新たな脅威
一日中気を張っていたこともあり、白派司令官はうとうととまどろんだ。眠気が押し寄せ、瞼が自然に下がってくる。しかし唐突に、外から野太い声が聞こえてきた。同時に、太鼓やラッパも鳴り響く。
司令官は武器を片手にはね起き、辺りの様子をうかがった。声はするが、攻めてくる様子はない。一定の距離を保ち、円陣を組んでこちらを見守っている。
(幼稚な手を……)
相手を寝かせず、精神的に削り取るつもりだ。しかし、そんな方法は少し兵学をかじった者なら誰でも知っている。
「通達せよ。こちらを消耗させようとしているだけだ。見張りの当番以外は休息をとれ」
「しかし、すでに兵たちがかなり動揺しています」
「なんたるザマだ」
司令官は舌打ちをした。鍛えてきたつもりだったのに、なんと情けないことか。
「俺が直接話をしてくる」
言いよどむ部下を置いて、司令官は天幕を飛び出した。砂地は日が落ちると、一気に気温が下がる。自分の吐いた息が白くなるのを見ながら、司令官は闇の向こうを見据えた。
「なっ」
司令官の喉から、思わず声が漏れた。灯りの中に見えた敵の旗。間違いであってくれと祈りながら、何度も瞬きをする。しかし、目の前の軍勢は彼を嘲笑うかのように、ますます大きな音で音楽を奏で始めた。
本国の白派に、軍の敗走が伝えられたのは、その翌日のことである。
アレクの屋敷に、わずかな手勢を連れた騎士たちが駆け込んできたのは、夜も更けた頃だった。知らせを受けた門番が困惑した様子で、アレクに来客があったと報告してくる。
「本来ならお帰りいただくところなのですが、戻るくらいならここで首を落とすとおっしゃるので……」
そんなプレゼントいらない。レオンもそうだが、騎士は首をかけるのが好きなのか。アレクは急いで、客に会ってみることにした。部下たちを伴い、玄関ホールまで出向く。
「しかし、あちらから中まで来るべきでは?」
最後尾にいるレオンがぼやく。アレクは苦笑いした。
「本来ならな。ただ、今回は二つの理由で無理なんだ」
「二つ……?」
「一つ目。相手がいまいち信用できないということ。なんと、バティールからの客だそうだ」
赤派と白派に分かれて、小競り合いを始めている連中。どちらの使いであっても、物騒なことを考えている可能性が有る。
「家の奥には入れたくないですよねー。で、もう一つは?」
「その客、怪我をしているので動かせない。戦帰りだと本人が言っているそうだ」
確かに先日、バティール領内で戦があったという情報が入った。つじつまは合っている。
「しかし、あれはかなり領地の北側で起こった戦であったはず。かなりの速度で来ないと間に合いませんがな」
「嘘ってこと?」
「その可能性もあるでござる」
ニコラウスが深読みをする。もうこれ以上ややこしい事態はごめんだ、とつぶやきながら、アレクは目の前の扉を開けた。
そこでは、全身傷だらけの騎士たちが座り込んでいた。すでにアレクお抱えの医師たちが、応急処置を済ませている。彼らの武装は全てひっぺがされ、ホールの隅にひとまとめにして置いてあった。
(白派か)
泥と血で汚れていたが、鎧は白色だった。アレクは騎士たちに近づいていく。
「お、おお。アレキサンダー様でございますか」
騎士たちの中で一番体格のいい男が、体を起こした。かなりの手傷を負っているらしく、包帯でぐるぐる巻きになっている。かがんで礼をしようとする彼を、アレクは制止した。
「非常時だ。楽にせよ。なんの用で、こんな夜更けにやってきたのだ」
アレクが聞くと、騎士は咳き込みながらも懸命に話し始めた。
「先日戦があったことは、すでにご存じのはず。我らが敗れたことも」
「知っている」
「油断や失策があったことは否定いたしません。しかし、大敗を喫したのには他の理由もあったのでございます。突然、グレシーの兵が現われ、四方八方から矢や魔法を……そのため本陣は大混乱に陥り、多くの兵が命を落としました」
肩を落とす騎士をみながら、アレクの部下たちがささやきあう。
「グレシーって言ったよね」
「クラーラ殿にも聞こえたので有れば、我が輩の聞き間違いではありませんな」
「馬鹿馬鹿しい。グレシーがバティールを助けに来るわけがない」
三人の対応は、共通して冷ややかだった。無理もない、とアレクは思う。グレシーは、バティールと国境を接する軍事国家だ。この二国は昔から仲が悪いことで有名で、「いつか殺す」が合い言葉のようになっている。いわば、長年のライバル。手を組むことなど、ありえないと思われていた。
「にわかには信じがたいな」
アレクはつとめて冷静に切り出す。すると騎士が体を震わせた。
「あの女狐が話をもちかけたに決まっております。確かにあれはグレシーの兵でした」
「しかし、衣装だけなら偽装もできるでござろう。あれだけ仲の悪かった国が、急に態度を翻すとは考えにくい」
ニコラウスが渋い顔で言った。すると、レオンが口を開く。
「武器はどうだった。遠目でもいい、見たことを教えてくれ」
「と言いましても、普通の剣や鎧で……ああ、そういえば。やたら長い弓を使っておりました。大の男の背丈ほどもある……」
騎士の話を一通り聞いたレオンが、ため息混じりに言った。
「本当のグレシー軍かもしれません。長弓を好んで使うのは、グレシーの典型的な作戦です」
「しかし武器も偽装できるのでは?」
「あの長さの弓を作るには、柔軟で強い木が大量に必要です。しかも、射手には大きな弓を引くだけの筋力と技術がいる。王妃が慌てて表面だけ真似しようとしても、できるわけがない」
衣装だけなら、かき集めて似せさせることもできる。しかし、武器の製造と鍛錬には技術が必要ということか。アレクはうなずいた。
「……グレシーの参戦は決定的か。大胆なことを」
アレクがつぶやくと、騎士が泣きそうな顔で叫んだ。
「国が二つに割れ、その上外国まで入ってきては、本当にバティールは滅びまする」
彼の叫びを聞いた他の兵たちも集まってきて、必死に白派への助力を乞うてくる。その様子から見て、彼らは本物の白派のようだとアレクは判断した。しかし、アレクは彼らの訴えを丸呑みにするわけにはいかない。
「今の状況では、我が国は公式には手が出せない。バティール国内から正式に要請があったのでなければ、内政干渉になる」
「しかし王の印もなく、赤派が勝手にやったこと」
「うちが軍事的被害を被ったわけでもないしな」
「そんな」
悲鳴に似た声が次々あがる。しかしアレクはこれを突っぱねた。
「以上だ。せめてもの情けとして、赤派に引き渡しはせんから安心しろ」
後ろからの声には構わず、アレクは兵たちに背を向ける。すぐに彼らは静かになった。
「とりあえずお眠りいただいたでござる」
かわってニコラウスのつぶやきが聞こえてきた。
「ちゃんと効いたか」
「我が輩の薬の威力は絶大。皆さん、すぐお休みで」
アレクが振り向くと、いびきをかいている騎士たちが担架に乗ってホールを出て行くところだった。勝手に盛って気の毒だったが、感情の高ぶりのままに腹かっさばかれたら迷惑なのだ。
「……ここへきて、第三国の乱入ですか。騒ぎになりますよねえ、間違いなく」
クラーラが言った。アレクが黙っていると、彼女はさらに続ける。
「で、私たちは何をしましょう」




