第一章ー15
「会長、嶋先輩の全力ってどう言うことですか?」
愛斗が香に問う。
今まで練習も含めて海が『全力』を出した所を見たことが愛斗には無かった。
「んー私達も実はあんまり嶋君の事知らないんだよねー。チーム戦の時も指示役に徹してくれていたから……」
「嶋君自身は無属性しか使えないとは言ってたけど……基本的に自分の事は話さないからね嶋君は」
香と阿澄も海の事を詳しく知らないらしく言葉を濁す。
愛斗は未だ四人が立っているフィールドに目を向けた。
ーーーー
フィールドでは寧々と海が話していた。
「じゃあ行こうか寧々」
「あぁ!」
呼び方にいちいち目くじらを立てなくなっている寧々が元気に頷く。
そして二人が貴人と悠奈に向き直った。
「千凪君、氷上さん、今からが本番だよ!」
「嶋先輩口調が変わってる……」
いつものおどおどしていた海とはまるで別の人間のようになっている。
そして海と寧々の二人が動き出しま。
「接続《コネクト!》」
「術式展開!」
そう言いながら海は寧々の肩に手を置き、寧々は術式を展開する。
寧々の足元に幾何学模様の円が土属性のディーヴァで浮かび上がった。
それを見てまたもや観客がどよめく。
貴人達も驚く。
「 術式!?」
「貴人気をつけて! 嶋先輩も何かマギを発動してるよ!」
二人は警戒する。
「行けるぜ海!」
「分かった! 同調! 」
海がそう唱えると海の足元にも寧々と全く同じ術式の幾何学模様が浮かび上がった。
「な!? 嶋先輩の足元の術式って寧々さんのディーヴァだぞ!まさか嶋先輩って……」
「一応ホルダーだよ。本戦の時まで使うつもりは無かったんだけど、まさか初戦で使うとは思ってなかったよ」
「まじかよ……」
「といっても僕の能力は他の人と僕が望んだものを共有出来るだけなんだけどね」
貴人は苦笑する。
何が『だけ』なんだ、と。
「行くよ二人とも!」
海と寧々は一斉に声を上げる。
「「土鎧!」」
二人が唱えた途端、二人の体が土で覆われ、やがて土で出来た鎧と化す。
「氷柱!」
相手が術式を展開している隙に悠奈が嶋達の頭上に鋭く尖った氷を落とした。
ドドドドドドッ!!!!!!!!
凄まじい音と共にフィールドに氷が突き刺さる。
「ふぅ」
大技のマギを連発したことでディーヴァを消耗した悠奈。
砂煙が上がっている方へ視線を向ける。
そこには平然と立っている二体の鎧があった。
「悠奈! あいつらそうとう丈夫に出来てるぞ! 一人ずつ接近戦に持ち込んだ方が良さそうだ!」
「了解!」
そう提案すると貴人が海の方へ、悠奈が寧々の方へ向かって走り出す。
すると二つの鎧が同時に右手を挙げる。
右手には土属性のディーヴァが纏われている。
「土刀」
二人の右手から土で形成された細長い刀が現れる。
「術式を展開しながらマギを発動した!?」
観客席で愛斗が声を上げた。
「はぁ!」
その間に貴人は海に右ストレートを鎧の胴体に入れる。
ガンッ!!!!!!!
鈍い音がして鎧を纏った海が後方へ飛ばされるが鎧に損傷は無い。
「やっぱこれじゃ無理か……」
貴人が独り呟く。
今度は海が貴人に刀を振るってくる。
動き方が寧々と全く同じだ、と貴人は思う。
「まさか動き方も共有しているのか!?」
海の猛攻をなんとか躱しながら貴人は悠奈の方へ視線を少しだけずらすと二人はほぼ互角に戦っていた。
片方は土で出来た刀を、もう片方は右手を氷の刃と化して激しい攻防戦を繰り広げていた。
視線を戻すと海が貴人目掛けて刀で横に一閃しようとしている。
「やばっ!」
焦りながら貴人は後退する。
シュッ、という音がして貴人の服に切り目がつく。
「まだだよ!」
貴人を追撃する海。
貴人はひたすら躱し続けた。
ーーーー
「まさか嶋君がホルダーだったなんて思わなかったよ……」
「高倉さんも術式を展開しながらマギを発動させられるとは思わなかったわ。でも嶋君に対する驚きは別格ね」
自分達が知っている嶋海という人物は本当にあそこに立っている人物と同一人物なのだろうか、と香は思う。
阿澄もそう思っているのだろう目を大きく見開いている。
「貴人達が圧倒されている……」
愛斗はこの展開を予想していなかったのか息を呑んでいる。
「それは違うな」
突然後ろから声がする。
腕組みをした楓だ。
「カエデちゃ……百地先生、それはどういう事ですか?」
愛斗の質問に視線は試合に向けたままで楓が答える。
「普通に考えてみろ、高倉は今一人で二人分の術式とマギを発動させているんだぞ? 一人分の術式だけでもかなりのディーヴァを消耗するのに二人分ともなるとその消費量は尋常じゃ無いだろうな」
「なるほど……」
「それに嶋はプライベートアビリティだから詳しくは分からんが少なからず自分のディーヴァを消耗しているはずだ。どちらかのディーヴァが尽きて一対ニになってしまったら不利になるだろう。ましてや相手があいつらだから確実に負けるだろうな。つまり嶋達が千凪達をディーヴァが尽きる前に戦闘不能にすれば嶋達の勝ち、千凪達が嶋達のディーヴァが尽きるまで耐え抜くか、どちらかを戦闘不能にすれば千凪達の勝ちになるということだな」
楓の説明に得心がいった様子の愛斗。
「あのー先生、一つ聞いてもいいですか?」
香が口を挟む。
「嶋君がホルダーって事知ってましたか?」
「知ってるわけ無いだろう? そもそもうちの学校、いや、日本の学生の中にホルダーがいるとは思いもよらなかったよ」
「ですよね……」
香の問いに返答する楓。
ホルダーの存在は世界中を探しても滅多に見つからない。
まして日本の学生にホルダーが存在しているとは露にも思わないだろう。
香も実際にホルダーの能力を目の当たりにしたのは初めてだ。
「そろそろ高倉のディーヴァが尽きる頃だろう。どうなるか見ものだな」
楓の言葉で愛斗達三人も試合に目を向け直す。
ーーーー
フィールドにはまだ四人の姿があった。
「くっ! どんな貯蓄量だよ!」
こう言いながらも貴人と悠奈は鎧の猛攻を防ぎきっていた。
海が貴人目掛けて刀を縦に振る。
それを右に避ける貴人だが、刀が空を切る前に海が刀を振るうのを止め、左脚で貴人を蹴り上げようとする。
「フェイントか! 」
貴人はそれよりも早くその脚から距離をとる。
直線的な攻撃は寧々の戦闘技術、フェイントなどの変則的な技術は海自身のものだろう。
最初はいきなりのフェイントに少し対処が遅れていたが、今はフェイントにも素早く反応出来るようになった貴人。
徐々にキレイに躱されていくため海の心に焦りが生まれているのか雑な動きになってしまっている。
それがより貴人に余裕を与えた。
「なんで当たらないっ……!」
この海の一瞬の隙を貴人は見逃さなかった。
「終わりだっ!」
「しまっ……!」
ガッ!!!!!!
貴人は鎧の下あごに掌底打ちを入れる。
この一撃が海に大きな衝撃を与えたらしくそのまま地面に倒れこんだ。
「海!」
海の異常に気付いた寧々が悠奈を無視し海の方へ走り出す。
術式を破棄し、鎧の中から今にも泣き出しそうな寧々が出てきた。
もうすでに寧々は術式を展開し続けるだけのディーヴァは無い。
寧々が意識を失った海を抱える。
少しして海は意識を取り戻す。
「ん……寧々」
「大丈夫か!?」
声をかける寧々。
海は少しして自分が負けた事を悟ったようだ。
「な、なんとか……ごめんね、負けちゃって……」
「馬鹿野郎! 元々お前は多人数で戦うタイプだろ!? それなのになんでタッグ戦なんかに私を誘ったんだよ!」
寧々はボロボロになった海に怒鳴り続ける。
目からは涙が零れている。
「そ、それは……」
海が口ごもる。
「寧々が少しでも楽しいと感じて欲しくて……」
「なっ!? 」
予想していなかった答えだったのか動揺する寧々。
「ば、馬鹿野郎!そんな事は言うもんじゃないぞ!」
寧々は顔を真っ赤にしながら声を上げる。
「あ、あのー」
その間に貴人が口を挟む。
「イチャイチャしてるとこ悪いんですけど、この試合は俺達の勝ちって事でいいんですか?」
「イチャイチャなんかするか! 当たり前だろ? 海はこの通りだし私ももうディーヴァが残っていない。降参だよ降参」
寧々の言葉により貴人達の勝利が決まった。
瞬間、観客が湧き上がる。
「よくやったバカップル!」
「不良さん達もかっこよかったよ!」
「千凪君達おめでとう!」
「あのホルダーの人強かったね!」
四人に惜しみない拍手が贈られて貴人達はフィールドを後にした。
「それにしても嶋先輩がホルダーなんて驚きましたよ」
「ま、まあ誰にも言ってなかったからね・・・」
寧々に背負われた海が答える。
口調も元に戻っている。
「寧々先輩にも驚きましたよ。まさか術式を展開して来るなんて」
「私は術式無しであんな大技を行使できるお前を見て驚いたよ」
悠奈の言葉に寧々が返す。
まだ少し目が赤い。
「と、とりあえず初戦突破おめでとう! 僕達の代わりに優勝してね……」
「「はい!」」
海の言葉に二人は強く頷くのだった。