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引き裂かれる王朝

「あんたのせいで、あの人が!!」


 彼女は全身をくねらせ、髪をかきむしる。もちろんあの人、とはファビアンのことだ。


(よほどご執心だったのかしら。もう元の夫はどうでもいいみたいね)


 思ったより深く、伯爵夫人はあの男に入れあげていたようだ。そしてまだ恋の炎が消える前に相手が死んでしまったので、なおさら敵意が強い。


「なにをおっしゃっているのかわかりませんわ。大事なのは、一点のみ。王の健康が優れず、ファビアン様が悲しい事故で亡くなられた以上、誰が政の中心になるか決めることよ」

「……しゃあしゃあと。あなたもあなたよ! こんな女の尻馬に乗るなんて」


 伯爵夫人は、元の夫を落としにかかった。しかし、オーリク伯は毛一本たりとも動かさない。


「君がしたことを思い出してみたまえ。人をどうこう言える立場かね?」


『先に浮気したのはお前だ』と言っているのだ。これを言われると、夫人は分が悪い。彼女はしぶしぶ、この戦法を諦めて引き下がった。その後は、またぐだぐだした話に戻る。


 王族という旗印はどちらにもいるものの、方や狂った王とその叔父。方やもう一人の叔父と王妃、高名な貴族たち。今のところどちらが有利ともいえなかった。


(さて、そろそろかしら)


 こうなることを見越していたリリアーヌは、頬杖をついた。計画通りなら、彼らは正面の扉からくるはずだ。


 ばん、と大きな音がしたのは、そのひと拍後のこと。武器をかまえた男たちが、広間に踏み込む。全員で十数人、白い鎧や長衣に身を包み、物々しい雰囲気だ。


「な、何者だっ」


 室内から声が上がる。しかし、男たちがそれに答えることはなかった。先頭の男が、リリアーヌに向かって手を広げる。リリアーヌは口を固く結び、衝撃に備えた。


 轟音が響く。自分の足が地面から離れるのを、はっきり感じた。意識がそこで途切れる。


「……リリアーヌ様。リリアーヌ様」


 聞き慣れた間者の声で、王妃は目を覚ました。体をあちこち動かしてみるが、重い怪我はない。しかし、気に入りのドレスがあちこち破けているのが見えて、リリアーヌは顔をしかめる。


「まあ、ひどい」

「だいぶ手加減させていただきましたがね。効果はあったでしょうから、それでよしとしていただかねば」


 襲撃の全ては、リリアーヌが仕組んだ茶番であった。会議場の警備を買収し、偽物の白軍を会場内へ紛れ込ませる。そして自分を襲わせ、向こうにはめられたと主張するのだ。


 危険な真似をしなくても、とオーリク伯は止めたが、実際にやられないと説得力に欠ける。そのため、リリアーヌはあえて魔法をくらってみせたのだ。後は適当にその場を荒らした後、男たちがリリアーヌを回収し、早々に姿を消して事件は終わる。


「警備の者はもう、黙らせたわね?」

「今頃神と対話しているでしょう。そんなものがいれば、の話ですが」

「それならいいわ」


 今回の準備には、だいぶ金を使った。余計なことをしゃべられたら、全て水の泡である。


「この後はどうなさいますか?」


 間者に聞かれて、リリアーヌは考えた。このまま戦に踏み切ってもいいのだが、もう少し大義名分がほしい。


「仕事ついでにもう一つ。その格好のまま、私の侍女や使用人を殺しておいてちょうだい」

「ああ、向こうの非道さを強調するわけですね」


 間者はあっさり、首を縦に振った。


「人選はどうします」

「年寄りを優先的に狙ってちょうだい。よたよた動くだけで、なんの役にも立たないもの」

「わかりました。しかし、大衆は若くて美しい女が殺されるのを好みます。少しはそちらも入れた方がよろしいかと」


 間者の意見を容れて、リリアーヌは思いつくままに数人の娘の名をあげた。


「明日、私は奇跡的に家まで戻ってきた。そこで、使用人の死体を発見するという流れよ。それから公式に声明を出すわ」

「ああ、返事が来たのですね?」


 以前リリアーヌが送った手紙は、二通あった。一通はオーリク伯に、もう一通は……誰も予想しなかった男に。


「ええ。色よい返事だったわ。これで不安要素はなくなった」


 リリアーヌは笑った。血まみれになることを厭わぬ赤き女王に、白の奴らはどれだけ耐えられるか、見物だ。



☆☆☆



 赤い旗のオーリク伯と、白い旗のジュネ伯がぶつかる日がついにやってきた。まず動き始めたのは、赤派である。白派の有力者であるジュネ伯夫人の故郷、サンドミリオンを完全に包囲したのだ。


 これは明らかに過剰な行為であり、明確な挑発であった。すぐにサンドミリオンへ援軍の派遣が正式に決定した。


 現場はほとんど草木のない砂地。完全に日が昇ると、金属製の鎧をまとった兵士たちが暑さで倒れていくことは容易に想像できた。そのため、白派は早朝に移動を開始する。しかし、赤派は完全にそれを読んでいた。


「くそ、また赤の奴らだ!」

「囲まれないよう注意しろ!」


 赤派は高い機動力を生かし、移動と離脱を繰り返した。その都度追い払うことはできても、いちいち立ち止まるので白派の進軍はどうしても遅くなる。


 そしてついに、白派の司令官が最も恐れていた報告が飛び込んできた。


「各部隊に持たせていた水が、底をつきかけています。このままでは、敵の本陣にたどり着くことすらままなりません」


この報告をうけた司令官は、やむなく作戦を変更した。


「全隊、北にあるマレーの泉へ進路を変更しろ。補給を済ませてから、本来のルートに戻る」


 しかし、赤派にとってはそれすら織り込み済みだった。急に進路を変えたはずの白派にも全くうろたえない。むしろこれまでより充実した部隊と装備で追いかけてきたのだ。


(ここは奴らの庭……全て読まれていたか、畜生)


 白派の司令官は歯ぎしりして悔しかったが、すでに引き返すこともできなくなっている。結局、泉にすらたどり着けないまま、日が暮れてしまった。せめてもの救いは、暗くなると同時に赤派が陣へ戻っていったことだ。


 もう本日中は攻めてこないだろうと判断した司令は、天幕を張り、火をたくよう指示する。そして近くに川がないか兵を偵察に行かせた。そこまでやって、ようやく司令官も一息つくことができた。



☆☆☆



「では、参る」


 目の前の屈強な男が流れるような動きで立ち上がり、天幕を出て行った。彼の姿が見えなくなると、赤派の軍人たちからため息が漏れる。


「……本当によろしいのですか?」


 一人が口を開いた。それは全員の総意である。司令官は答えた。


「もう決まったことだ」

「しかし!」

「迷うな。我々はこの国に忠誠を誓ったのだ」


 司令官は天幕に刻まれた、王家の紋章を指さす。それは王妃が来る以前から、代々受け継がれてきたものだった。


「意思持つ王のない国は荒れる」


 たとえ、その背後に何者かがいると分かっていても。狂った王など邪魔なだけだ。そして王家の名を抱く勢力は、二つも必要ない。


「さあ、行くぞ。奴らが本当に眠り込んでしまう前に、仕掛けるのだ」


 司令官は発破をかける。暗い顔になっていた他の者たちも、それをきっかけに次々と立ち上がった。


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