初めてのお泊まり 2
その日の夕食は屋敷の料理人が持たせてくれた大きなバスケットに入っていた燻製肉の塊とパン、キャセロールに入った野菜スープ、チーズをたっぷり使ったキッシュ。シエルが手慣れた様子でお肉を食べやすいように薄く切ってくれて、魔法で起こした火でスープを暖めてくれる。
更にバスケットの中にはデザート用に果物と焼き菓子まで入っていた。残ったパンとお肉は明日の朝食用のサンドイッチにすることにした。ピクニック気分で美味しい食事を平らげ満足した後、ふと空を見上げると満点の星空が広がっていた。
「まあ!凄い!」
王都では見られないたくさんの星々が輝いている。
「ああ、王都と違って街の明かりがないから星が良く見える。」
馬の世話を終えたシエルが、そう言いなが私の横に座り同じように星空を見上げた。
「あの、明るい星は何て言うのです?」
そこからひとしきり星の名前を聞いて楽しんだ。私が聞くとシエルはすらすらと答えてくれる。更に星にまつわる伝説なども教えてくれた。
「凄いわ、全部の星の名前を知っているの?」
「すべてではない。名前のない星の方が多いだろからな。ただ、旅をして行く中で星の位置は方向を知るのに重要だから自然に覚えるんだ。」
名前の無い星だってたくさんあるのね。私はそんなことも知らなかった。まだ旅の一日目なのに、色々なことを知った。星の名前や植物の名前だけではなく、シエルの事も。長く一緒にいたはずなのに知らないことがまだまだあるのね。
「さあ、明日も早い。そろそろ休もう。」
「焚き火は?このままで大丈夫?」
「ああ、精霊たちが明日の朝まで見ておいてくれるそうだ。」
まあ、至れり尽くせりね。精霊たちには本当に感謝しかないわ!
「ありがとう。よろしくお願いします。」
見えないけれども焚き火に向かってお礼を言って木の枝と葉でできた部屋に入る。そこではたと気がついた。当たり前だけど、シエルと一緒に寝ることに。
確かに前世では夫婦だったのだから同じベッドで寝ていたけれど。晩年、私が体調を崩してからは寝室は分けていたし、今世では父と娘。婚約したとはいえ当然部屋は別々だ。そう考えると、シエルとこんな近くで眠るなんて何十年ぶり?私の心の葛藤を知ってか知らずか、彼はさっさと中に入ると床にゴロンと横になった。
「リリアナ?さすがに風呂は用意していないが寝間着に着替えるか?」
入口で突っ立っていた私が、このまま寝るのに抵抗があると思ったらしい。シエルが検討違いの声を掛ける。
さすがに野宿で寝間着に着替えようとは思わない。舞踏会に出るようなドレスならともかく、いま着ているのは町娘風の簡素な服だ。髪も緩くひとつに編んでいるだけ。
「いえ…、大丈夫です。」
仕方なく、中に入ると空けておいてくれた隣のスペースにそっと横になった。葉がフカフカとして思いの外寝心地が良い。しかも、緑のいい臭いが充満していて癒し効果抜群だ。私が横になると木の枝が静かに動いて入口が閉じた。ほんのり明るかった鳥籠の中の明かりが静かに暗くなる。
まあ、凄い!これで風も入ってこないし防犯上もバッチリね。目的地である、前世で住んでいた屋敷に先に行って待っているはずのマティウス様に、着いたらお礼を言わないと。
シエルが荷物から取り出しておいた自分のローブを二人の上にバサッと掛けた。長身の彼が使っている大判のローブではあったけど、二人でくるまるには寄り添っていなければはみ出してしまう。シエルに背中から抱き込まれる形となる。
「あの、シエル?寝づらくないかしら?あまり寝相には自信がなくて。」
さりげなく、離れて欲しいと訴えてみる。
「明け方は冷えるからこの方が寒くならなくていい。明日の朝も早いからさっさと寝ろ。」
シエルの低い声が耳元で聞こえてくすぐったい。
「…大丈夫。リリィが本当に許してくれるまで待つよ。」
許す?
何も答えられず無言で体を固くしてじっとしていると、私の腰に回されていたシエルの腕から力が抜けて、頭の上から寝息が聞こえてきた。
「許すか...。」
今生で婚約してから、シエルが私にとても気を使ってくれているのは何となく感じていた。正確には精霊祭の夜、私が初めてシエルに気持ちをぶちまけた時から。自分ではあの時、シエルの事を受け入れたつもりだったのだけど。
寝ろと言われてもこの体勢で寝るなんて無理。と、思っていたけど木の香りが安眠剤になったのか、背中に感じる体温のせいか、はたまた慣れない旅で疲れていたからか。昼間に馬車で寝た割には直ぐに眠気がやってきた。
ふと、先ほどまで眺めていた星空が思い浮かぶ。
あら、でも前世で住んでいた屋敷からも星空が見えなかった?人里離れた場所だったからきっと綺麗に星が見えたんじゃないかしら?眠りに落ちる直前そんな考えが頭に浮かんだ。
ああ、そう言えば夜はいつも霧が掛かっていたから見えなかったのかも。忘れていたわ。前世の記憶って本当に曖昧ね。そう思ったところでむせかえるような緑の香りの中で眠りに落ちた。




