絵本
あの騒動の後、精霊祭も終わり王宮も落ち着いた頃、久し振りに王妃様にお茶に呼ばれた。
王妃様は私の手を両手でぎゅっと握りしめると、私に謝罪の言葉を述べてきた。
「ごめんなさい、リリアナ!もちろん、大切なあなたを危ない目にあわすつもりはなかったのよ!でも、あの腹黒国王が私たちの話を聞き付けてそれを利用しようとして、仕方がなかったの!」
腹黒国王って。仮にもご自分の旦那様を...。
まあつまり、国王様は私を囮に使ったのよね。王妃様はそれを知っていたけど口留めされていたと言ったとこだろうか。
「私は別に気にしていません。結果として神殿の爆破も防げたのですし、私も少しは皆様のお役に立てて良かったです。」
例え国王様の思惑を知っていたとしても、同じように行動しただろう。
「リリアナ!本当に貴方は何ていい子なのかしら!」
そう言って今度は私をぎゅっと抱きしめた。
「貴方の側が一番息がしやすくて大好きよ。」
うん?それってつまり?リカルドやシエルが言っていたのと同じこと?
なんか納得。きっと王妃様とシエルは似ているから、そういったところも似ているのね。ということは、王妃様も魔法使いの資質があるということなのかしら?
そんな話は今まで聞いたことは無かったけど。
シエルと似ているなんて口に出すと怒りそうだから言わないけど、王妃様が私に執着する理由がなんとなく分かって腑に落ちた。
「貴方を危ない目に合わせた埋め合わせに、今度マダムローズモンドを王宮に呼んで一緒にドレスを見立ててあげるわ!もちろん、費用は国王持ちよ。」
それは丁重にお断りしたい。
先日、ドルトン侯爵から頂いた上等な反物の山を好きに使っていいとシエルが私に寄越した。それを聞き付けたマリアとサンドラがマダムに嬉々として連絡を取ったのだ。
早速、マダムと弟子のドナが我が家にやってきた。四人であーでもないこーでもないと話し合いというか、作戦会議?が始まったのは良いのだけど、その間ずっと四人の前に立ちモデルを勤めさせられたのだ。反物の山を片っ端から合わせられ、数時間。
いくら私がそんなに服は必要ないと言っても誰も聞く耳を持たず、パトリックに皆を止めるように言っても、「社交界にデビューした令嬢として必要でしょう。旦那様と婚約されたわけですから、これからもっと社交の場に出る必要もあります。だいたい、仮にも侯爵令嬢と言うのに衣装が少なすぎでしょう。アデリーナはリリアナ様の倍は持っていますよ。」とむしろお説教をくらってしまったのだ。
「ところで、今日は渡したいものがあるとかおっしゃっていましたが?」
もう、当分ドレスを仕立てるのは遠慮したいので王妃様の話を反らす。
「そうそう、これなんだけど。」
王妃様は私が利用された件については気にしていないことが分かると、ころっと機嫌が直ったようで一冊の本を侍女に持ってこさせた。
◇
「絵本?私が出て来る?」
夕食の後、星が綺麗だからとマリーとサンドラがテラスにお茶を用意してくれていた。二人はシエルと私が婚約をしたことをことのほか喜んでいて、楽しそうに何かと雰囲気作りをしてくれる。こちらとしては、今まで父と娘として振る舞っていたのに、家人にそういう目で見られるのは何というか恥ずかしいのだけれど。
私が先に座っていたソファにシエルがぴったり寄り添って腰かけてくる。どうやら、シエルは皆の視線は気にならないらしい……。
「...そうです。王妃様がご実家にあったのを思い出して探してくださったそうです。同じ絵本をアデリーナ様は幼いころから読んでいてシエルに憧れていたそうです。」
「ふ~ん。それってもしかして夜空に魔法使いの絵が描かれた表紙の?」
あ、やっぱり覚えていますよね。
「リリアナが昔描いた絵本じゃないか。」
そうです。実はこの絵本、恥ずかしながら私が前世にシエルをモデルに描いた絵本だったのです。
田舎に引きこもっていて(本当は監禁されていたと言いたいところだけど)暇だった私は、シエルをモデルに魔法使いが主人公の絵本を1冊だけ描いてみたことがあった。これが素人にしてはなかなか上手に描けたということで、実家のお母様に送ったところ喜んでくださり、後日、製本されて返ってきたことがあったのだ。まさか、本になって出版されて後世まで残っているとは知らなかったので驚いた。
「リリアナが描いた原本は君の母上が大事に取ってあったから、母上が亡くなった後君の手元に戻ってきて、前に住んでいた屋敷にまだ残っているはずだよ。」
「そうですか。」
前に住んでいた屋敷はそのまま残っているのか。ちょっと懐かしいかも。
「まあ、あまり思い出したくないかもしれないけど。以前の屋敷の事は...。」
シエルが気まずそうに言う。
「いいえ、そんなことはないですよ。確かにあの生活に戻りたいとは思いませんけど、楽しいこともたくさんありましたし、別に不幸だったわけではありませんから。自分が長年住んでいた屋敷はやっぱり懐かしいですよ。」
「そうか...。では、そのうち訪ねてみるか...。」
シエルがほっとしたように呟く。
「そうですね。そのうち。」
マリーとサンドラが後ろの方で心配そうに見守っているのが頭を掠めたけど、もう周りも暗くなっているしたまには素直になってもいいかもと思う。
私がシエルの肩に頭を預けると、シエルも私の頭に唇を寄せるのがテラスのガラスに映る。
それと同時に、猫の姿のマティを抱いたマリーとサンドラが奥の続き部屋からこちらを伺っているのがガラスに映っているのに気がついてしまった。
慌ててシエルから離れようとする私の腰を強く引き寄せると、シエルは後ろを振り向き手をさっと上げた。扉のないはずの続き部屋との間に白い靄がカーテンのようにかかって向こう側が見えなくなる。シエルが魔法を使ったのだ。
「これで、向こうからは見えない。」
そう言うとシエルの綺麗な顔が近づいてきて、私はゆっくりと目を閉じた。