青い鳥はここに
夜明けと共に、アレクは目覚めた。時計を見ると、ずいぶん早い。アレクは顔をしかめ、もう一度布団をかぶる。
目が覚めた原因はすぐにわかった。屍鳥のために開けておいた窓が、風に揺れて音をたてている。かすかな音だが、いつも無音で寝ている自分には耳障りだったのだろう。
(戻ってこなかったのか、あいつ)
確かにクラーラの見張りを命じたが、こんなにも姿が見えないと不安になってくる。屍鳥だけならそんなに無茶はしなかろうが、クラーラと組めば何をするかわからない。すぐにクラーラのところへ探りを入れさせよう。それで音沙汰がなければ、周囲を探させて――
考えることに集中していたアレクの正面に、何かの気配。その三秒後には、アレクの鼻筋に固いものがぶち当たっていた。避ける暇も無く、後方に倒れ込む。部屋の絨毯が厚かったのが幸いだった。
「アレク様?」
「……ここにいる……」
昨日まで全く姿を見せなかった、屍鳥がそこにいた。
「お元気でしたか」
「さっきまでな」
「申し訳ございません。しかし、重大な報告があるのです」
まだ気持ちがおさまらず、アレクはそっぽを向いた。
「バティールの継嗣、無事に見つかりました」
「……!?」
「おやどうなさいましたか。首を九十度曲げて。いくら魔族でも、そのうちもげてしまいますよ」
アレクは慌てて、屍鳥につめ寄った。
「本物なんだな?」
「王家の紋が入った装身具を持ち、さらに体に紋章の入れ墨がございました。母上にもご確認いただきましたところ、まず間違いないだろうとのお見立てで」
「でかした。しかし、一体どこで手がかりをつかんだのだ」
間者たちですら、長い間探りをいれてやっと情報を手に入れている。同行すらしていない屍鳥が、どうして機密を手に入れたのか。アレクは不思議で仕方無かった。しかし屍鳥は、なんでもなさそうな声で答える。
「だって本人が申し出てくれましたから」
「そんな都合のいい話はない。何か、すでに知り合いだったとでも言うのか!?」
「はい。あの勇者たちについてよく考えてみてください。何か言いたげな人はいませんでしたか?」
屍鳥に言われて、アレクは記憶をたぐった。
『待って、ボクからも大事な話が――』
「……あ」
「必死に訴えられたりした気がしませんか?」
「気がする……というか、直接言われてた」
しかしアレクは、どうせ人間の言うことだからと完全に聞き流していたのだ。
「それさえ知っていれば、こんなにうろうろせずに済んだものを!」
アレクは頭をかきむしった。自分の未熟さに気付いて、寒気がしてくる。
「まあ、いいじゃないですか。手遅れにはならずに済んだわけだし」
クラーラの声がした。アレクが振り向くと、戸口のところに満面の笑みを浮かべた彼女が立っている。その横には、身支度を調えたエステルが立っていた。
「ど、どうかな。変じゃないかな、ボク」
着慣れない白銀の鎧に、彼女は戸惑っている。うろうろと徘徊する姿を見て、アレクは苦笑した。
「似合っているから、もう少し静かにしてろ。うちの部下がどこへも行けないじゃないか」
アレクが言うと、エステルはようやく歩くのをやめた。
「気付くのが遅れて申し訳なかった。しかし、地神の怒りの中をよく生き延びたものだ」
「そこんとこはね、ボクもあんまり覚えてないんだ。気がついたら人間界にいた」
首をかしげながら、エステルは答える。
「ボクを拾ってくれたおじいさんは、あまりにも大きい力だったから、世界の境界があいまいになったんじゃないかと言ってたけど」
本当のところは、もう誰にも分からない。しかし、自然現象が運命をかき回したのは事実だ。
「しばらく、ボクは自分がどこから来て、何者なのかもわかってなかった。思い出したきっかけは、アレク様たちの軍を見たからだ」
異世界から来た、見たこともないはずの生物たち。なのに、エステルは妙な懐かしさを感じたという。
「でも、誰にも言えなかった。その時自分は人間だと思ってたし、敵が親しく見えるなんて言ったら、村から追い出されるかもしれない」
一人悩んでいたエステルを救ったのは、旅の勇者たちとの出会いだった。彼らがたまたま拾った小さな獅子をもてあまして困っているところに、エステルが通りがかった時のこと。
「生肉は食べられないんだよ。火吹きの獅子は、大人がまず自分の火で獲物を焼いてから、子供に食べさせるんだ」
すらすらと出てきた言葉に、一番驚いていたのはエステル自身だった。それをきっかけに、まさに溢れるように全ての記憶がよみがえる。
「帰ろうと決めたよ。居場所があるかはわからないけど、王族として国の状況は見ておきたかったし」
幸い、勇者にくっついていることで、何度か魔界に足を運ぶことができた。
「王宮に入ることまではしなかったけど、王妃の評判は聞いた。なんとかしなきゃ、と思ってて」
そこでエステルは、他の国の王を頼ろうと決めたのだと言う。
「それにしても、魔王も色々いるんだねえ。調べるまでずっと、偏見持ってた」
「今いる国王たちも、全員が良いとは言いがたいがな。大体、自国のために頑張っていると思うぞ」
「……わかった。ボクも頑張る」
顔を青くしながら、エステルはうなずいた。気負いすぎかなと思ったが、相手をするのは百戦錬磨のコンラッド王だ。用心するに越したことはない。
アレクがちょっと先輩面していい気になっていると、部屋の扉が開け放たれる。そして厳しい顔をした母親が、ノックもなしに乗り込んできた。
「アレクサンダー!」
「すみません調子に乗りましたっ」
「コンラッド王が死にました」
アレクは数拍の間、まばたきも忘れて固まっていた。それにしても俺の予想、最近外れすぎじゃないかしら。
「げ、原因は?」
「そこまでは。ただ王は戦から帰ってきたところだったそうです。持病か、毒か、はたまた臣下に裏切られたのか……」
クラーラがそわそわと弓をいじりだし、屍鳥が低く鳴く。母はさらに続けた。
「何が原因であれ、好機です。後任が誰であれ、コンラッド王より実力も経験も劣っているのは間違いありません。これで王妃が退けばそれでよし、粘るようなら――」
母はそこでたっぷりと間をおいた。
「見る影もないくらい、叩き潰してさしあげるまで」
そしてこう締めくくる。室内の全員が、背筋が凍る思いだった。
「御方さまもこうおっしゃっておられますし……今後のことが決まって、よかったですね」
「ホントだねえ。じゃ、あたしたちはこれで失礼しまーす」
「お待ちなさい」
気まずそうに部屋から出て行こうとする、クラーラと屍鳥。その背中に向かって、母が言った。




