顛末
シエルは私の腕を引っ張り祈りの間を通り抜けると、神殿の奥、祭壇の背壁の右端にある切れ込みのような隙間から裏へ回る。
いつもは表から見えないようになっている裏側には、位置的に当然ミルディア神殿の外壁があり、祭壇の後ろの壁と外壁の間が通路のようになっていた。
ちょうど真ん中あたりまでくると右手の外壁に人が通れそうな大きさの穴がぽっかりと空いていた。もしかしたら、以前は木製の扉が付いていたのかもしれないが、今はただ、穴の回りには蔦が絡まり緑が鬱蒼としていて外に出られそうにはなかった。
ところがシエルがその前に立つと蔦や木々の枝がざわざわと動いたかと思うとまるでシエルを歓迎するようなアーチになり人が通れるようになった。
何事もなかったようにその緑のアーチをシエルに引っ張られ通っていくと、ほんのりと明るい森の中の空間に出る。月の見えない夜なのに、不思議なことに光が舞っているように薄明かりが灯り、歩くのには困らない程度の明るさがあった。そう言えば、先程の蔦が絡まった通路もほんのりと明るかった。
これが精霊の森?!
開けた広場のような空間の更に奥は鬱蒼とした木々が茂った森になっていたけど、広場の足元の草は柔らかく天気の良い昼間に寝転がったらさぞかし気持ち良いに違いないと思われた。
空気も済んでいて、今は夜だからか少しひんやりした空気も気持ちが良かった。
広場の真ん中には、かなり大きな切り株を使ったテーブルとその回りに椅子になるようにいくつかの小さな切り株が並んで円卓を作っていた。
その近くまで私を引っ張っていくとやっとシエルは腕を離してくれた。
「さっき、リカルドに抱き上げられていたな。」
何を!っていうか、正気を失っていたのに覚えているの?!
「シエルこそアデリーナ様とベタベタしていたじゃない!」
思わず売り言葉に買い言葉で心の声が漏れてしまう。
「なんだ、心配して見ていれば痴話喧嘩か?」
マティの声がして木陰から精霊王の姿で現れる。周りがほんのりと輝いていて、以前見た時と同じく神々しい姿をしていた。その姿の時に痴話喧嘩とか言わないで欲しい。
「痴話喧嘩じゃありません!」
ただ、リカルドのことを言われたからちょっとアデリーナ様のことを言い返しただけで…。
「アデリーナのことは腹黒国王から言われたから仕方なくだ。」
まあ、国王に腹黒をつけるなんて、やっぱり王妃様とシエルは似ているのね。
「きちんとリリアナに説明した方が良いぞ。」
マティが樹木の大きな根元にゆったりと腰掛けて言った。そんな姿もとても優雅で美しかった。
「分かっている!」
シエルによって、ことの顛末が語られた。
始まりはドルトン侯爵のところにヴィル·カリという南方の国の貴族が滞在することになったところから始まる。
外交を一手に引き受けているドルトン侯爵のもとには、海外からの訪問客がいつも絶えないので珍しいことではなかった。ただ、ある筋からの情報によりその人物が南方の国の貴族ではなく王族のひとりであり、しかも皇子だということが分かった。しかし、ドルトン侯爵からその報告は全くない。
仮にも他国の王族ならば、たとえお忍びだとしても自国の侯爵から国王様に報告が無いというのはどういう訳なのか。何かしらの国に対する裏切り行為があるのでは?
ドルトン侯爵が?という疑惑が王宮で持ち上がった。
しかも、ヴィル·カリが侯爵邸に滞在し始めたのと同じ頃、街で色々と問題を起こしている男達が数人、ドルトン侯爵の屋敷に出入りしているという証言も上がってきた。
マダムのところに来た男達もその中の人間だった。
ただ、疑惑は持ち上がったが証拠は何もない。
そこで、ドルトン侯爵の身辺を調査をすることになったのだが、娘のアデリーナが大魔法使いに憧れているのは侯爵家と親しい人間なら皆知っていた。国王様の命令でシエルが近づくことになり、シエルの自宅にアデリーナが招待されることになった。
まあ、これについてはさらに後日パトリックからまた別の話を聞くことになるのだけど。
とにかく、この機会を利用しアデリーナに近付きドルトン侯爵の夜会に招待されることに成功した。
実はあの仮装舞踏会の夜、私がヴィルと踊っている間に、裏ではハインツやリカルドが情報を求めて一生懸命働いていたらしい。
どうやら、ドルトン邸に出入りをしている男達の動きから精霊祭で騒動を起こそうとしていていると分かったが、果たして他国の王族であるヴィル·カリが本当にそんなことをするつもりなのか、それとも雇われた男たちが手柄をたてようとして先走っているだけなのか。その辺りの確証がとれないままアデリーナとハルイッツの大魔法使い宅訪問。私の誘拐未遂。と、この辺りとハルイッツの正体は公にはされないだろうとのことだけど。
まず、精霊王が絡んでいるという時点で口にするのもタブーだし、精霊王の知り合いの精霊?が大魔法使い様の娘を誘拐未遂なんてとてもじゃないけど公に出来ないとの理由らしい。
そこで、王妃様がアデリーナ様をお城に招待して様子を探りつつ、私が城内にいるとアピールして、敵をおびき寄せ、ヴィル·カリ達の動きを見張るという方針になったらしい。
だから、王妃様がさっき気まずそうな顔をしていたのね。囮にされていた私に黙って、裏では色々な計画が進んでいたから。
「それで?結局黒幕は本当にヴィルではなく手柄をたてようとした男達の独断だったの?」
「…まあ、そう言うことにしといた方がお互いに都合が良いということだな。」
ここまですらすらと説明してくれたシエルが初めて言葉を濁した。つまり、結局黒幕はヴィルやハルだったということ?
う~、なんか釈然としないわ。私にお祭りを案内して欲しいと言っておきながらその祭りで使う大事な神殿を爆破して台無しにしようとしたなんて。酷すぎる!
「まあ、ちょっと騒動を起こせればいいかという程度だったのだろうな。本気で掛かるような時間も人員も用意していなかったようだ。使える人材でも居れば採用しようかといった程度だったのだろう。」
結局、使える人材はいないと判断して自分達はさっさと退散したと。
「酷い。良い人だと思っていたのに…。」
思わず声に出して呟くと、シエルのこめかみがピクリとなるのが分かった。
「それより、私に何か言うことがあるんじゃないのか?」
シエルが説明は済んだろうと、私の前に立ちはだかった。




