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稲妻と花火

「おやおや、凄いことになっているね。」


呑気な声が聞こえたかと思うと黒猫姿のマティが神殿の中から出てきて私の足元までやって来た。何かしら?先日より更に毛並みが艶々して、輝いているわ。


「マティ、お願いです!シエルを止めて下さい!このままでは王宮の建物まで被害が出てしまいます!」

本当ならマティを抱き上げて撫でたいのをがまんした。

精霊王ならきっとシエルを止めることができると思い必死に訴える。


「ふむ。私が?リリアナ、お前が止めた方が確実だろう?」

うっと言葉に詰まる。やっぱり、私の仕事なのかしら...。

でも、どうやって?


「何、お前がシエルにキスの一つでもしてやれば止まるのではないか?」

「マティ!」

こっちは真剣に頼んでいるのに!ふざけないで!


「なんだ?ほら乗せて行ってやるぞ?もう、力も戻ったからリリアナぐらい楽に乗せることができる。」

そういうと、マティの体がみるみる大きくなって黒猫から大きな黒豹になった。


「ひっ!」隣でドルトン侯爵が短く悲鳴を上げる。


黒豹は黒猫のマティと同じ艶々した毛並みをして、私など楽々乗せれそうなほど確かに大きい。でも、本当の正体は精霊王なわけでその背中に乗れというのだろうか…。


「ほら、雷は私が防いでやるから大丈夫だ。」


稲妻が降り注ぐ庭に出るのはかなり躊躇われたけど仕方がない。

普段のドレス姿で乗馬用の格好はしていなかったけど、馬よりはだいぶ低めの黒豹のマティに簡単には乗ることができそうだ。


いつの間にか近くに来ていたリカルドが興味深そうに黒豹をしげしげと眺める。

「こちらが精霊王?」

「...ええ。そうなの。背中に乗せてくれるそうだから行ってくるわね。」

「へ~。手伝うよ。」そう言って、リカルドは私の腰つかんで両手で持ち上げるとマティの上に乗せてくれる。

「ありがとう。」


そのまま横乗りでどこに掴まろうかと思案していると、掴まれと言った様子でマティが首を持ち上げてくれたのでそこに両腕を回して捕まる。


「ありがとうございます。本当に大丈夫ですか?」


精霊王の背中に本当に乗っていいのだろうかという罪悪感と、稲妻の中に出ていくという不安の両方の意味を込めて聞く。


「みぎゃ~。」


どっち付かずの返事があり黒豹は軽くジャンプして回廊の屋根の下から庭園へ踏み出した。

っていうか、何で今回は豹の鳴き声?で答えるのかしら...。

頭の中で思わず突っ込みを入れてしまいつつも、落雷が怖くて一瞬目をつぶってしまった。

でも、マティの言った通り、相変わらず稲妻が降り注いでいるけど私達の回りには不思議と落雷はなかった。どうやら、さすが精霊王だけあって大魔法使いの魔法を防ぐ術があるらしい。

マティは私を乗せて庭に棒立ち状態のシエルの目の前まで行く。


シエルは先ほどの怒った顔ではなく、まるでどこを見ているのか分からない曇った眼をしていた。


「ほら、さっさとキスするなり張り倒すなりしてこいつの目を覚まさせるがいい。」


だから~、キスは無いですから!でもさすがに張り倒すのもちょっと。

そこで私はマティの上に乗ったままで両手を伸ばすと、シエルの頬を両手でしっかりと挟み込み思いっきり両側に引っ張った。


「シエル!しっかりして!正気に返って!」


こっちも、必至だ。グイグイ両頬を引っ張る。


「痛い...。」


ボソッと言うのが聞こえたかと思うと稲妻が止んで、シエルの目に光が戻って来る。


「シエル?大丈夫?」良かった、正気に戻った?


と思うと同時にまたドーンと大きな地響きがした。

驚いて思わずマティの上からぴょんと飛び降りるとシエルのローブにしがみつく。


「な、なにシエルがやったの?」


「いや、違う。これは...。」


頭の上がパァ~と明るくなりパラパラと更に音が続く。

皆が一瞬我を忘れて上を見上げる。


頭上に蜂蜜色の大輪の花が広がった。


「……花火?」





パチパチと手を叩く音が回廊の方から聞こえる。


「やぁ、綺麗だね!皆には内緒で花火師を手配していたんだ。驚いた?」


にこやかな顔でひとり拍手をしながら回廊を歩いてくるその人は、国王様?王妃様が何故か渋い顔を隠そうともせず後ろからついてきていた。


ドルトン侯爵が慌てて頭を下げている。


「ほら、また上がった!」


国王様がそう言うと今度は色とりどりの小花が夜空に広がっている。


「いやいや良かった。大魔法使いに城ごと破壊されるかと思ったよ。ハハハハ!」

国王様の乾いた笑いだけがその場に響き渡った。


「リリアナ!大丈夫?ケガは無い?」

王妃様が声を掛けてくださるがなぜか気まずそうな顔をしている?


「?はい、私は大丈夫ですが...。」


「大丈夫なものか!危なく暴漢に襲われて怪我をするところだった!」

何故かシエルが私を自分のローブで隠すように王妃様との間を遮ると文句を言う。

いえいえ、シエルの稲妻の方がかなり危なかったですけど...。


「貴方がついているから大丈夫なんじゃなかった?自分のせいじゃない。」

ん?何か二人の間では話が通じているようだけど?


「我が家の門番のハインツから連絡が入って、ヴィル・カルと従者のハルイッツは国境を越えたそうだ。ここに来たのは既に切り捨てられた下っ端だということだな。」


正気に返ったシエルが国王様に説明をする。

ハインツはそんな諜報活動までしていたのね。


「ふむ。あれは、隣国の王族の一人だ。後継ぎの王子ではないので、ああやって自由に歩けるのだろうが。まあ、捕まえたら捕まえたで色々と外交的にも面倒だ。我が国から出て行ってくれたのならそれで良しとしよう。」


「分かっていたなら私が茶番を演じる必要はなかったのでは?」


シエルが舌打ちをする...。国王様に向って舌打ちを...。


「いやいや、大魔法使いが動いているという牽制が必要だったのでな。お陰で向こうも本気では仕掛けてこなかった。一番重要な役柄だったんだよ。」


ちっ!


「シエル!国王様にむかって舌打ちなどしては。」


今度こそ聞こえたと思う。

こそこそと、耳打ちをする。


「ふん、リリアナ、それより私に話すことがあるんじゃないのか?」


「...。別に私はありません。」最後のあがきだとは分かっていたけど、つーんと横を向く。そう言えば、いつの間にかマティは何処かへ消え去っていた。


「あとは、任せていいんだろうな?」国王様に向かってシエルが確認する。


「ああ、大丈夫だ。後はドルトンに確認することにしよう。明日の精霊祭もこれで無事に開ける。なあに、さっきの稲妻は前夜祭の花火だったと言えば皆信じてくれるだろう。ハハハハ...。」


う~ん、最後のは嫌みでしょうか?


それにしてもこの庭は?恐らく落雷で穴だらけになっているであろうこの庭はどうするのだろうと思ったけど、そんなことを聞く間もなくシエルに引きずられるように神殿の中に連れ込まれた。


ちょうど、パトリックに抱えられるように歩いてきたアデリーナ様と擦れ違う。シエルの姿を見ると短い悲鳴と共にパトリックの後ろに隠れてしまった。

う~ん、あんなに憧れていたシエルの恐ろしい姿を見て、かなりトラウマになってしまったようで気の毒に思う。それにしても、この二人はどういった関係なのだろうと疑問がわいたけど、取りあえず今私はシエルと対峙する自分の事で精一杯だ。


正直今すぐ逃げたかった。

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