出逢っちゃいました。sideジャン
俺はジャン・ホワイト。
3歳下に弟が出来たが直ぐに父さんと馬車の事故で亡くなってしまった。
悲しみに暮れる母さんが乳母の仕事をする事になった。
元々良い所のお嬢様だった母さんだが、父さんと駆け落ちして家を飛び出した為に実家は頼れないらしい。
乳母として働くのは上院の議員、カイザラック様の家だそうだ。
奥さんのマリア様はとっても美しいし優しい。
母さんとは小さい頃からの親友らしい。
母さんが駆け落ちしてからは手紙のやり取りだけだったが、父さんと弟を亡くして困っていた母さんを乳母として雇いたいと申し出たそうだ。
父さんと弟を亡くして悲しみにくれていた母さんが、笑顔でラインハルト様に乳をあげている。
カイザラック様もマリア様も俺にもとても良くしてくれて、張りつめていた気持ちが少しづつ軽くなっていった。
マリア様がラインハルト様の事を、新しく出来た弟だと思って良いと言ってくれた。
ラインハルトと呼んで可愛がってっと。
母さんはそこはちゃんとしないとダメだっと言ったが、マリア様もカイザラック様も笑っていた。
その日からラインハルトが俺の弟になった。
ラインハルトが2歳、俺が5歳になった時に事件が起きた。
マリア様が亡くなったのだ。
その日はカイザラック様は元首と何人かの上下院の人と遠い場所に観光資源の調査に行くっと言っていた。
女の人の意見も聞きたいから奥方達も一緒でみんなで小旅行みたいな物だとマリア様が言っていた。
でもカイザラック様もマリア様もその時は少し何時もと違っていると思った。
何がって言われると困るけど…
その少し前から可笑しかった。
今まで見た事もない言い合いをしている場面を何回か見てしまった。
「親友のヘンリーが…」「黙ってる訳にはいかない…」「元首が…」「君にもしもの事があったら…」
扉の隙間から聞こえてくる声が今までに聞いた事のない2人で心配で思わず立ち聞きしてしまった。
それを見て何か良くない事が起きるんじゃないかと不安に思っていたけど、まさかマリア様が亡くなるなんて……。
涙が流れた。
母さんもカイザラック様も泣いていた。
病気でも何でもないのに…何かあったんだと思った。
何故亡くなったのか聞いたら、火事の事故だと母さんが教えてくれた。
それから、2日泣いた後カイザラック様は別人になっていた。
今までのカイザラック様からは想像出来ない顔で暗く笑うと屋敷を出ていった。
カイザラック様が屋敷に帰ってこなくなった。
少し経つとカイザラック様が元首になったと噂を耳にした。
ラインハルトが3歳で、俺が6歳になる時。
住んでいた屋敷をカイザラック様は全て焼いて灰にした。
マリア様の姿絵、マリア様のドレス、マリア様が書いてくれた花の絵、思い出の物、場所が全て無くなった。
俺はラインハルトがこんな光景を覚えていない様に見せない様にする事に必死だった。
母さんもラインハルトを抱きしめながら泣き崩れていた。
屋敷が無くなってからは内閣府にある貴賓室で暮らす事になった。
内閣府に来た時、カイザラック様と久しぶりに話す事になった。
そこで今まで見た事ない、あの別人になった暗い顔で笑っていきなり俺は蹴り上げられた。
唾が口から垂れてお腹を押さえてなんとか立ち上がる。
母さんも顔を踏みつけられていた。
服従の魔法をかけるっと言われた。
母さんが、2人には手出ししないでっと懇願した。
ラインハルトは俺が蹴られたのと母さんを足蹴にされてるのを見て大泣きしていた。
俺は母さんを助けようと母さんの顔に置かれたカイザラック様の足に泣きながらしがみついた。
それを心底汚い物を見るみたいな目で見て、振り払われる。
あの屋敷での事、マリア様の事も一切口にしてはいけないとカイザラック様はゾッとする怖い顔で言った。
そして、この国から逃げてもいけない、ラインハルトを真面に育てろっと母さんに言って手から魔法が流れるのを感じた。
母さんは泣いて床に平伏していた。
もし俺が何か余計な事を言ったりしたら直ぐ殺すと言った。
それは脅しではないと目を見て直ぐに分かった。
この人はもうカイザラック様ではないと思った。
それからは貴賓室でビクビクしながら生活した。
少し経つと、上下院が解散されて、内閣府がカイザラックの屋敷みたいになっていた。
ラインハルトが4歳、俺が7歳だった。
食事などの最低限の使用人はいるがその人達もみんなビクビクして顔を俯いて失敗したりしない様に自分の事で精一杯だった。
ラインハルトはあの謁見での事を覚えてないみたいで安心した。
母さんに勉強を教わりながら、慎重に話す事を選んだ。
ラインハルトも母さんに懐いていたから実の母親であるマリア様の事はそこまで恋しがってる様には見えなかった。
ラインハルトが5歳になった頃、たまにカイザラックが呼び出して勉強の成果を確認する様になった。
それが答えられないと母さんが鞭で打たれた。
ラインハルトは必死で勉強していたがカイザラックはわざと答えられない質問をして、母さんを鞭打つ事で俺たちを屈服させている様だった。
ラインハルトはそれすら答えられる様に本当に一生懸命勉強して母さんが鞭で打たれない様に頑張っていた。
ラインハルトの疑問に、母さんがマリア様の瞳の色の事を話したら血だらけになるまで鞭を打たれて2週間寝込んだ。
ラインハルトが悪い訳じゃないって分かっているけど、マリア様の遺品の話や余計な事を聞いてくると母さんが酷い目にあう。
それに俺はいつもビクビクしていたし、母さんを助けられない自分にも嫌気がさしていた。
やるせない気持ちからか、ラインハルトを泣きながら責める様になってしまった。
責めた後に兄貴であるはずの俺がなんて無様なんだと反省した。
こんな状況なのはカイザラックの所為なのに八つ当たりで全部ラインハルトの所為にしてしまった。
後から考えると、自分ではない誰かの所為にして逃げていたんだと思う。
もし、カイザラックを責める言葉を言ったら殺されると思っていた。
それも恐れて卑怯にただラインハルトの所為だと口にした。
そんな卑怯な自分自信に嫌気がさして誰ともあまり話さなくなった。
母さんの辛い顔を見るのも、ビクビクする自分にも心底うんざりしていた。
いつからか小さな箱庭である内閣府が俺の世界の全部になっていた。
地獄であるそこでは心が壊れていないと生活出来なかった。
俺には何も出来ない、ラインハルトも母さんも守れない。
その事実が俺を酷く苦しめた。
ラインハルトが9歳、俺が12歳の時。
母さんが逃げられないのに、ラインハルトは逃げろっと言う。
俺達だけ逃げろっと母さんが言ってまた酷く鞭に打たれた。
そもそも服従の魔法とはどんな魔法なのか良く分からなかった。
でもあの時カイザラックが言った事が禁止事項で、それを破るとカイザラックはすぐ分かる様だし、そもそもその禁止事項を出来ない様になっている様だった。
服従の魔法さえ解ければ3人でこんな地獄みたいな場所から逃げられるはずだ。
俺は服従の魔法の解き方を探す事にした。
観察をしっかりしてみるとカイザラックは上下院の議員を殺したり、色んな事をしていた。
誰かを苦しめる事、殺す事に大半の時間をつかっていた。
それ以外の少しの間に国の事をやり最低限この国の維持をしていた。
何人も服従の魔法をかけられたが、すぐにみんな殺されてしまっていた。
ラインハルトが14歳、俺が17歳の時
ラインハルトが俺達の前から何も言わず居なくなった。
カイザラックが凄く怒って将軍達に探させて見つけさせた。
その日も母さんは血だらけになるまで鞭で打たれた。
もう背が常に熱を持っていて傷は膿んでいて見ているだけで痛々しくて涙が流れた。
理不尽だと分かりながらも一人で居なくなった事への怒りや、母さんの姿が堪らず、力の限りラインハルトを殴ったのにラインハルトは眉一つ動かさなかった。
ラインハルトは昔は良く笑って、よく泣く感情豊な奴だったのに何時からか全く笑ったり、泣いたりしなくなった。
母さんは傷からくる熱で寝込んでいる事が増えた。
母さんはもう諦めている様だった。
そして、母さんが死ねば俺たちがここを離れられるとも思っているみたいだった。
それだけは許さないと母さんに泣きながら訴えた。
母さんも死なないでここを出るんだ。
ここ最近、ラインハルトは俺や母さんにまで顔を合わせず図書館で黙々と勉強していた。
もうみんな何時カイザラックに殺されるかの順番待ちをしている様だった。
母さんも俺もラインハルトもみんな、何時からか何処か壊れている様だった。
服従の魔法の解決法が無いと諦めて、いちかばちかでカイザラックに直接、何でもするから母さんの服従の魔法を解いてくれと懇願したが俺が面白かったら考えてやると言われた。
たまにカイザラックに呼び出される様になった。
カイザラックは将軍や宰相と連れ立って色んな屋敷に襲撃に行ったりしていた。
元上下院の家に行って人を殺して使用人を内閣府に連れ帰ってきて新しく働かせたりしていた。
死体の処理を任されたりしているうちに俺の心は死んだんだと思う。
もう今自分が何をしていて、何の塊を持っているのかすら分かっていなかった。
3人の中で俺の壊れ具合が1番酷い。
たまに侍女も誰も来なくて母さんの為にご飯を貰いに調理場に行く。
そこも次は自分が殺されるんだと狂気に満ちていた。
ある日、調理場の裏の井戸に水を汲みに行くと見た事ない女がいた。
どうせ死にたくないって泣いてるんだろうと思って気にせず水を汲もうとすると…
「あのー、この辺でしか取れないきのこって知ってますか?」
俺は顎が外れるかと思った。
ここ数年こんな馬鹿な質問をされた事がなかった。
いや、俺の人生で初めての心底呆れる質問だった。
今この女、きのこって言ったか?
見た目は美人だけど破滅的に色気がない同じ年くらいの女は空色の瞳を俺に向けて笑った。
「教えてくれるなら何かお手伝いとかしますよ?」
死の恐怖でついに頭が可笑しくなったのか…無視して水を汲む。
「あのー。聞こえてますか?」
無視しても話しかけてくる。
そのまま水差しに水を入れて裏口から内閣府の中に入る。
「もしかして、怪我人が居るんじゃないですか?」
俺は思わず振り返る。
その女は心配そうに俺の腕を見ている。
腕に母さんの血がついていた。
「私、良かったら治しますよ?」
本当の本当に頭が可笑しいと思った。
この国でもそんな事できる奴なんて聞いた事ない。
医者でも熱を引かせる事しか出来ない。
母さんのあの傷だらけの背中はもう一生あのままだろう。
ムカついて、じゃぁついて来いよっと挑発的に言い返した。
母さんが寝ている部屋に連れて行くとその女は目を見開いて驚いていた。
そりゃそうだ、相当酷い傷だ。
膿んでいて仰向けで寝れない。
傷薬を塗ったばかりでこちら側に背中を向けていて一枚薄い布で背中を覆っている。
服も着れなくて背中を開けたまま前だけ軽く着ているだけだった。
女は母さんに腕を見せてくれっと言った。
母さんは今日も熱が高くて聞こえているだろうけど動けなかった。
俺が腕をまくって見せる。
女はお礼を言ってきて母さんの背中に手を当てて魔法を流した。
みるみるうちに背中は美しい何年も見ていない元通りの背中へと変わっていった。
腕の肌に合わせているから完全な元通りじゃないけどっと言っていた。
今この女は魔法を使った。
こいつはいったい何者なんだ。
頭の可笑しくなった死ぬのが怖い使用人の女ではないのか?
女は母さんに触れると熱も下がった様だった。
母さんが驚いて起き上がる。
ここ何年も見ていない元気な母さんだった。
涙が流れた。
恥ずかしくて、部屋から出て廊下で呼吸を落ち着けた。
しばらくすると女が出てきて俺も部屋に入る様に言った。
女はこの部屋ではカイザラックに聞かれる心配がないから質問に答えて欲しいと言った。
さっきの力を見たらそんな事も出来てるんじゃないかとも思った。
まずカイザラックが変わった理由は?
マリア様の事で分かる事。
ラインハルトの事で分かる事など今の状況について説明を求められた。
そして、最後にこの辺でとれるきのこについて聞かれた。
それまで緊迫した感じなのに最後にきのこの話で力が抜ける。
そして、今は母さんの服従の魔法は解けない事。
解くとカイザラックが気づいてもっと酷いことをするかもしれない事。
今はそのままにこの空間だけ遮断していてカイザラックに伝わらない様にしている事。
なので背中も見た目だけ傷だらけの様に見える様にまた上から傷を描いておくが急に治った事を悟られない様に注意するようにと…もう訳が分からなすぎて頭が追いつかない。
母さんも唖然としてから、その女に何でここに来たのか、何で魔法が使えるのかなど疑問をぶつけた。
女はレイと名乗り近くの国からここで採れるきのこを探しに来たと答えた。
そして、個人的な用でカイザラックの事を知りたいらしい。
魔法はたまたま使えると言っていた。
魔法を使える奴でもこんなに色んな事が出来るなんて聞いた事ない。
カイザラックの事を何で俺たちに聞くのか聞いたら女は母さんがこれだけの傷を負っても殺されてないって事は重要人物だと思ったと言った。
カイザラックなら価値のない人間はすぐ殺してるはずと顔色も変えず断言する。
女はある程度話をするとまた時間を作って来ると言って部屋を去った。
怒涛過ぎて意味が全く分からなかったが頭の可笑しい女に助けてもらったらしい。
またしばらくすると様子を見に来たと女がまた現れた。
変わった事は何かなかったか?と聞かれた。
ラインハルトがクリスタ国の学校という機関に行く事になった事を話した。
最後にきのこについてまた聞かれて変わらず知らないと答えた。
でもふと、思い出して昔住んでた屋敷の裏にあったと話した。
カイザラックが全部焼いてしまった屋敷の…
その話を聞いた時、女の顔が変わった。
しばらく来れなくなると言って去って行った。
なんだか俺は、あの女が来るのが楽しみになってるみたいだった。
地獄なのも忘れて普通に話している。
きのこの事を凄い真剣に聞いてくるからかもしれない。
ついに、ラインハルトがクリスタ国に旅立つ事になった。
俺は見送りもしなかった。
このままラインハルトだけでも地獄から抜け出して欲しいと思った。
少しまともに考える余裕が出来たみたいだ。
でも、その日また血だらけになるまで母さんは鞭で打たれた。
カイザラックは笑っていた。
また悔しさや色んな気持ちが溢れた。
しばらくして珍しく母さんも一緒にカイザラックに呼び出される。
母さんが向かう途中にさっきあの女が来てプレゼントを渡されたと言っていた。
何を貰ったか聞く前に謁見の間に着いた。
いきなり、カイザラックは母さんを踏みつけると何かを飲ませた。
母さんは苦しんで気を失った。
母さんが飲んだのは毒で、解毒薬を飲まなければ死んでしまうとカイザラックは笑った。
もし助けたかったらラインハルトにこれを飲ませろっと小さな薬瓶を渡される。
すぐに嫌だと断った。
母さんだってそんな事許さない筈だ。
自分を助ける為にラインハルトを犠牲にするなんて。
その薬はただ体調を崩すだけだっと言った。
今まで私はラインハルトには危害を加えていないだろ?とカイザラックは笑った。
確かに、ラインハルトだけは危害を加えられているのを見た事がない。
ただ体調を数日壊すだけだとカイザラックは笑った。
嘘かもしれない。
だって、カイザラックだ。
人が苦しむ姿の為になら何でもする。
頭が上手く回らない。
猶予は1週間。
早くしないと死んでしまうぞ?と言った。
ぁあっと付け足すみたいに、戦争になってしまうかもしれないなぁと楽しそうに笑った。
戦争なんてそんな馬鹿な。
もう何をどうすればいいのか分からない。
その場に動けないでいると服従の魔法をしないとダメか?と笑った。
俺は走ってその場を離れた。
倒れた母さんを残して。
俺は乗り慣れていない馬に必死にしがみついてクリスタ国を目指した。
誰か助けてくれ。
何でこんな事になってしまったのか…。
どうすれば正確なのか…。
次の日にはクリスタ国に着いた。
ラインハルトに会うべきか迷った。
滞在先は王宮だと聞いていたがいきなり王宮に行っても会えるのか、学校に行けば会えるのか、訳も分からず街の中心の広場の路地裏でうずくまる。
薬をラインハルトに飲ませたらどうなってしまうのだろう。
恐怖で手がずっと震えていた。
飲ませなくても母さんが死んでしまう。
何で俺はこんなに弱虫で誰も守れない情けない奴なんだろう。
そのまま何も考えない様にしたいのにぐるぐる考え続けて眠ったり起きたりを繰り返して座っていると次の日の午後だった。
街中が騒がしい。
祭りでもやってるらしい。
学校の生徒も居るらしい。
魔法のマイクでここまで声が聞こえる。
ラインハルトの名前が呼ばれていた。
ラインハルトが居る。
呑気に菓子を食べて美味しいっと言っている。
俺がこんなに辛いのにとまた勝手に怒りが込み上げる。
マントを脱いで人混みに紛れる。
シェフが審査員席に順番に菓子を置いて行く。
休憩すると言ってラインハルトが席を立った。
あの4番目の菓子にこの薬を入れたら全部解決する。
ポケットの薬を握りしめる。
手はずっと震えたままだ。
たまたまでこんなチャンスがあるはずない。
もうこれで良いだろ。俺は悪くない。
菓子の周りには誰もいない。
シェフ達も休憩している様だ。
周りの人も近くの屋台や、先程の王女のコメントの事で大盛り上がりで俺に特に注意を向けていない。
俺はフラフラと会場の菓子に近づくと…後ろから急に衝撃があって気を失った。
次に目が覚めると馬車の中で手枷を嵌められていた。
すぐ逃げようとしたがドアはびくともしなかった。
小さな女の子に悪いと思いながら足を振り上げて、転ばせようとすると軽く手で止められた。
そして足を払われ尻餅をつく。
信じられなくて、その手を凝視する。
ありえない筈だ。
こんなに小さい女の子が…
隣の銀髪の青年を今度は見る。
激しい殺気に鳥肌がたった。
俺は捕まってしまったのか。
母さんはこのままだと…
頭がぐちゃぐちゃになって息もまともに出来なくなる。
女の子は俺に質問するが、何も答えられない。
俺はまた誰も守れなかったんだっと唖然としていた。
どれくらい時間が経ったか分からなかった。
何時のまにか何処かの建物の部屋の中に運び込まれる。
なんでも、小さな女の子はクリスタ国の王女らしい。
信じられない。
そんな人が俺を捕まえて優しく質問してくる。
俺は頭も口も鉛のように重くて何も答えられない。
闇雲に暴れてもみたが危ないからと足枷をはめられた。
椅子に丁寧に座らされる。
小さな王女はゆっくり静かに話し始めた。
俺が持っていた薬は飲めば死ぬ事。
もし、そんな事があの場で起きたら確実に問題になっていて、もっとたくさんの人が亡くなったり、悲しんだりしたかもしれない事。
「あなたは騙されたと思うかもしれないし、私の話が嘘だと思うかもしれませんが本当です。そして、無知だった事、考えられなかった事は貴方自身の罪ですよ。権力者は確かに強い。でもこの場所に来るまでに貴方には他の道もあった筈です。諦めたらそこで終了ですよ。」
綺麗事ばかり言われて怒りが沸き起こる。
でもその通りだった。
そして、頭の片隅では思っていた。
この薬を何かで試してからのほうが良い。
もしラインハルトが死んだらどうするだと。
でも言われたんだし俺は何も知らなかったんだから良いんだっとか最後は王女の言う様に考えるのを諦めた。
王女が訳のわからない事を言う。
唖然として聞き返した。
何で事情を知ってるみたいに話すんだ?
でももう本当に分からないんだ。
どうにかしたいんだ。
母さんを助けたいんだ。
守りたいのに…口の中を血の味がする迄噛み締める。
その時、1番会いたくない相手が目の前に現れた。
ラインハルトだ。
ラインハルトは俺が居る事に驚いていた。
そして、何か言おうとする王女を必死の思いで止めた。
事情を説明しろと言われて困惑した。
正直に話せなかった。
まさか、俺がラインハルトを殺そうとしたなんて…
部屋から着替えて出てきた王女に俺は目が飛び出るかと思った。
そこには先日の女が立っていた。
今度もレイとラインハルトに名乗った。
思わず名前を口にするとその先を口止めされる。
この女がクリスタ国のあの小さな王女?
そんな人があそこできのこを探していたってどおゆう事だ?
こいつが裏で色々していて俺達を助けようとしているのか?
でも、嫌悪感が湧き上がる。
陰では馬鹿な俺達を笑っていたのかと…
思わず出た言葉に女は毅然と答えた。
やっぱりこの女の言う事は頭が可笑しい。
でも正義の為とか言われるよりなんだか安心した。
もうこの女に任せておけば何とかなりそうだと思った。
あんなに魔法を使えるんだし…
女がラインハルトに変えられるっと言う。
そんな事言う奴聞いた事ない。
母さんでも変えられないっと言っていたのに。
そこからはまるで勇者の冒険譚を見ている様な活躍だった。
大火の炎を消したり、悪の親玉に年貢の納め時だと言い放つ。
そして、紙が女の鞄から取り出されてラインハルトがそれを読んで泣いていた。
もう何年も見ていないラインハルトの涙だった。
ラインハルトの言葉を聞いて足ががくがく震えていた。
この地獄が終わるのかと。
母さんの元に走る。
母さんは生きて笑っていた。
そう、笑っていた。
この短時間におきた奇跡に俺はラインハルトや女の目も気にせず泣き喚いた。
ラインハルトは今日までずっと泣かなかったのに、俺はずっと泣き喚いていたのにずっと身体の中に溜まっていたみたいに溢れ出した。
母さんに俺がしでかした罪を話してクリスタ国で罰を受ける事を話した。
俺はやっと自分で考えて行動した気がした。
なんでこんなになるまで何も出来なかったんだろう。
本当に情けない。
ラインハルトと別れる時やっと謝れた。
本当に恥ずかしいし、情けなかった。
俺はラインハルトに甘えてばかりいた。
扉を通るとダイニングの部屋に戻ってきた。
黒髪の少年が心配そうに扉の側に座っていた。
俺は疑問に思った事を女に聞いた。
あの紙は何処にあったのかと。
そして、何故見つけられたのか…
あの紙自体は昔マリア様が俺に一度だけ見せてくれた。
俺の秘密基地を見つけてしまったお詫びに自分の秘密の宝物も見せてあげると。
でも紙の存在なんてもう忘れていた。
女はカイザラックが屋敷を全て燃やした事を疑問に思った事。
そして、カイザラックは完璧主義者。
魔法契約書は普通は焼いたり、破ったり出来ないが契約者が死んだら燃やせるらしい。
燃やせなかったりしたら永遠に魔法契約書が増えてしまう。
契約書の内容によるが亡くなって効力が無くなる物は燃やせるそうだ。
ただ契約を無くすために殺されたりしない様にその辺も契約の様式に記入事項があるらしい。
話を聞いていて、カイザラックは魔法契約書を最後見つけられなくて屋敷ごと燃やした筈だと。
3人が持っている可能性も考えて側に置いていた事もある筈だと。
あの紙は屋敷の裏のラインハルトが気に入っていた秘密の場所に隠されていたそうだ。
カイザラックは知らず、マリア様と俺とラインハルトしか知らない場所に…。
そこは春には花が、秋にはきのこがなる自然豊かな場所だった。
ラインハルトと俺のお気に入りの場所だった。
2人の秘密の場所だったのにある日マリア様に見つかってしまった。
そこは、母さんも知らない男2人の秘密基地なのに。
アーサーが居なかったら見つからなかったと笑っていた。
そして、きのこを探し求めて無かったら見つけられなかったと。
やっぱり最後はきのこの話をするその女が可笑しかった。
俺は何年ぶりにもなる笑顔で笑った。
そこからは目まぐるしかった。
衛兵から審問官に引き渡されて聴取を取られて裁判。
判決を受けて、刑の執行。
俺は半年間の強制施設での労働と1年間の所在確認と素行調査となった。
あまりにも罪が軽い事に驚いたら審問官に提出された俺が持っていた毒は腹下しにすり替えられていたらしい。
その事を後日言ったら貴方ですらどっちが本当か分かってないでしょ?
あの時私が嘘を言って本当は腹下しだったのよっと小さな女の子は笑っていた。
俺はそんな事ないと思った。
カイザラックは俺がラインハルトを殺せば苦しむ事を分かっていた筈だ。
母さんの解毒剤が無かった事を考えても俺達を始末する順番だった様に思う。
俺は何の特別な力も持たないしラインハルトの様に頭も良くない。
ただ弱虫の物語の脇役だ。
圧倒的な強さで物語を結末へと進めたのは小さな女の子で時々女の変な奴だった。
その物語の中でも俺は自分の意思で考えて行動しないといけなかった。
でも出来ていなかった。
変われるかなんて分からない。
でも変わりたいと強く思っている。
顔をあげる。
前を見据える。
俺は出逢った。
可笑しな事ばかりいう女に。
俺は出逢った。
圧倒的な物語の主人公に。
俺は出逢った。
俺の人生を変える女に。
レイチェル・サン・ヴィクトリア
その女に俺は出逢った。