精霊王
魔法?
「....貴方がやったの?」
一応、確認してみる。
「ヴィルがお前を気に入ったというから。面倒だが仕方がない。」
全無視?!っていうか、面倒だからなに?
「面倒って、面倒だからまさか殺すとか…?」
ハルはあいかわらず無表情だったけれど、微かに顔を歪めたのが分かった。長年あまり表情のないシエルを相手にしていると、人の少しの表情の変化でも何となく感情が読み取れるようになる。
(あ、これって私の特技かも)
なので、ハルの表情を訳すと
「こいつ何を言っているんだ?そんなわけないだろう。」と。
たぶん殺すつもりはないと思う。
たぶん…。
でも、ハルの力といい、言っている内容といい、悪い予感しかしない。
あいかわらず無表情で突っ立っていたハルがソファを避けてこちらに近づいて来た。自分の心臓が緊張でバクバクいっているのが感じられる。
アデリーナ様とパトリックを置いて逃げる訳にはいかず、とりあえず背中に寝ている二人を庇ってみるものの、気休めにもならないのは分かる。
絶対二人も守るのは無理!
「ヴィルに精霊祭を案内する話の返事なら、大魔法使い様に聞いてください!」
情けない話だけど、シエルの名前を出すことで少しでも牽制にならないかと考える。
「精霊祭?」
良かった!反応したのは大魔法使いではなくて精霊祭の方だけど!何とか話をして気をそらしたい。でも、その後どうしたら良いのか全く思いつかないけど!人間、追い詰められると怒りが沸き上がるらしい。思わず口調もきつくなる。
「そうです!精霊祭を案内して欲しいとヴィルから頼まれて」とりあえず話を続けてみる。
「…ああ、マティウスを奉っている神殿の祭か。」
マティウスというのは精霊王の名前だけれど、この国の人間は精霊王に敬意を表して名前だけでは呼ばない。精霊王とだけか、もしくは精霊王マティウスと呼ぶ。
「そうだけど、貴方は、その…」まるで、精霊王の知り合いのような話しぶりに言葉が詰まる。まさかと思うけどこの人…。
「まあ、あいつに会うのはまた今度でいいか。お前がここから消えたら魔法使い共がうるさそうだ。さっさと国に帰った方が良いからな。」
そう言って手を伸ばすと私の腕を掴んだ。
「嫌!シエル!」
にゃ~!!
鳴き声と共に黒猫が私とハルの間に飛び込んで来ると、私の腕を掴んでいたハルの手の甲を思い切り引っ掻いた。
「痛っ!」
引っ掛かれた自分の手を掴んでハルが一歩後ずさる。
「マティ?!」
部屋に閉じ込めといたはずなのに、パトリックに着いてきちゃったのかしら?マティが背中の毛を逆立ててハルに威嚇をしている。
マティったら!ありがたいけど相手が悪いわよ!危ないでしょ!
「マティ?」
ハルが自分の手を押さえながらそう言うと、まじまじとマティを見つめる。ちょっと、猫相手に暴力を振るおうとか考えてないでしょうね!
「なんだ、マティウスじゃないか。そんな姿で何をやっているだ?」
え?マティウス?じゃなくて家の飼い猫のマティだけど。
でも、心なしかマティの威嚇も収まって何かきょどきょどしている?
「猫のふりしても俺の目は誤魔化せないぞ。さっさと正体現せよ。」
え~、この人猫に向かって何を言っているのかしら。だいたい、マティウスって精霊王の名前…。
突然、マティの周りがゆらゆらと水面にさざ波がたつように揺れだしたかと思うと、あっという間に裾が長い古風な服装をした背の高い人が私の前に立っていた。腰まであるきらびやかな長い銀髪に濃い緑の葉で編んだものを王冠のように載せている。
彫りの深い横顔が見えるけど、性別はどっちかしら?
「精霊祭までは姿を現すつもりはなかったんだが。」
その人が涼やかな声でつぶやいたので男の人だと分かる。
分かるけど…。
「何でこんな所にいる?」
マティの代わりに現れたその人がハルに向かって訪ねた。
「ヴィルがその娘を気に入ったから、連れに来た。」
ハルが簡単なことのようにさらっと答えた。
「ヴィル?それが、お前が今お気に入りの人間か。」
こくんとハルが頷く。
「その娘、連れていって良いだろう?」
駄目に決まっているでしょう!そんな簡単に言わないで欲しい。こっちにも都合と言うものがあるのだから!
「駄目だ。」
その人が私の心の声を代弁してくれた。味方だと思って良いのかしら?
「なんで?ただの人間だろ?お前が肩入れしている大魔法使いの娘だからか?でも、本当の娘ではないと聞いたぞ?」
「...。」
マティが私の方をちらりと見る。何?なんでこっちを伺うの?
もしかして、味方じゃなかった?
「本当の娘ではないが、大魔法使いシエルの奥方だ。」
ハルが初めて表情を崩して驚いた顔をする。私ももちろん驚いた。この人は私が生まれ変わりだと知っているってこと!?
「ハハハハハッ...。」
いきなりハルが笑い出した。え~さっきまであんなに無表情だったのに。壊れた?
ひとしきり腹を抱えて笑った。
「なるほど、だから力を使い果たしてそんな恰好をしていたのか。」
えっと、私にも分かるように話して欲しい。
マティは苦虫を嚙み潰したよう顔で無言を貫いているが、気にせずハルは話し続けた。
「お前も物好きだな。そんなにあのシエルとかいう魔法使いがいいか?」
「...まあ、長い付き合いだからな。あいつが小さい頃から知っているし。だいたい、お前に言われたくはないね。いつも、気に入った人間を見付けてはくっついて歩いている。」
「ふん。だからと言って人ひとり生まれ変わらせるとはな。いくらお前でも、下手したら自分もただではすまなかっただろうに。」
「なに、そんなヘマはしない。まあ、色々やり様はあるのさ。その辺りは一応人間であるシエルが分かっている。」
「ふ~ん。随分と信頼しているんだな。」
「それで?どうするんだ?いい加減諦めて帰ってくれるとありがたいんだが。」
その人がハルに向って聞く。
「さあ、ヴィル次第だな。とりあえず、戻って聞いてみよう。」
「そうしてもらいたいね。私はこの後、リリアナに色々と説明をしなくてはいけないからね。」
はい、ぜひそうして頂きたいです。
「ふ~ん。良く分からんが大変そうだな。」
そう言うとハルはシュン!と音を立ててあっという間に消え去っていた。




