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主役、交代

「動けないと言ったばかりのはずだが」

「『公式には』っておっしゃったでしょ。エルフの耳はいいんですよ」


 胸を張る彼女に向かって、アレクは苦笑いしながら言った。


「その通りだ。隣のことだと楽観していると、今度はこっちに火の粉が降りかかってくる。とにかく、バティール内部をなんとかするのはやめよう。今はグレシーの方にかまをかける」

「バティールを落としても、うちと連戦になれば損害が膨らむと脅してみますか。お任せあれ」


 裏方作業が好きなニコラウスはもみ手をしたが、他の二人はつまらなそうに鼻を鳴らす。


「なんか、最近こんなのばっかりですねえ。たまにはぱーっと暴れたいな」

「同感だ。悪女がいても手は出せないとは、もどかしいにもほどがある」

「あんたはこの前情報をつかんできたじゃん。私、最近ほんとに何もしてない」


 レオンより、クラーラの方が落ち込みが激しい。アレクは彼女の肩をたたいた。


「いざとなったら、休むヒマがなくなるぞ。今は骨休めだと思えばいいんだ」

「……わかりました」


 クラーラは一応、肯定の返事をした。しかし、嫌な予感がする。アレクは顔をしかめた。部下がいなくなってから、アレクはこっそり屍鳥を呼び寄せる。


「騎士たちを送り返す手はずなら整っていますよ」

「いや、しばらくクラーラを見張っててくれないか。勝手なことをしそうな気がする」

「アレク様も心労が尽きませんね」


 屍鳥はしみじみ言うと、闇を切り裂くようにして飛んでいった。




☆☆☆



 努力はいつも、報われるとは限らない。アレクは身をもって、それを実感することになった。隣国はまさに泥沼と言えるほど、赤派と白派の戦闘が激化している。頼みの綱だったグレシーも、全く取引に応じようとしない。こちらが舐められているのは間違いなかった。


「今は動くときではありません。気晴らしに人間界にでも行ってはどうですか」


 終いには、母まで遠回しに休養を勧めてきた。彼女は妙に落ち着き払っている。アレクはやさぐれて、毎日意味もなく屋敷を歩き回っていた。


 そんなある日、興奮した様子で母がアレクを呼び出した。


「赤派と白派で、和平のための会談が開かれますよ」


 母は態度の端々にうれしさをにじませながら、さらに続けた。


「流石に両陣営とも、犠牲が大きくなりすぎたようです」

「あまりに消耗がひどいと国そのものがなくなる。それだけは、両方とも望んでいないのでしょうね」


 アレクは言いながら、母に聞いてみた。


「……分かっておられたのですか? こうなることが」


 素直に言ったのが良かったのか、母は微笑んだ。


「完全な形で理解していたわけではありませんよ。ただ、物事にはどんなことでも流れが存在します。大事なのは、余計な時に動かぬこと。そして、動くべきことに乗り遅れぬこと」

「ははは……」


 アレクはただ笑うしかなかった。やはりこの人は『怪物』だ。しかし、怖がってばかりもいられない。王を名乗る以上、この人をいつか乗り越えていかなければならない。


「良くも悪くも、今回の会談で必ず状況が変わる。それを捕まえてみせます」


 アレクは胸を張った。久しぶりに、顔が高く上がる。


「して、どうします?」

「……まだ、バティールにうちの間者が残っていますね」


 なんとか、反撃のきっかけをつかみたい。そのためには、諦めないことだ。




☆☆☆



 和平会議、といっても、その実体は憎み合う二派が落としどころを探すものに過ぎない。そうと分かっていても、オーリク伯の歩みは速くなっていた。


(決着させねば、グレシーが本気でこちらを食い破りに来るからな……)


 王妃のとった戦略の危うさは、すでに彼も気付いている。赤派の中ですら、意見が割れているのだ。


(特に、若い分あいつの反対はひどかった。誰のおかげで偉くなったかも知らないで)


 オーリク伯は心の中で愚痴をこぼす。頭に浮かんでいるのは、大きな顔をしている義理の息子のことだった。


(王弟の実子でもないのに、まるで王冠を戴いたかのようだ)


 オーリク泊は肩を落とす。城門は、すぐ目の前にあった。馬から下り、衛兵の前を通り過ぎる。この城は何度も仕事で訪れているため、気安い思いのまま扉をくぐった。


「シモン……」

「お帰りなさいませ、義父上」


 そこに義理の息子が、腕組みして立っていた。見慣れた男のはずなのに、オーリク伯たちはそろって動きを止める。目の前にいるシモンが、真っ白な鎧に身を包んでいたのだ。


「これは一体、なんの真似だ」


 オーリク伯が、ようやく言葉を絞り出した。その時、背後の扉が音をたてて閉じる。正面を塞いでいるシモンが歯を見せて笑った。


「この姿を見ても、まだお分かりになられないと?」

「狂ったか、シモン。いずれ手にするものの大きさを、一度でも考えてみたことがあるのか。トルテュ亡きあと、お前はこの国の王になれるのだぞ」


 礼も作法も忘れ、オーリク伯は唾を飛ばしながら問いかける。しかし、シモンは端正な顔を歪ませただけだった。


「そんな保証がどこにあるというのです?」

「何だと!?」

「所詮私は養子になったといっても、元は傍流の出。王家直系のあなたがいたのでは、いつ継げるのかもわかったものではない」


 シモンは腰の剣を抜き、オーリク伯に切っ先を向ける。


「かといって、貴方を追放することもできない。義母があなたを重用していますからね」


 はっきり聞こえるくらいの大きさで、シモンは舌打ちをした。


「全く、あの人は入れ込むと、他人の意見なんて聞きませんから」


 オーリク伯は汗が噴き出るのを感じていた。この城についてよく知っているということが、なお恐怖をかきたてる。特にこの場所に長居するのは、あまりにもまずい。


「そ、そうでもない。妃はお前を高く買っている。しかも私はこの年だ。その若さでそう達観することもあるまい」


 相手を持ち上げるために、何気なく言ったことであった。しかし、これが地獄への一本道であったと伯が気付くのは、シモンが怒りに体を震わせてからだった。


「買っている、と申すか。はは、ははは……」


 顔を歪ませながら、シモンは笑い狂う。様々な感情が一気に発露した男の姿を、オーリク伯はただ息をのんで見つめていた。


「それならば何故、俺や家臣たちの反対を押し切ってまで、グレシーと組んだ」


 やはり、彼が気にしていたのはそこだったか。オーリク泊は歯ぎしりをする。


「政治上の判断の結果だ。決してこの国土を奴らの好きにさせるつもりはない」


 オーリク伯はシモンに向かって吠える。しかし彼は、その姿を冷ややかに見ながら、一歩また一歩と後ろに引いた。


「う……」


 もはや自分は、見捨てられたのだ。事実を悟ったオーリク伯の心臓が、激しく脈をうつ。


「無駄話は結構。後は墓の下で好きなだけ寝言をおっしゃれば良い。私は私の道を行きます」


 シモンがとうとう、城内部へつながる大扉に手をかけた。そして一切振り返ることなく、中へ体をすべりこませる。


「待て!!」


 頭の中では、無駄なことだと分かっている。それでも、生きようとする本能が上回った。オーリク伯は前方の扉めがけて、全速力で走り出す。


 しかし、扉はきしみながら、はるか手前で閉じてしまう。そしてそれと同時に、左右の壁の小穴から槍が突き出された。


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