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その椅子をよこせ

「ここに座りなさい」

「ちょっとこれから風邪をひく予定が……」

「首から上がなくなっても、風邪ってひけるのかしらね」


 すさまじい脅しを受けた部下たちは、母の前に進み出た。


「何を知ってるの? あなたたち」

「母上、どうかもっと優しく……」


 部下たちを締め上げる母をようやくなだめ、事の次第を聞き出す。話の内容は、アレクの予想を遥かに越えたものだった。まさか、この二人がグレシー王宮に侵入し、王に揺さぶりをかけていたとは。


「そこまで大きなことをするのに、何故無断でやったのですかっ」


 案の定、母から雷が落ちた。二人は反論もなく首をすくめていたが、やがてクラーラが口を開いた。


「ほんとにごめんなさい。でも、報告してる時間がなかったんです。あたしたちはまず、エステルを見つけて話を聞いてました。その時、バティール王宮に大量の儀官が入っていったと、エルフ仲間が知らせてくれたんです」


 通常では考えられない人数の儀官たちが行進していく。それをエルフたちは、真っ先に見つけた。


「誰か身分の高い人が亡くなったんだ。そう思いました」

「考えられるのは、トルテュ王の死しかない……そう思ったわけですね」


 母が言うと、クラーラはうなずいた。今度は屍鳥が口を開く。


「そうなると、ぐずぐずしてはいられません。王妃はすぐ、グレシーに動けと指示を出すでしょう」


 しかし、二人はその時バティールのかなり奥地、グレシーの間近にいた。今から母国に駆けつけても、コンラッド王より早く動き出せない。迷ったあげく、コンラッド王を脅してみることにしたのだそうだ。


「グレシーに情報が伝わって、兵が本格的にやってくる前に、何とかしなきゃって必死で……あっちが死んだのは予想外だったけど」

「発想もとんでもないけど、よく王の寝室が分かったね」


 エステルが感心して言うと、クラーラと屍鳥はそろって胸を張った。


「大体の位置は、私が忍び込んで絞り込み」

「あとは飛べる私が、換気口を通って片っ端から調べたのです」


 二人ともすっかり自信を取り戻しているが、アレクと母はそれどころではない。


「一歩間違えれば大惨事だったのですよっ」

「頼むからもう今後はしないと約束してくれ」


 懇々と部下にお説教をしてから、ようやく下がらせた。


「上手くはいったけど、素直に喜べないねえ」


 エステルが言う。アレクはうなずいた。クラーラと屍鳥が無茶をしたのは、アレクが行き詰まっていたからである。自分がちゃんとエステルの話を聞いていれば、あんなことはさせずに済んだ。これからはどんな相手も見くびるまい、とアレクは肝に銘じる。


「王って……怖いね」


 壁にたてかけてあった槍を抱きながら、エステルがつぶやいた。母が答える。


「そう思えるなら、大丈夫です」


 自分の判断一つで、人が、軍が、国が迷う。それを怖いと思わなくなった時、王は王たる資格を失うのだ。


「忘れません、決して」

「頼もしいこと」


 母は笑った。この子の方が先に立派な王になるかもしれませんね、とアレクに向かってささやく。アレクは全力をもって、話を元の方向へねじ曲げた。


「今後の動きを話し合おう」

「そうだね、ボクはどうすればいいの?」

「まず、白派のところまで俺たちが送っていく。そこで正式に、前王の実子であることを示すんだ。今の頭領から実権を譲ってもらわなきゃならない」

「難しそうだね」

「押し切るしかないな。ただ、そんなに勝算が薄いわけじゃない」


 白派の主張は、前王・今王を無下にする王妃を討て、というものだ。前王の実子であると証明されれば、無視することはできない。


「しかし、だからと言って最初から好きにできるわけではない。突然来た余所者であることには、変わりが無いからな」

「腹の底から認められてるわけじゃないよね、やっぱり」

「これから色々、人前に出なければならん場面があると思う。その時しくじると、一気に流れがおかしくなる。……気にとめておいてくれ」


 アレクが言うと、エステルはきゅっと唇を結んだ。


「白派内の意思が統一できたら、赤派に書状をつきつける。あくまで抵抗してきたら、決戦だ。そういう順番で構わんか」

「ボクはいいよ」


 母からも異論は出なかった。ここでようやく、はっきり方針が決まる。


(やっとここまできたぞ。今度こそ、お前の泣き顔を拝んでやる)


 脳裏に王妃の顔を思い浮かべながら、アレクは拳を握った。



☆☆☆



「……信じられませんが、本物です。この細工は、王家の人間以外持てません」


 エステルが持参した首飾り。それを舐めるように調べていた老人が、ようやく結論づけた。室内で息をつめていた高官たちが、ざわめき出す。一人がしゃべり出すともう止まらず、会話は波のように広がっていった。


 アレクは首飾りを見つめる。筒状になっている装飾部は、特定の順番で底板をひねると、小さな穴が現れる。そこに光を当てると、王家の紋章が浮かび上がる仕組みだ。アレクも思わず見とれるほど、美しい出来映えだった。


(しかし、この場で純粋に喜んでいる奴は誰もいなさそうだが)


 アレクは高官たちの顔を見ながら、深呼吸をした。どうやら予想通りの展開になりそうだ。


「それでは、軍の指揮はどうなるのでしょう?」


 このままでは無駄な会話が続くだけなので、アレクはわざと馬鹿っぽく言ってみた。瞬く間に、ぴりっとした空気が漂う。それがたった一人を気にしてのものなのは、わかりきったことだった。卓の中央に座っている男――シモンである。


 騒動のまっただ中に義母を裏切り、オーリク伯を殺害。その戦果は決して、小さなものではない。しかしここは、遠慮してもらわなければならない。旗印としては、エステルの方が遥かに強力だからだ。


 理不尽ではある。エステルもそのことがわかっているのだろう、ゆっくり口を開く。


「シモン様。あなたの働きは、とても大きなものです。しかし、今回の件に関しては、ボクの方が適任でしょう。指揮権を返していただきたいのですが」

「本物の御子であらせられることは、腹の底から納得しました」


 エステルの発言をうけて、様子をうかがっていたシモンが言った。


「しかし、それならば最前線に立たれるというのもおかしな話。万が一、流れ矢にでも当たったら大変なことになります」


 シモンは大げさに肩をすくめる。


「こちらの城で大人しく隠れていてください。体制は変更無し。それがよろしいでしょう」


 シモンの言い分も、もっともらしく聞こえる。しかし、エステルは首を横に振った。


「それではボクが困るのです」


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