第41話 答え
日曜日の夜、二十一時。
アジアパシフィック大会は、チーム・ゼニスの準優勝という快挙で幕を閉じていた。
表彰式とメディア対応が終わった頃、スマホの画面に蒼真くんからのビデオ通話の着信が表示された。
通話ボタンを押すと、ホテルの白い部屋で黒いTシャツ姿の彼が映し出される。激闘を終えた疲労が色濃く残る顔をしながらも、私を見るなりふっと目元を緩めた。
「……亜紀さん」
「蒼真くん、準優勝おめでとう! 最後の最後まで、本当に凄かったよ」
「ありがと。……でも、最後のセットで取り切れなくて、めちゃくちゃ悔しい」
悔しそうに前髪をくしゃりと掻きむしる仕草。
世界トップレベルの舞台で戦い抜いた勝負師の熱が、画面越しにもひしひしと伝わってくる。
「……悔しいって思えるの、すごく格好いいよ。次へのスタートだね」
「うん。……帰ったら、もっと練習する。あ、明後日の夕方の便で帰るから」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。
レイナさんと直接会って話したあの日から、答えはもう私の中で決まっていた。
でも――。
(これは、画面越しじゃなくて、ちゃんと顔を見て伝えたい)
あの朝、彼がまっすぐに私の目を見て言ってくれたように。
私も、生身の体温を感じられる距離で、自分の言葉を返したかった。
「そっか。……ねえ、蒼真くん」
「ん? なに?」
「空港に迎えに行くね。『おかえり』を言うときに、ちゃんと話したいことがあるから」
蒼真くんは少しだけ不思議そうに瞬きをし、それから穏やかに口元を緩めた。
「……うん。楽しみにしてる」
◇
二日後の夕方。
オレンジ色の夕陽がガラス張りの天井から差し込む空港の国際線到着ロビー。
自動ドアが開き、大きなキャリーケースを引いた蒼真くんが現れた。
黒いキャップを目深に被り、少し疲れた足取りでロビーへ出てきた彼が、待ち合わせ場所の柱の前に立つ私を見つけると、ぱっと顔を明るくして駆け寄ってきた。
「亜紀さん……!」
「おかえり、蒼真くん」
見上げる至近距離。
画面越しではない、彼自身の体温と、かすかな柑橘の香りがふわりと届く。
「……待たせちゃった?」
「ううん、今着いたところ。……あのね、蒼真くん」
私は胸の前でぎゅっと両手を組み、彼を見上げた。
出発のとき、ここで投げかけてくれた言葉を受け止めるために。
「出発する前、一緒に住まないかって言ってくれたでしょ。あの答え、ちゃんと伝えに来たの」
その瞬間、蒼真くんの身体が微かに強張った。
キャップのツバの下から覗く切れ長の瞳がわずかに見開かれ、息を呑む気配が間近で伝わってくる。
「私ね、最初はすごく怖かったの。蒼真くんはまだ学生で、プロゲーマーで……付き合ってまだ半年だし、もし一緒に暮らしてうまくいかなくなったらどうしようって。年齢や条件やリスクのことばかり考えて、足がすくんでた」
周囲を行き交う旅人たちの足音やアナウンスが、すうっと遠のいていく。
「私、ずっとそうやって生きてきたの。傷つくのが怖くて、計算して、何十万も課金して、安全な場所から出ないようにして……。でもね、気づいたの」
「……亜紀さん」
「未来の保証があるから一緒にいるんじゃないんだって。先がどうなるかなんて誰にも分からないし、完璧な条件が揃う日なんて一生来ない。……それでも、私は蒼真くんと一緒にいたいの」
胸の奥底から湧き上がる熱が、声になって紡ぎ出される。
「条件や計算じゃなくて、誰かに流されたわけでもなくて……私自身の意志で、蒼真くんの隣にいたいって決めたの」
私は大きく息を吸い込み、彼の目を見つめて微笑んだ。
「……一緒に、住もう」
◇
夕陽が照らすロビーの真ん中で、蒼真くんは完全にフリーズしていた。
数秒の沈黙のあと、彼は両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込みそうになり、慌てて踏みとどまった。
指の隙間から覗く耳の先が、見る見るうちに真っ赤に染まり、首元まで熱が広がっていくのがはっきりと分かる。
「……蒼真くん?」
「……すみません、ちょっと……嬉しすぎて、息止まるかと思いました……」
ゆっくりと顔を上げた彼の瞳は微かに潤んでいて、けれどこれ以上ないほど眩しい光を湛えていた。
キャリーケースから手を離した彼が、人目も憚らず、そのまま私の肩を引き寄せてぎゅっと抱きしめてきた。
ロビーの真ん中で、重なり合う二人の体温。
「……亜紀さんが決めてくれたこと……絶対に、後悔させませんから」
耳元で囁かれた真っ直ぐな誓い。
画面越しでは決して味わえない、確かな重みと熱が、私の胸をいっぱいに満たしていった。
「……うん。これからも、よろしくお願いします」




