見られていた、幼馴染み
店のドアを押し開けた瞬間、ぱっと明かりが飛び込んできて、反射的に目を細める。
同時に、蒸し暑さでじっとり汗ばんだ肌を、クーラーの冷気がすっと撫でた。……ああ、生き返る。
「おう、お疲れ」
店員に案内されて半個室へ向かうと、約束していた相手はもう座っていた。
「あいよ、お疲れさん。遅かったね」
軽く手を挙げ、爽やかな笑みを向けてくるこいつは神宮寺陽翔。
名前も見た目も、少女漫画から抜け出してきたみたいなイケメンだ。
「ああ、ちょっとな」
陽翔と飲みに行くと言ったら、麗佳が「いいないいな~、私も居酒屋行きたいー」とダダをこねた。
この前行ったばかりだろと言いたかったが、それは俺も同じだったので、なだめるのに思ったより時間を取られた。
……なのに、マックでも食べてろと千円渡したら、あっさり引き下がった。
現金なやつめ。
「もしかして、西園寺さんかい?」
席に腰を落としかけた動きが、ぴたりと止まる。
「なんで、そこで西園寺さんが出てくるんだ」
「すぐ否定しないんだね」
爽やかな笑みのまま、さらっと刺してくる。
「くそ……その無駄なイケメンスマイル腹立つわ。見透かすような態度すんな」
「おいおい、本音が漏れてるよ」
「聞かせてるんだよ、バカ。イケメンこじらせて爆発しろ」
「いきなり辛辣すぎない?」
二人で笑い合う。
俺は社交的なタイプじゃないが、陽翔はその逆だ。
自然な茶色の地毛に、気さくで人懐っこい性格。明るい空気をまとっていて、男の俺から見ても好印象しかない。
俺とは真逆だからこそ、噛み合うのかもしれないな。
「僕から見ると、浩一もワイルド系のイケメンって感じだけどね。
で、実際どんな関係なの?」
陽翔がタブレットを差し出してくる。
まあ……こいつ相手なら、別に隠すほどでもない。
「ああ、幼馴染みなんだ。親同士が仲良くてさ。赤ん坊の頃から一緒だ」
受け取ったタブレットには、既に飲み物が二人分と料理が何品か選ばれていたので、すっと目を通してから確定ボタンを押す。
「あー、そっち? てっきり付き合ってるんだと思ったよ」
「はぁ? なんでそうなる」
「前から薄々思ってたんだけどさ。西園寺さん、いつも淡々と仕事して、つまらなさそうにしてるじゃん。でも浩一といる時だけ、なんか楽しそうなんだよね」
「そんなの見て分かるのか?」
「まあ、人間観察は得意だからね」
楽しそうに笑う。
ああこれ、“面白い玩具見つけた”って顔だ。性格悪い。
それにしても、そこまで分かるものか……さすがだな。
「でもさ、さすがに今日は驚いたよ。休憩室で浩一たちが話してるの、たまたま見ちゃってさ。西園寺さん、あんなに性格違うんだね」
「見てたのか!?」
焦って思わず身を乗り出した、そのタイミングで店員さんが飲み物を運んできた。
俺は気まずさをごまかすように、いったん座り直す。
ビールが二つと、お通しの小さな揚げ出し豆腐。
それが置かれて、店員さんが去ったところで、陽翔が小声で続けた。
「安心しなよ。たぶん僕以外、見てない」
「……それは助かる」
「ま、一応気を付けたほうがいいよ。休憩室でイチャついてたら、今日みたいに誰かに見られるだろうからさ」
「そうだな……気を付ける。って、イチャついてねーよ」
「あはは。そうだね、“幼馴染み”だったね」
揶揄う言い方がムカつくのに、どこか嬉しいと思ってしまう自分がまた悔しい。
たぶん、それすら陽翔は見抜いてるから腹立つ。
「ま、とりあえず乾杯しようよ」
「そうだな。お疲れ」
「お疲れー」
グラスを軽く当てる。
陽翔はいつもみたいに、俺のグラスの“下”から当ててきた。
……乾杯の時、こいつは一度たりとも同じ高さにしてこない。
砕けた口調、気軽な関係になってからも、教育係と後輩としてのケジメみたいなところを未だに意識している。そういう妙なこだわりが、なんだか可愛い。
「なに笑ってるんだい?」
「別に」
陽翔は、ほんの少しだけ頬を赤くしていた。
しばらく仕事の愚痴と世間話で盛り上がったあと、陽翔がふと思い出したように切り出した。
「そういえばさ、今度うちに新しく人が入るみたいだよ」
「この時期に? 中途か。珍しいな……名前は?」
「そこまでは分かんない。ただ、浩一と同じ二十六歳だってのは聞いた」
「同い年、ね……」
顔も名前も分からないのに、“同い年”というだけで勝手に親近感が湧く。
そのくせ――なぜか胸の奥が落ち着かなかった。




