは椅子に座り直し、金袋を手に取りポケットに入れる。

「さ、さっさと買うもの買ってセントレアに向かいましょ」

 リリサは立ち上がり、空いたままのドアをくぐり抜けようとする。しかし、アリスタの一声でリリサの動きが止まる。

「まだ話は終わってないぞ。というか、これから本題だ」

「本題? こっちの目的も行き先もちゃんと話したはずだけど?」

 リリサの苛立った声を無視し、アリスタはクロトに質問を投げかける。

「おい少年、ディードの搬入を手伝ったんだろう? よければ内訳を教えてくれないか」

「内訳ですか」

「ああ、概算金額は係長から聞いたが、内訳は聞いてなかったのでな」

 何のために知りたいのか、そんなことも考えることなくクロトは素直に答える。

「たしか……熊型ディードが46匹と、あと狼型が骨だけ40匹分ですけれど……」

「熊型が46……なるほど、南側の橋が壊れたから北の橋を通ったのだな。で、その道中で大量のディードの群れに襲われ、止む無く狩ったということか」

 見事な推理である。

 だが、それがどうしたのだというのだろうか。

「そうだけど……?」

 リリサはその事実を認める。と、アリスタは突然怒声を上げた。

「……余計なことをしてくれたな!!」

 怒声は廊下を抜けて建物駆け巡る。

 床すら振動したのではないかと錯覚するほどのボリュームに、クロトもリリサも狼狽えることしかできなかった。

「……え? なに?」

 リリサの心からの疑問の声に対し、アリスタは「はぁ」と溜息をつき、悩ましげな表情を浮かべる。

「ディードは頭のいい怪物だ。ちまちま狩るならまだしも、これだけの数を一度に狩ったとなると、大規模な報復を受ける可能性がある……」

「そんなの知ったことじゃないわよ」

 リリサは椅子に戻り、肘をつく。

「あの状況、橋の前後から挟み撃ちにされて逃げるって選択肢はなかったの。それともなに? 商団を置いて逃げたほうが良かったとでも?」

「……南の橋の復旧を待つという選択肢もあったはずだ」

「う……」

 痛いところを突かれてしまった。

 元々商団は橋の復旧を待つつもりだった。が、リリサが「ディードの駆除なんて楽チン」なんて行ってしまったせいで北の橋を渡ることになってしまったのだ。

 大部分の責任はリリサにあるのは明白だった。

「責任は取ってもらう。奴らが報復してくる前に先手を打って全滅させてもらおうか」

「全滅って……そんな無茶な」

「これはケナン支部長の正式な命令だ。背くというなら狩人の資格を剥奪されても文句は言えないぞ」

 強引すぎる命令だ。が、ディードの討伐は狩人の本分である。

 しかも支部長から出された命令となれば、従うほかない。

 リリサは早急にそれを悟ってか、無駄な抵抗は諦めて話を前にすすめる。

「わかったわよ。で、ここの支部の狩人は何人いるの?」

「知る必要はない。お前たち二人でやってもらう」

「!?」

 この発言にはさすがのクロトも黙っていられなかった。

「待ってください、命令だとしても二人きりで討伐に向かわせるなんて……横暴すぎやしませんか? 大体、報復される可能性も定かじゃ……」

「黙ってクロ」

 リリサは顎に手を当て、視線を斜め下に向けたまま呟く。

「……このケナン支部、ディードに報復された経験があるのね?」

「さすがは狂槍、何でもお見通しか」

 アリスタは足組みをやめ、遠い目で語り出す。

「5年前、我々は北の街道までテリトリーを広げてきたディードを排除すべく精鋭部隊で戦いに挑んだ。その戦いには勝利した。北の街道も取り戻した。が、5日後、ディードが大挙して街に襲いかかってきた。幸い街には一匹も通さずに済んだが、多くの仲間を失った」

「今回もそうなる可能性が高い、ってわけね」

「そうだ……」

 報復……

 ディードに限らず普通の動物にも見られる行為だ。

 知性を持つ真黒の化物が報復するとなれば、恐ろしい被害を生むことだろう。

 アリスタは悔しげに続ける。

「ケナン支部には私を含め中級程度の狩人しか在中していない。狂槍、お前ならば北に巣食うディード共を狩り尽くすのも難しくないだろう。……それにお前」

 アリスタはクロトを指差す。

「黒髪に黒瞳の狩人……お前もベックルンのディードの(ぬし)を一人で狩ったと耳にしている。二人ならばここ一帯のディードは敵ではないはずだ」

 自分にまつわる噂……

 アイバールの街で噂になっている程度かと思っていたが、ここケナンまで広がっているとなると、首都のセントレア、引いては世界中に広まっているかもしれない。

 注目を浴びるのは嬉しい半面、噂の中身が中身だけに素直に喜べない。

「わかった。わかったわよ」

 リリサはアリスタの命令を受け入れ、続ける。

「で、詳しい情報は教えてくれるんでしょうね?」

「無論だ」

 アリスタは何処からともなくケナン周辺の地図を取り出し、北の橋の一帯を指差す。

「まずここが熊型ディードのテリトリー。知っての通り、こいつらは山に近づいてくる人間を容赦なく攻撃する」

 アリスタは喋りながら指を山沿いに動かしていく。

「続いて山頂付近には豹型、猪型は低い位置に幅広く巣食っている。豹は数は少ないが個体の戦闘能力が高い。猪は数がとにかく多い。囲まれると厄介だ。猪型が足止めしている間に豹型が背後から襲ってくる……なんてこともある。奴らの連携は脅威的だ」

 アリスタの情報を聞き、リリサはテーブルを指先でトントンと叩く。

 何か考え事をしている様子だったが、それも10秒と経たないうちに終わり、独自の考えを述べた。

「そこまで連携が取れているとなると……ヒトガタが関わってるとしか思えないわね」

「!!」

 ヒトガタという言葉に、アリスタは過敏に反応する。

 目がくわっと開き、体も表情も固まる。

「ヒトガタか……脅威だが、逆に言えばそいつを潰しさえすれば勝ったも同然だな」

 そう言いつつも卓上のアリスタの左手は震えていた。

 ヒトガタ……

 自分が思っている以上にヒトガタというディードの存在はこの世界の住人にとって怖ろしい存在のようだ。

 アリスタは自分の手が震えているのに気づいてか、左手を右手で抑えこみ、話を終わらせる。

「とにかく、群れを追い払うまではセントレアには向かわせない。勝手に行くのはいいが、そうなればケナンはディードに蹂躙されるかもしれない。お前たちは街に危険をもたらした悪徒として歴史に名を刻まれることになる」

「……わかったわよ」

 リリサは一応命令を承諾し、上を指差す。

「とりあえず今日は休ませてもらうわ。上、空いてるんでしょう?」

 上、とは2階の部屋のことだ。大抵の支部は職員や狩人の宿泊施設になっているのだが、ここでは違うようだった。

 アリスタは頬を掻き、苦笑いする。

「部屋は……実は物置状態になっててな……先に掃除をさせる。半日は掛かるだろうから、それまで街をぶらついてくるといい」

「そうさせてもらうわ。行くわよ、クロ」

「ああ……」

 話が全て終わり、リリサとクロトは支部長室から、ケナン支部の建物から出る。

 外に出ると、心地よい風が横から吹いてきた。

 建物前の広場には既に商団の馬車の姿はなく、自分たちが乗ってきた猟友会から支給された馬車のみが停車していた。

 馬は既に厩舎に連れられ、荷台のみが広場の隅にぽつんと存在していた。

 馬車を眺めつつ、クロトはため気混じりに告げる。

「……とんだ厄介事に巻き込まれたね」

「言っておくけど私のせいじゃないわよ?」

「僕のせいでもない」

「わかってるわよ」

 一番の原因は襲いかかってきたディードだ。既にあの世に行ってしまった彼らに責任を負わせることなどできない。

 もっと支部同士で情報の共有ができていればこのようなことも起こらなかったのだろうが、電話もネットもないこの世界で素早い情報共有など不可能に近い。

 二人は広場を出口に向かって歩きつつ会話を続ける。

「でも、ディードが人里に降りてこないのは不思議だね」

 クロトの素朴な疑問に、リリサは横風で乱れた髪を整えながら応える。

「連中はテリトリーを、縄張りを重視してる。縄張りが人里と重なれば襲ってくるわ。だから狩人はそうならないように適度にディードを狩って縄張りが広がるのを抑えてるってわけ。……ま、猟友会の大義名分はそうなってるけれど、殆どの狩人は金儲けの為に狩ってるだけなんだけどね」

「そんなこと言っていいの?」

「いいのよ。大事なのは街がディードから守られてるって事実なんだから」

 やがて支部の敷地から出ると、リリサは凝り固まった関節をほぐすべくその場で背伸びをし、十分に体を伸ばした後「ふう」と溜息をついた。

「臨時収入もあったことだし、新しい服でも買おうかしら」

 リリサの視線は自身の体に向けられていた。リリサの戦闘服は所々が黒い血で汚れ、特にブーツの下の部分は真黒に染まっていた。

 それだけディードを大量に狩ったという証なのだが、リリサにとっては汚い汚れ以外の何物でもないようだ。

 洗濯すればまだ使えそうだが、ディードの血は頑固で落ちにくい。経年劣化で戦闘中に壊れでもしたら大変だし、新調するのは適切な判断だろう。

「新しい戦闘服? なら僕も付き合っていい?」

 どうせなら自分もサイズの合った戦闘服がほしい。今の服はアイバールの余り物なので少し大きい上、寒冷地を想定した使用なのでこのケナンでは少し暑いのだ。

 それに、こと防具に関しては自分は素人だ。できるならリリサに選んで貰いたい。

 リリサと一緒に行動することを決めたクロトだったが、リリサは何故か難色を示した。

「……いや、私一人で行くから」

「え?」

「あんたはあんたで防具なり武器なり買うといいわ。私は私で揃えるから」

 リリサは口早に言い捨て、場を離れようとする。

 クロトは慌てて追いかけ、リリサに自分の考えを告げる。

「待ってリリサ、僕一人で装備を選ぶなんて無理だよ。リリサが選んでくれないと……」

「……店の人に選んでもらえばいいでしょ。私の買い物には絶対ついてこないで」

「……」

 ここまで拒絶されるとは思っていなかった。

 何か個人的な用事か、それとも秘密があるのだろうか。

 だとしても、せっかく得た臨時収入で無駄な買い物はしたくない。

 クロトは粘り強く交渉を続ける。

「いや、リリサの方が買い物にも慣れてるだろうし……。もし時間の都合が悪いなら、リリサの買い物が終わってからでも……」

「いいかげんにしなさいよクロ、あんたには付いて来て欲しくないの」

 リリサの言葉には怒りが、そしてほんの少しだけ恥じらいが混じっているように思えた。

「……あ」

 クロトのその恥じらいの訳をいち早く理解し、言葉に出す。

「なるほど、服って下着のことか」

「!!」

 瞬間、リリサは色白の顔を真赤にし、目にも留まらぬ速さでクロトの口を塞いだ。

「ちょっ、クロ!! 声大きいわよ!!」

 焦るリリサの心情を汲み取ることなく、クロトは喋り続ける。

「確かにそうだよね。ここ10日以上ずっと同じ服だもんね」

 道中、リリサはずっと同じ服を着ていた。無論クロトも同じ服を着っぱなしで自分でも少し臭っていることを自覚していた。

 リリサは始終軽めの香水の匂いを漂わせて、臭いを誤魔化していた。そのことを考えると、着替えていないのは明白だった。

「馬鹿言わないで!! 服はともかく、下着はこっそり替えてたわよ!! ……って何言わせるのよ!! あーあーあー!!」

 リリサは自分で言っておいて、更に顔を赤くする。耳まで真っ赤になっていた。

「ああ……」

 こんな動揺したリリサを見るのは初めてだ。なんだか新鮮な気分である。

 が、同時に罪悪感も感じ、クロトは自身の無神経な発言を詫びることにした。

「ごめん。切実なんだね」

「ええそうよ。狩人である前に私は年頃の女なの。村育ちで記憶喪失で清潔感に無頓着なあんたと一緒にしないでほしいわ」

「命がけの旅で清潔感も何もないと思うけれど……」

「あんたにとってはディードとの戦いのほうが心配事でしょうけれど、私にとっては優先順位が違うの。ましてや男と二人きりで旅をするとなると……」

 リリサは言葉を途中で区切り、目元を手で覆う。

「……今のも忘れなさい」

「うん……」

 自分は奴隷として買われたわけだが、一応男として認識してくれているらしい。

 つまり道具ではなく人間扱いされているということだ。ここは素直に喜んでおこう。

「……下着。買ってくるからあんたはあんたでブラブラしてなさい」

 リリサは金袋から数枚の金貨を取り出すと、金袋の方をクロトに投げ渡す。

 クロトは地面に落ちぬよう両手でしっかりと受け取る。

 金貨の詰まった袋は意外と重く、じゃらじゃらとした感触は何だか心地よかった。

「それだけあれば装備でも何でも揃うでしょ。……夕刻には支部に戻るのよ」

「わかった」

 リリサは数枚の金貨を指で弾きつつ、街の東側に向かって歩き出した。

 クロトは金袋の紐を手首に巻いて握りしめ、街の中心部に向かうことにした。

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