23話 魔力切れしちゃいました。
語学の選択の授業が終わり、私は次の時間は何の授業もないので生徒会選挙の準備の為に職員室に行こうと廊下を歩いている。
すると、学園の門の所が何やら騒がしい。
同時に隣にアーサーが立っていた。
「お嬢が行った方がいいかも。急いで。」
私は門に向かって全速力で走ったが5歳の足幅ではたかが知れている。
魔法でスケーターの様に空気を足裏に集めて滑るイメージで急いだ。
アーサーがこんな事言うなんて緊急事態が起きたって事だ。
門に着くと、門番の前に他国の服装でマントに包まって何かを抱きしめている女の人が泣きながら懇願していた。
「何でも致します。この子を助けてください。お願いします!」
「ここは学園だ。病人は医者の元に行ってください。」
門番は丁寧に言葉を発しながら女性を門の前から退けようとしている。
女性に近づいてその腕の中を見た瞬間、門番は勢いよく後ずさった。
顔色が変わり言葉が出なくなっている。
「お願いします。どこのお医者様も治せないとおしゃっていました。でもここならもしかしたらと聞いて来ました。」
門番は何も言えないでいる。
「どうかしましたか?」
「レイチェル様!」
私は女の人に近づいて、その腕の中が見える場所まで近づく。
その腕の中の子供は普通の人の姿をしていなかった。
前世で言うとツリー病などの様に皮膚が鱗の様になって全身、顔までも覆っている。
それも凸凹もあり肥大していたりする所もある。
私は震えて泣いている女性をその子供ごと抱き締める。
「いつからこの症状が出たのですか?」
「一歳になると手から徐々に…。もう呼吸をするのもしんどい様で…このままでは…。」
女の人の目からは止めどなく涙が流れる。
「遠くから大変でしたね。私が診ます。中に案内します。」
「レイチェル様!」
「この先、病院棟を作る予定で、まだ準備が出来ていないだけで、これからどんな病いの方も受け入れる予定ですよ。」
「しかし…それは移ったりしないのですか?それに…その様な異形な姿、見た事ないです!呪いの類いではないのですか?」
「移らない病気ですが…私が隔離部屋にお連れします。」
後ろにはアーサーが立っていた。
アーサーを引き連れて病院予定の診察室へと女性を連れて行く。
門番には、これから同じ様に病人が来たらなるべく私か医術の先生を呼ぶ様に言付ける。
女性に椅子を勧める。
女性は子供を大事に抱えながら椅子に座った。
「幾つかの質問を宜しいでしょうか?」
女性は涙を流しながら何度も頷く。
質問をしながらカルテを記入していく。
「この子を治す事は可能です。それに伴い珍しいこの病気を他の医師や生徒にも診せて頂くことは可能でしょうか?またこの病状の子に出会った時みなが治せるように…。」
「この子を…治せるとおっしゃいました?か??」
女性は涙が驚きで止まった様だ。
唖然としている。
流れ続けていた涙が止まっている。
「ええ、治せます。」
女性は椅子から崩れ落ちてまた泣き出した。
腕の中の子供も目とはわからない裂け目から涙が溢れていた。
私は女性を診察のベットに案内する。
他の人間を呼んでくる事を了承してもらいそのまま診療室を出ると職員室へと急いだ。
校内放送をお願いした。
まだ医術分野の確立がされていない今、希望者だけ来る様にと。
衝撃を受けるかも知れないので覚悟のある者だけ来る様に。
医術の先生は一緒に診察室に入ってもらう。
前世の医療ドラマで見るように下に手術ができる場所があり2階が全部ガラス張りで下の様子が見える様な部屋も作っている。
治療の最後はその手術部屋で行うが、先に診察室で皮膚や血液の採取などして、その後に魔法を巡らせるやり方で先生達に病状をより詳しく理解してもらう。
私以外も様々な病気を治療出来る様にならないと学校で医術をやる意味がない。
本当は魔法を使わなくても治療出来る状態までもっていきたいが…今は魔法に頼ろう。
先生全員がその子供、イヴの診察が終わった。
医者の先生達でも手袋越しでも触れるのを躊躇った。
生徒達も大きな衝撃を受けるだろう。
母親のニコラにイヴを抱きしめて貰ったまま手術室まで移動した。
手術室の2階の部屋には沢山の生徒が並んでいた。
ラインハルト様、ジャン、サルーン様、サル君、キャロル、アンナの姿も見えた。
お兄様の姿も見える。
チラと見えた顔は私に怒っている様だった。
ニコラが優しく部屋の真ん中の台の上にマントに包まったイヴを降ろす。
自分では動く事が出来ないイヴはそのまま微動だにしない。
マントを私が脱がせる。
その姿を見た瞬間息を呑む声が聞こえてきた。
イヴを優しく横に寝かせる。
2階の生徒に聞こえる様にマイクに喋る。
「今回は目に力を入れて見る事に集中してください。」
そう言ってから先生達にイヴに触れて貰う。
魔法の流れを直に感じて貰う為だ。
私のイメージの仕方もこれなら見えるだろう。
私は素手でお腹の真ん中を触れて目を閉じる。
元通りになっていく細胞、皮膚、臓器全てをイメージしていく。
ニコラに触れた時見えた元気だった時のイヴを強くイメージする。
そこから数年経った姿。
髪の毛もニコラと同じ黒髪で…
相当の魔力を使っている様で私の額から汗が一粒溢れた。
息が苦しい。
ほぼ人間1人の全ての臓器、皮膚を元通りにしている為、相当魔力を使っている様だ。
でも私の中には元通りの姿で笑い合うニコラとイヴの姿しか思い浮かばない。
そのイメージが手から流れ出ている。
先生達の息を呑む声が聞こえた。
2階からは騒めきが起こる。
私は瞑っていた目を開く。
イヴの皮膚は普通の5歳児のそれになっている。
髪の毛も黒髪が短く生えて、ニコラと同じ黒い瞳と紫の瞳が驚きで大きく見開いている。
ニコラは部屋の入り口でその姿を見ながら足から崩れ落ちて泣いている。
後一息だ。
額から汗が一筋溢れたのを感じた。
今度はニコラを見ながら肌の色を合わせたり髪の毛をもう少し伸ばす。
次の瞬間足に力が入らず倒れそうになる。
アーサーがいつの間にか隣に立っていて抱き止めてくれた。
そのまま私は気を失ってしまった。
魔力を使い過ぎた様だ。
目を覚ますとお兄様があまり見せた事の無い怖い顔でベットの横で腕を組んで座っていた。
「レイチェル。僕との数少ない約束を破ったね。覚悟した方が良いよ。」
いつもの微笑みでも悪い顔でもなく本気で怒ってる時の顔でお兄様は顔を覗き込んで髪を優しく撫でてくれた。
私は思わず笑顔になるがお兄様の表情を微動だにしなかった。
相当怒っている様だ。
「躊躇っていたらイヴは死んでいました。流石に私も死んだ人を生き返らせる事は出来ません。」
「それに近い事をしたよ。レイチェルが魔力切れになるなんて…魔力切れの状態じゃ常時シードルや他の魔法の効果が弱まったり無くなる可能性がある。」
耳元で私にしか聞こえない声でお兄様は静かに喋った。
その言葉にアーサーやテトの魔法も消えたのかと心配になったがお兄様は静かに首を振った。
「アーサー達は問題ないが僕が持っている指輪はレイチェルが倒れている間弱まっていたよ。それを誰かに知られたらどうするんだい?」
お兄様は私の為を思って怒ってくれてるのが分かっている。
「レイチェル。僕は君に家族以外の大切な者が出来る事も本当は嫌だし、君が自分の為以外に力を使うのも嫌だと知っているよね?」
「はい…。」
「もし、僕がレイチェルを殺したりしたかったら今日はいい弱点を見つけたと思うだろうね。」
「はい…。」
「レイチェルの性格も知ってるからある程度は僕もしょうがないと割り切ってきたけど…。当分は謹慎だね。」
「そんな。お兄様…今まで以上に気をつけますから…。」
「駄目だよ。レイチェルに何かあったら僕も父上も母上も冷静でいられないんだよ。きっとレイチェルが倒れた事は父上達も感じた筈だよ。」
何という事だ。お父様とお母様にも常備シールドと探知の魔法指輪を渡しているがこんな時に弱味になるなんて…。
「今回はアーサーにも怒ってるんだからね。」
後ろに立っていたアーサーにお兄様は向き直ると無表情に言い放った。
「アーサーは何も悪くないですよ。」
「倒れる前に止めるべきだったよ。」
「その通りだと思います。誠に申し訳ありませんでした。」
アーサーはいつもとは全く違う態度で完璧な姿勢で頭を下げる。
「止めてたら私はアーサーを許しません。」
お兄様の袖を掴む。
「まさかここまで魔力を使うとは…私がちゃんと予想していたら起こらない事態でした。」
お兄様はアーサーから私に視線を動かす。
「魔力をもっと増やします。今日は他にも色々使っていたのもあるので、無くなりましたが普段でしたら今日の治療位大丈夫です。」
「今日他に何に使ったのか詳しく教えて…あのニコラ親子怪しいと思うんだ。レイチェルの魔力量と魔力を調べる為に送り込まれたのかも知れない。」
うーん。お兄様の心配スイッチを押してしまったみたいだ…。
当分はべったり経過観察されて好きに動けなくなってしまいそうだ。
心配してくれるのは嬉しいけど、いつもみたいに好き勝手やらせてくれて見守ってくれてる方が私は嬉しいのになと考えてしまった。
魔力切れの後遺症なのかゆっくり目を閉じた瞬間眠気に襲われてそのまま寝てしまった。
お腹が空いて起きると今度はテトが心配顔で横に座っていた。
「テトにも心配かけちゃったね。」
「謝らないで下さい。俺が絶対何があっても守ってみせます。」
テトは膝に乗せている手を血が出そうな程強くに握り締めているのが見える。
「テトがそんなに責任を感じないで。今回は私の失敗でみんなに凄い心配かけてるね。」
「俺はもっとレイ様が自分勝手で自分の事しか考えない人だったら良いのにって考えてました。」
思わずテトの発言に笑ってしまう。
「私程自分勝手な人いないと思うよ?」
「今日の子供も見捨ててしまえば良かったのに…。」
「そんな事テト思ってない癖に。」
苦い物を口に入れている様な顔をテトはする。
「心配してくれてありがとう。」
ゆっくり伸びをしてベットから起き上がる。
「ニコラ親子は?」
「街の病院に入院しました。学園はまだ施設が整っていないので。」
「そっか…。寄ってからお家に帰ろう。」
ベットから降りると深いため息をついてテトは私の後に続いた。
馬車の中で私の大好きなスコーンを用意してくれていた。さすがテト!
病室に入るとお兄様がニコラと話をしていた。