第19話 クレーンゲームだけは勝たせてください
日曜日、午前十時三十分。
待ち合わせの三十分前、私は新宿駅東口の待ち合わせ広場に到着していた。
白のタートルネックニットに、ラベンダーのワンピース。
早く着きすぎた恥ずかしさから、私は広場の柱の陰に隠れるように立ち、スマホの時計をチラチラと確認していた。
(……二十歳の子と並んで歩いて、浮いて見えないかな)
落ち着かない手元を気にしていると、ふと視界の端――広場の反対側の植え込みの陰に、見慣れた長身の黒い影を見つけた。
オーバーサイズの黒のチェスターコートに、チャコールグレーのタートルネック。
目深に被ったキャップの隙間から覗く、驚くほど小さな顔と澄んだ瞳。
いつものジャージ姿とはまるで違う、息を呑むほど洗練された私服姿の如月蒼真が、電柱の陰から周囲を警戒するようにチラチラと見渡していた。
(……あの子も、早く来すぎて隠れてる……!)
思わず吹き出しそうになりながら、私は柱の陰からすっと歩み出た。
「……蒼真くん」
「っ……!?」
びくっと肩を跳ねさせた彼が、ゆっくりとこちらを振り返る。
私を見るなり、彼の耳の先が一瞬で真っ赤に染まった。
「……おはよう、ございます。……じゃなくて、おはよう、亜紀さん」
「おはよう、蒼真くん。……すごく、格好いいね、その服」
「……亜紀さんも、綺麗です」
ぎこちないタメ口と、お互いに視線を泳がせるぎこちない始まり。
初心者マークの二人の初デートが、静かにスタートした。
◇
「――ここ?」
蒼真に連れてこられたのは、駅前の大型ゲームセンターだった。
「せっかくのデートなのに、ゲーセンでごめん。でも……ここなら、亜紀さんに良いところ見せられると思って」
照れくさそうに頭を掻く彼が向かったのは、プライズゲームコーナー。
ガラスケースの中には、『アストラル・オンライン』の公式マスコットキャラクターの特大ぬいぐるみが並んでいた。
「あれ、亜紀さん欲しいって言ってましたよね。……取ります」
国内トッププロの意地を見せるように、百円玉を投入する蒼真。
モニターを見つめるその眼差しは、先日の決勝戦さながらの真剣そのものだった。
ウィィィン……ガコン。
アームが降りる。
だが、プロゲーマーの精密な操作をもってしても、アームの爪は無情にもぬいぐるみの頭をかすめて空を切った。
「…………」
「あ、惜しい! もうちょっと右かな?」
「……もう一回」
百円、二百円、五百円、千円……。
五千円が消えた頃、蒼真は両手をガラスケースについたまま、絶望したように額を押し当てていた。
「……設定が、鬼すぎる。フレーム単位の目押しが効かない……」
「ふふっ、蒼真くん、ちょっと交代してみて?」
笑いを堪えきれない私が百円玉を入れ、適当に狙いを定めてボタンを押すと――。
ゴトンッ!
アームの根元がぬいぐるみのタグに奇跡的に引っかかり、一発で取り出し口へと転がり落ちた。
「「あ」」
二人の声が重なる。
大きなぬいぐるみを抱き上げた私を見て、蒼真は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「……プロゲーマーなのに、格好つかない……」
「ううん、すごく嬉しい! 蒼真くんが何回も挑戦して位置をずらしてくれたおかげだよ」
フォローを入れると、彼はキャップを目深に引っ張りながら、小さく「……次は絶対取ります」と呟いたのだった。
◇
午後、カフェで運ばれてきたのは季節限定の特大ストロベリーパフェだった。
「わあ、すごいボリューム……」
「いただきます」
スプーンを手にした蒼真は、さっきの落ち込みが嘘のように無言でパフェを食べ進めていく。
幸せそうに頬を緩めるその横顔を見て、会食の夜にミアが言っていた言葉を思い出す。
『ある子なんて告白の途中で「あ、購買にチョコパン買いに行きたいんで」って言い残して去っていったんですよ〜!』
(……本当に、甘いものが大好きなんだな)
誰の手にも届かなかった孤高のプロゲーマーが、今は私の目の前で、パフェの生クリームを口元につけながらスプーンを動かしている。
何気なくバッグからハンカチを取り出し、彼の口元をそっと拭った。
「あ」
「ふふ、クリームついてたよ」
「っ…………」
蒼真は固まったまま、カッと顔を赤くしてスプーンを止めてしまった。
◇
夕暮れ時。
駅へと向かう並木道は、休日を楽しむ人々で賑わっていた。
並んで歩く、私たちの影。
歩幅を合わせてくれる蒼真の手が、私のすぐ隣で揺れている。
(……手、繋ぎたいな)
そう思うのに、タイミングが掴めない。
蒼真の手が微かに動き、触れそうになるたびに、お互いビクッと手を引っ込めてしまう。
三回連続で空振りしたあと、人混みの波に押されて私の肩が彼にぶつかった。
「あっ、ごめ――」
言いかけた私の右手を、ぎゅっと、大きな温もりが包み込んだ。
「……っ」
見上げると、蒼真は前を向いたまま、逃げ場をなくすように指と指を絡め合わせて――いわゆる恋人繋ぎの形を作っていた。
「……すれ違う人に、ぶつかるから」
ぶっきらぼうな言い訳。
だけど、繋がれた手のひらはじんわりと汗ばむほど熱くて、強く握りしめられていた。
駅の改札前。
離しがたい手をゆっくりと解きながら、蒼真が躊躇いがちに私の瞳を見つめてきた。
「……亜紀さん」
「ん?」
「……次は、俺の家、来ますか」
秋風が吹き抜ける夕暮れの街で、私の心臓が、今日一番の音を立てて跳ね上がった。




