ラストエピローグ:『未解決(アンデリート)な日常、あるいは観測者たちの食卓』
エピローグ描くのも難しいものですね。
北野の丘を吹き抜ける海風は、土蜘蛛の怨念なんて最初からなかったかのように涼やかだった。再建中の学園はまだ休校中だが、俺の店『フォックス・テイル』のフロアには、戦いの日々よりも騒がしいノイズが充満している。
「……やはり、このメロンソーダの炭酸の弾け方は、葉子さんのオムライスの『黄金の比率』を際立たせるための計算が含まれているね。安倍くんの適当なサーブとは格が違う」
カウンター席で、保憲が銀縁メガネをらんらんと輝かせながら、完璧な断面のオムライスと鮮やかな緑色のメロンソーダを交互に口に運んでいた。
「保憲さん、それただの気のせいやと思いますよー! でも見てください、この保憲さんの『オムライス全集中』動画、土御門のグループチャットで伝説のアーカイブ扱いになってます!」
隣で有世が、保憲の執着ぶりをタブレットで激写しながら大はしゃぎしている。
「おい有世、あんまり保憲をいじるな。……それより、あいつら本当に大丈夫か? 晴明のやつ、あんな面倒くさそうな顔して……」
博雅がメロンソーダのストローを噛みながら、呆れたように店の外をチラリと見た。視線の先では、俺がサンダル履きのまま、博雅の言う通り「この世の終わり」みたいな面倒くさそうな顔で、隣に並ぶ美少女――『もりかす』姿の道満に引きずられていく。
「源くん、心配は無用だよ。安倍くんの『魂の震え』を最も効果的に中和できるパッチは、今の彼には一つしかない。……芦屋のお嬢ちゃんが、わざわざあの姿を選んだ理由を、君の単純な脳細胞でも推測できるだろう?」
保憲は冷静に(だが目はらんらんとさせたまま)オムライスを咀嚼し、確信に満ちた声を出す。
「ま、そうですね! 晴明先輩、自分一人で死に戻った制約を抱えて、指先が震えるたびに『資格がない』なんてヘコんでましたけど。……あのもりかす道満先輩の怒号を聞けば、そんな感傷、一瞬でデリートされるに決まってます!」
有世がケラケラと笑う。店の外、北野の坂道からは、案の定「なんでこの姿やねん!」「修行の一環や言うてるやろ!」「次は酒呑童子編らしいで!」という道満の叫び声と、「はぁ、やりたかないねー……」という晴明の、最高にダルそうで、それでいて一年前にはなかったはずの、どこか安心しきったボヤき声が遠ざかっていくのが聞こえた。
なぁ、あんたならどう思う?
一年前、一人で死んで、全部なかったことにしようとした俺のログ。
それが、こんなにうるさくて、予測不能で、消したくても消せない連中にハックされ続けてる。
店の奥では葉子母ちゃんが「あらあら、いい食べっぷりね」と扇子を揺らして笑っている。
俺の右手の指先は、まだ時々、情けなく震えるけれど。
この「震え」ごと面白がって、強引に連れ出してくれる馬鹿野郎たちがいる限り、今日という未解決なノイズは、デリートせずに取っておくのも悪くない。
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマに」
店内に残った晴明の空気が、新しい日常のノイズに溶けて消えていった。
そんな日があっても良いだろ?今の俺には。
なぁ、あんたもそうおもうだろ?
……又いつか、北野の風が吹く頃に……
やりたかないのに陰陽師弐を執筆してシリーズにしていきます。




