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凶報を告げる鳥

 そんな危機感のもと、人員を入れ替え続け休み無く探した結果、有力な情報提供者をようやく見つけた。王宮で財務補助をしていたという女で、遠慮がちにこう語ったという。


「実は、トルテュ王のお父上にも、精神的に不安定な時期がおありだったんですよ」


 幸い誰かに怪我をさせたりはしなかったため、表面化はしなかった。しかし王宮内では側近の誰も彼もを疑い、王妃すら近づけなかった時期があり、世継ぎができないのではと皆が気を揉んだ。


 そこで王が警戒しなかった女を一人、特例として侍女に昇格させる。王妃は抵抗したが、世継ぎのことを持ち出されると受け入れざるを得なかった。


「その女性は……数年は王に添っておられました。王妃様としては、それは面白くなかったでしょう」


 そのため、王の状態が良くなると、すぐに女性は里へ帰された。公式な文書からは一切彼女の名前が消され、完全に『なかったこと』になっている。


「しかし、何かしらの痕跡は残ってしまうものです」


 その女性が妊娠していることは明らかだった。戦が続くこの魔界、王の子供は一人でも多い方が家の安定につながる。よって堕胎されることもなく、国庫からこっそり金まで出ていたという。


「いくら払われていたかどうかはわかりません。ただ、王の子ともなればはした金ではないはず。そこからたどっていくのがよろしいでしょう」


 老いた女性から聞き出せたのは、そこまで。彼女は後のことを頼む、と間者に懇願してから去っていったという。彼女の思いに応えるべく、さらに間者たちは働いた。その結果、ようやく送金記録までたどり着き、そこに公務では説明のつかない金の出入りを確認したのだ。


(昨日の定期報告は、これで終わりか)


 ここまでつかんだのなら、今日は子供の居場所までわかってもいいはずだ。アレクはすでに二本も香酒の瓶をあけている。間者が報告に来たら、彼らにもふるまってもいい。


 しかし、部屋に入ってきた間者の男女は、朗報を持ってきたにしては落ち着きがない。アレクが酒をあけているのを見ると、一層その色がひどくなった。


「あの……アレク様……」

「すでに祝う気満々なところ、誠に申し訳ないのですが……」

「不吉さしか感じない前置き」


 さっきまで膨らんでいた気持ちがしぼむのを感じながら、アレクはうめいた。はしゃいでしまった自分が、すでに強烈に恥ずかしい。間者たちは互いに目配せをしていたが、やがて男の方が口を開いた。


「王の子の行方は、突き止めました。しかし、我々がそこへ行ってみると――村そのものが、なくなっていたのです」


 体が卓にぶつかり、酒が床にこぼれる。つま先が濡れたまま、アレクは呆然としていた。


「村ひとつなくなるような戦があれば、わかるはずだ」


 だからもう一度、と言いかけてアレクは口をつぐんだ。集落が消えてしまう原因は、本当に戦だけなのか?


「……地神の怒りか」


 間者は無言でうなずいた。それからぽつぽつと、自分たちが探り当てたことを話し出す。


 アレクたちのいる城と違って、庶民の家は木と粘土でできている。御子の母も、それと知れないように周りの村人と変わらない、つましい住居で暮らしていた。大金が有るとわかったら、かえって我が子が危険だと判断したのだろう。


 しかし、その配慮が完全に裏目に出る。崩れた山は、周りの家もろとも全てを押し流した。今も、死体すら見つかっていない村人が多い。御子もその一人だという。


「なんてことだ……せっかくここまで追い詰めたと思ったのに」


 地神の怒りは、王妃への裁きだと信じていた。しかし、それは大間違いだったのだ。


「最後の最後に、神が力を貸したのはあの女だったということか」


 アレクは椅子に腰掛け、つぶやく。今まで走り回ってくれた部下たちに、何か言葉をかけてやらなければならないことは分かっていた。しかし、どうしてもふさわしい台詞が見つからない。結局、その日はなし崩しにお開きとなった。


 アレクが寝室に戻っても、屍鳥すら姿が見えない。餌も手つかずで残っている。万が一彼が戻ってきた時のために、アレクは窓をあけておいた。


 しかしその夜、屍鳥が戻ってくることはなく、風に吹かれてめくれた本だけがかすかな音をたてていた。




☆☆☆



 アレクが祝杯をあげられなかったのと同じ夜。遠く離れた古城で、今まさに美酒に舌鼓をうっているコンラッド三世がいた。


 彼がいる室内に、派手な装飾は一切無い。ただ使われている木材や石材は、月の中でもうっすら光沢が分かるくらい良い品だった。限りない戦場を駆けてきたコンラッドにとって、華美な部屋よりもこれくらいの方が居心地が良かったのである。


(どいつもこいつも、自分の貧相さを誤魔化すように周りを飾り立てる)


 自信があれば、そんなことをしなくて済むのだ。心の中で、コンラッドはうそぶいた。若い頃から戦場を駆け回る生活だった。しかしそのおかげで、好きなモノを好きなように食べても、体型は昔のままだ。


(戦の結果、領地は増える。しかも体を動かさない奴らは先に死ぬ。いいことずくめだ)


 コンラッドはさらに何倍か酒をあおる。すると、胸のあたりに鈍い痛みが走った。


(おっと、またか。……冷えてきたからだな)


 最近たまにあるのだ。酒を飲んだり、外から帰ってきた時に痛みが出ることが。じっとしていればそのうち治ってしまうのだが、いい気分の時に出るとなんとも忌々しい。


(そろそろ休むか)


 歳のせい、とは思いたくない。コンラッドは疲れが原因と決めつけて、床に入った。すぐには寝付けず、ぼんやりと天井を見つめる。いつものそっけない風景――


「こんばんは」


 そこにいきなり、白い骸骨頭が浮かび上がった。思わず声が出そうになるのを、コンラッドは理性で押しとどめる。同時に、枕元の剣をつかんで相手に斬りかかった。


 しかし、骸骨の動きの方が速い。ジグザグに動くことで、コンラッドの短刀をいなす。落ち着いてよく見ると、骸骨の頭の下に黒い体と羽がついている。


(ちっ、屍鳥か)


 そうだと分かっていたら、体の方を狙ったものを。乱れた息を整えながら、コンラッドは悔しがった。


「王の許しもなく寝所に入ってくるとは。生きて帰らぬ覚悟はあるのだろうな?」

「吉報をお持ちした使者に、そこまできつく当たられることもないと思いますが」


 コンラッドがすごんでも、屍鳥は平然としている。鳥の足には、確かに上等な巻紙が結わえ付けられていた。


「……見せてみろ」


 紙の見事さと、使い慣れしている屍鳥の様子が、コンラッドに首を縦に振らせた。巻紙を開き、何気なく目を通す。そこに書かれている文字の意味を理解した瞬間、コンラッドの血が沸騰した。


(何だ、何だこれは)


 こんなものが、真実であるはずがない。もし本当だったとしたら、今まで俺がやってきたことは、なんの意味も……。


「か、がはっ」


 突然、コンラッドは胸を押さえてうずくまった。やり過ごしたはずの痛みが、またぶり返してきたのだ。しかも今度は、さっきよりはるかに強い。消えることなく、全身を鉄梃で踏みつぶされるような感覚が続く。


「おや、どうなさいました? そこに書いてあることが、よほどこたえましたかね」


 コンラッドの苦悶をよそに、屍鳥がつぶやく。


「しかしそれは、真実です。あなたのやったことは間違いではない。ただ惜しいことに、最も重要な駒を見落としていた」


 コンラッドの手から、巻紙が滑り落ちる。屍鳥がすかさず、それを拾い上げた。


「それでは失礼。かわいそうだとは思いますが、私にはあなたより大事な主人がおりますので、助けを呼んだりはしません。――運が良ければまたお会いしましょう」


 屍鳥の羽ばたきが、かすかに聞こえてくる。それとほぼ同時に、コンラッドの目の前が真っ暗になった。


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