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誰にも言えないLv1の恋〜課金だけが取り柄だった私、担当のプロゲーマーに溺愛される〜  作者: 希羽


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第1話 課金で殴ります

「――以上、三点。修正案は明日の十二時までに私のデスクへ。各自、論点のズレがないようしっかりと再確認してください。解散」


 会議室の大型モニターをリモコンでオフにする。所要時間は三分十二秒。

 無駄な雑談も、意味のないアイスブレイクも挟まない。大手広告代理店・第四営業部の第十一会議室には、張り詰めた沈黙のあとに、部下たちの安堵とも緊張ともつかない吐息が落ちた。


「あの、篠宮マネージャー……私の企画書の、ターゲット選定の部分なんですが……」

「三ページ目の三行目、助詞が抜けています。あと、五ページ目の市場規模グラフ、参照データの年度が昨年と一昨年のものが混在しています。数字の根拠が崩れるので差し替えておいてください」

「す、すみません……! すぐに直します!」


 新卒二年の後輩が、自分の手元のタブレットを胸に抱きしめて直角に頭を下げる。

 私が革のヒールを鳴らして廊下へ出ると、すれ違う若手社員たちがサーッとモーセの十戒のように道を空け、背筋をピンと伸ばして「お疲れ様です!」と頭を下げていく。


 篠宮亜紀しのみや あき、二十六歳。

 同期最速、社内最年少でマネージャーに昇進した私の社内での通り名は――『氷のマネージャー』である。


 ……いや、誰が好き好んで氷になりたいと思うだろうか。


 誤字を見つけたくて見つけてるわけじゃない。ただ、視界に入った違和感が脳内で勝手に赤ペン先生をしてしまうだけだ。仕事を早く終わらせて、効率化を極めた結果、なぜか周囲からは「感情を捨てて仕事に生きるサイボーグ」扱いされている。


 ふう、と息をつきながらオフィスの自席に戻る。

 ふと、隣のフロアから同期たちの笑い声が聞こえてきた。


「今日、仕事終わりに新しくできたクラフトビール行かない?」

「いいね、行く行く! あ、篠宮にも声かける……?」

「いや、やめとこ。マネージャーだし忙しいでしょ。それに……なんか誘いづらいし」


 カタカタと無心でキーボードを叩きながら、私は内心で盛大に白目を剥いていた。


(……知ってる。知ってますよ。昇進してからというもの、同期のグループチャットが一つ消滅して、私のいない『裏・同期グループ』が作られたことくらい……!)


 出世の代償にしては、割に合わない孤独。

 みんなは「篠宮さんはすごいよね」「一人で何でもできちゃうから」と称賛してくれる。けれど、この四年間、誰一人として私に「大丈夫?」とは聞いてくれない。


 残業をきっちり片付け、オフィスを出たのは二十一時過ぎ。

 ヒールで痛む足を誤魔化しながら、都内の賃貸マンションへと帰宅した。


 ◇


「……ただいま」


 返事のない暗い玄関。

 カチリと部屋の明かりをつけると、そこには完璧なキャリアウーマンの姿など微塵もない『現実』が広がっていた。


 廊下に積み上がった未開封の通販段ボールの要塞。

 靴を脱ぎ捨ててリビングに入り、冷蔵庫を開ける。入っているのは、定期便で届くエナジードリンクと、賞味期限の怪しい各種ドレッシング、そして炭酸水のみ。自炊能力は一人暮らしを始めてからずっとゼロのままだ。


 コンビニのサンドイッチを口にくわえ、部屋着のスウェットに着替えてベッドにダイブする。

 手持ち無沙汰にスマホを開き、なんとなくSNSのタイムラインをスクロールした。


 そして、私の指がピタリと止まる。


『大好きなみんなに囲まれて、最高の結婚式になりました♡』


 画面いっぱいに広がる、同期女子のウェディングドレス姿。

 その周りを囲んでいるのは、見慣れた同期たちの満面の笑顔だった。男子も女子も、みんな揃ってピースサインを作っている。


 ――私以外の、全員が。


「あ……」


 声が小さく漏れた。

 そういえば先月、彼女が寿退社するときに「篠宮さんは忙しいから」と個別で挨拶されたっけ。呼ばれなかった理由は明白だ。私が『同期』ではなく、『上司側の人間』になってしまったから。


「……そっか。そうだよね。気を遣わせちゃうもんね……」


 天井を見上げる。

 涙は出ない。ただ、胸の真ん中にぽっかりと冷たい風穴が空いたような、果てしない虚しさが広がっていく。

 仕事は順調。評価も給料も上がった。

 だけど、私のプライベートは空っぽだ。休日は誰とも会話せず、話す相手といえばAIスピーカーかコンビニの店員さんだけ。


 何かで、この胸の穴を埋めたい。

 誰にも気を遣わず、誰の顔色も窺わなくていい、別の何かに没頭したい。


 スマホの画面を戻すと、タイムラインの合間に挟まるゲームのWEB広告が目に留まった。


『王道ファンタジーMMORPG――【アストラル・オンライン】。広大な世界で、もう一人の自分になろう』


「……アストラル、オンライン」


 普段なら絶対にタップしないゲーム広告。

 けれど今の私には、「もう一人の自分」というフレーズが暴力的なほど魅力的に見えた。

 指先が吸い寄せられるようにダウンロードボタンを押す。


 アプリを起動し、まずはキャラクターメイキング。

 これが思いのほか楽しかった。

 現実の私は黒髪だが、画面の中のキャラは淡い桃色のセミロングに、大きな垂れ目の少女。名前は本名から取って『アキ』にした。

 気づけば、キャラメイクだけで一時間が経過していた。


「よし、できた……! 可愛い」


 画面の中でアキがくるりと回る。

 そしていよいよ、広大な始まりの街へと降り立った。


『チュートリアルクエスト:街の周りにいるウサギモンスターを3匹討伐しよう!』


 画面上の指示に従い、初期装備の「なまくらの短剣」を持って草原へ向かう。

 目の前に現れたピンクの可愛いウサギ。タップして攻撃ボタンを押す――が。


「えっ、ちょ、ちょっと待って!?」


 画面の仮想パッドの操作がおぼつかない。

 ウサギがピョンと跳ねるたびにカメラがあらぬ方向を向き、私の短剣は空を切るばかり。逆にウサギの体当たりをモロに食らい、アキのHPバーがみるみるうちに赤く点滅し始めた。


『GAME OVERの危機です』


「うそでしょ!?!? 最初のチュートリアルのウサギだよ!?」


 焦って指が滑る。アクションゲームなんて中学生のときに少し触ったきりだ。

 このままではチュートリアルで死ぬ。氷のマネージャーが、ウサギに撲殺されて終わる。


 その時、画面右上にピカピカと輝くアイコンが視界に入った。


【初心者限定! スタートダッシュ超絶育成パック&最高峰レジェンドガチャ開催中!】


 私は目を見開いた。


「……あ」


 社会人四年目。

 使う暇がなくて銀行口座にただ積み上がっていく、私の唯一の武器。


「これ……お金で解決できるやつだ」


 私の指先が、一切の躊躇なくショップアイコンをタップした。


 ――ポチ。

『購入が完了しました』


 ――ポチ。

『【SSR:極光の神話級フルプレート一式】を獲得しました』


 ――ポチポチポチ。

『【最高級強化素材・超特大パック×10】を購入しました』

『【経験値500%ブーストの秘薬】を購入しました』

『全身の装備を最大値まで限界突破強化しました!』


 私のクレカ決済通知がスマホの上部に小気味よくポップアップしていく。

 ポチるたびに、胸の奥のモヤモヤがスーッと引いていくような全能感。そう、私は広告代理店のマネージャー。金ならあるのだ。


 数分後。


 始まりの草原に、異様な光景が出現していた。


 チュートリアルを終えたばかりのレベル8の少女。

 しかしその身に纏っているのは、神々のオーラのような七色の光を放つ全身純白のフルプレートアーマーと、背中に背負った身の丈を超える巨大な神聖両手剣。


 ――全身課金・フル強化済みの化け物初心者(Lv8)の爆誕である。


「ふふ……ふはは! 見たかウサギめ! これが大人の財力よ!!!」


 寄ってきたウサギが私のアーマーにぶつかった瞬間、装備の反射ダメージだけでパァンと光の粒子になって消し飛んだ。一歩も動かずにクエストクリアである。最高に気持ちがいい。


 その時、画面にファンファーレが鳴り響いた。


『おめでとうございます! 総合戦闘力(装備評価値)が規定値を超えたため、ワールド転送ゲート【星降りの峡谷】が解放されました!』


「へぇ、新しいエリア? 行ってみようかな」


 私はホクホク顔で「YES」をタップした。

 それが、推奨レベル90以上の超高難度エンドコンテンツエリアだというシステム警告の小さな文字を、完全に読み飛ばしたままで。


【本日の課金額:¥128,000】

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