第21話 正解
翌日、オフィスのデスクでパソコンの画面を見つめながら、私は一日中自己嫌悪の泥沼に沈んでいた。
(……なんであんなこと送っちゃったんだろう)
深夜に送ってしまった『連絡は不要です』という突き放したメッセージ。
あれから、蒼真くんからの返信はない。
画面を開くたびに表示される『既読』の二文字が、自分の心の狭さと大人気なさをこれでもかと責め立ててくるようだった。
定時を過ぎ、逃げるように帰宅した。
コートも脱がず、暗いリビングのソファに倒れ込んでスマホを握りしめる。
――ピンポーン。
静まり返った部屋に、突然インターホンの電子音が鳴り響いた。
心臓が跳ね上がる。こんな夜遅くに、誰だろう。
恐る恐るモニターを覗き込むと、そこには黒いパーカーのフードを目深に被り、息を切らして肩を上下させている長身の影が映っていた。
「……蒼真くん……!?」
慌てて鍵を回し、ドアを勢いよく開ける。
冷たい夜風とともに、目の前にいた彼と視線がぶつかり合った。
「「ごめんなさい……っ!」」
重なった二人の声。
驚いて目を見開いたあと、蒼真くんは濡れた前髪の隙間から、困惑と焦りの入り混じった瞳で私を見つめてきた。
「……なんで、亜紀さんが謝るんですか」
「私……あんな嫌味なメッセージ送って、子どもみたいに拗ねて……本当にごめんなさい。蒼真くん、忙しいのに……」
情けなくて視線を落とすと、冷え切った私の手首を、彼の大きな手がそっと包み込んだ。
「……俺の方こそ、本当にごめんなさい」
「……立ち話もあれだし、上がって?」
「……お邪魔します」
靴を脱いで上がってもらい、リビングのソファへ並んで座る。
蒼真くんは膝の上で固く拳を握りしめ、ぽつりぽつりと、自分の心の内を絞り出すように語り始めた。
「……俺、今までゲームしかしてこなくて。人に興味も持ったことなくて……恋人ができたの、亜紀さんが初めてなんです」
切れ長の瞳が、不安そうに揺れている。
「どれくらいの頻度で連絡すればいいのかも、深夜に連絡したら迷惑じゃないかも、全部分からなくて。……大会前だからって、亜紀さんを不安にさせて……俺、恋人としての正解が、全然分かりません」
国内のトッププロとして、何万人の観客の前で完璧なプレイを見せる彼が。
今はただの、恋に戸惑う二十歳の男の子として、自分の弱さを全部さらけ出してくれていた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
年上の余裕なんて見栄を張っていた自分が、心底恥ずかしくなった。
「……私ね、昨日また課金ショップ開いちゃったの」
「え……?」
「寂しいのを埋めたくて、また物欲で誤魔化そうとして……自分のそういう癖が抜けてないのも、蒼真くんに余裕のない姿を見せるのが怖かったのも、全部私の弱さなの」
自嘲気味に笑うと、蒼真くんは静かに首を横に振った。
「……二人とも、初心者ですね」
「……うん。まだレベル1だね」
ふっとお互いの口元が緩んだ、その瞬間。
――ぎゅっ。
冷たい夜気をまとった長い腕が、私の背中に回された。
驚く間もなく、すっぽりと彼の胸の中に閉じ込められる。
トクトクと速い鼓動。
シャンプーの微かな香り。
ゲームの画面越しでも、百四十円の缶ココアでもない、本物の彼の体温がダイレクトに伝わってくる。
「……忙しい時は長文じゃなくていいから、朝の『おはよう』と夜の『おやすみ』だけでいいの。スタンプ一個でも、生存確認できるだけで安心するから」
彼の胸に顔を埋めたまま私が呟くと、蒼真くんは腕の力をさらにぎゅっと強めた。
「……はい。『おはよう』と『おやすみ』、絶対送ります」
抱きしめられた腕の中で、凍りついていた心がゆっくりと溶けていった。




