異国の盗賊
「おや、こんな端の方にいらっしゃったんですか。探しましたよ。」
ドルトン侯爵は隣に黒ずくめの異国の衣装を着た男を伴っていた。仮面舞踏会と言うわけではなかったので、仮装はしていても仮面を着けている人は王妃様くらいかと思っていたけど、黒ずくめ男は盗賊の仮装なのか腰に大きな剣を差し、頭にターバンを巻いて目だけが隠れる仮面を着けていた。
「それは、申し訳ございませんでした。つい、話に夢中になってしまって。」
もう挨拶も済ませたし、夜会の主催者であるドルトン侯爵は忙しそうだったので、まさかまた話し掛けられるとは思わなかったので少し驚く。
シエルではなく私達に用事なんてなんでしょう?
まさか、王妃様のことに気付いたとかではないですよね。
「いやいや、楽しんでいただいていれば構わないですよ。実はこちらの方がぜひ紹介して欲しいとおっしゃるものですからお連れしました。」
そう言ってドルトン侯爵は隣にいた盗賊姿の男を紹介する。
「私にですか?お父様にではなく?」
シエルに直接話しかけるのが恐いのかしら?
でも、シエルと同じくらいの長身で、仮装のせいかもしれないけどガッチリした体格で腰に差した立派な剣を軽々と振り回しそうな感じのこの人がシエルを恐がるとは思えないけど。
「いいえ、貴方に紹介して頂きたかったのです。南国の出身でヴィル·カリと言います。気楽な三男坊なんで、勉強と称して各国を周遊しています。」
確かに南方の国特有の褐色の肌に、ターバンから覗く髪は明るい金髪をしていた。堂々とした物腰といい、各国を旅行して回れる財力といい、きっと自国では有力な家柄の出身なのだろう。
「貴方が会場に入ってきた瞬間、ざわめきが起こりましたからね。ぜひ、踊ってもらおうと思っていたんですよ。」
まあ、ざわめきが起こったのはシエルが隣にいたからでしょうけど、異国の人だから勘違いしたのね。
「でも…。」チラリと腰の剣を見る。
仮装の為の軽い偽物の剣だとは思えない立派な装飾の、しかもかなり大きな剣だった。さすがに本物の大剣を腰に差して踊るのはさぞかし邪魔ではないだろうか。
「ああ、預かっておいてくれ。」
ヴィルと名乗った男はそう言って大剣を腰ベルトごと自分の後ろに控えていた男に手渡した。
後ろに人が立っていたなんて全然気がつかなかったのでびっくりする。主人であるヴィルと同じ褐色の肌をしてはいたけど、もう少し小柄で細身の男だった。
「これで大丈夫でしょう?」
ヴィルはにっこり笑って大きな私に向かって差し出した。
「すみません、少しの間お借りしますよ。」
さっきから私の横に仏頂面で無言のまま腕を組んで立っている王妃様に声をかけると、戸惑っている私の手を少し強引に取り、ホールの中央へと引っ張っていった。
「精霊の仮装ですか?とても、似合っていますね。」
軽やかなワルツに乗ってヴィルが聞いてくる。
マリーとサンドラの今回の私の衣装のテーマは花の精霊のらしい。
淡い色合いの軽い布が何色も重なったデザインでシルエットはシンプルなのに、踊るとフワッと裾が広がるようになっていた。
髪は緩く編んであって本物の生花が編み込まれていた。
この髪はなかなか凝っていて、二人の傑作と言っても良いと思う。
「ありがとうございます。こちらへは精霊祭をご覧になりにいらっしゃったのですか?」
精霊祭は数十年に一度の貴重なお祭りなので、すでに周辺諸国からも観光客がかなり入国していると聞いている。というか、この時期に来ている他国の人は観光か仕事かは別にして全てお祭り目当てだと言っても過言ではないだろう。
「ええ、まあそうですね。それはそれは盛大な祭りだと聞いていますので楽しみですよ。」
「はい、色とりどりの衣装を着た娘たちのパレードや外国の珍しい出店もたくさん出て、祭りは1週間続きます。もちろん、精霊王にちなんだお祭りですので神殿にもたくさんの人が押し寄せてお祝いするんですよ。」
そういえば肝心の精霊王が行方不明って言っていたけど帰ってきたのかしら?
まあ、実際精霊王の姿を見れるのは神殿の者たちだけで一般の庶民が見れるわけではないんだけど、さすがに不在のままお祭りを進めるのは魔法省の皆さんも心が痛いのではないかしら。
「精霊祭は十数年ぶりと伺いましたが。まるで見て来たみたいに詳しいのですね?」
不思議そうに聞かれて、今話したのは前世の記憶だったと気づいて冷や汗が出る。10代の私が知っているわけがなかった。
「あ、ええと。この国では有名なお祭りですから年長者から耳にたこができるほど聞かされて育つんです。」
「なるほど。それほど皆が楽しみにしているのですね。」
「はい!そうなんです。」
ふー、何とか誤魔化せたようだ。焦ったため危なくステップを間違えて相手の足を踏みそうになってしまった。
もっとも今会ったばかりの人が、私に前世の記憶があるなんて知るわけもないのだから心配することはなかったかもしれないけど。
「どうでしょう、1週間もあるなら、1日くらい一緒に祭りを見て回りませんか?」
「え?!」
まさか、初対面の人からそんなことを言い出されるとは思ってもみなかったので、今度こそぐらついてしまい、不覚にもよろけてしまう。
「おっと、大丈夫ですか?」
腰に軽く添えられていた手に力が込められて、一瞬私の体が浮き上がったと思うと次のステップに踏み出しやすい位置に自然に下ろしてくれる。きっと、周りから見たら私がミスをしてよろけたようには見えなかっただろう。
「す、すいません。ありがとうございます。」
慌てて、踊りを続けながらも謝る。初対面の人の足を踏まなくてよかった...。
さっきは冷や汗をかいたけど今度は恥ずかしさで体が火照ってしまう。きっと顔が真っ赤になっているに違いない。
「いいえ、軽過ぎて驚きました。」
にやっといたずらっ子が笑うように口の端を上げて笑ったのが、私に気にするなと言っているように見えて少しホッとする。この人は気配りのできる大人の男性なのね。やはり、踊りのパートナーに嫌な顔はされたくないのでフォローしてもらって感謝した。
「それで、どうでしょう?祭りを案内してもらえますか?」
ええっと、ちょっと強引だけど好い人そうだし、外国の方を1日案内するくらい構わないけど果たしてシエルが何と言うか。というか、今までなら絶対だめだと言われそうだけど、今夜はアデリーナ様にお付き合いしてダンスを踊ったりと最近は今までと違う感じだし、もしかしたら許可してもらえるかも?
「ええっと、父に聞いてみてないと。」
「ああ、なるほど。それはなかなか難しそうですね。」
彼がチラリと見た先に躍りながら目を向けるとアデリーナ様と踊り終えて戻って来ていたらしいシエルが王妃様と二人でこちらを見ていた。というか、睨み付けていた。
「あら、やっぱり外国の方でも父の事はご存じなのですね。」
ヴィルはおそらく、私の父親だと認識してシエルの事を見たのだから。
「....。まあ、有名人ですからね。」
少し気まずそうに答えるヴィルを見て、知らない振りをした方が礼儀にかなっていたかしらと後悔した。
「ごめんなさい。余計なことを言いました。」
ここは外交問題になっても困るので素直に謝っておこう。
「いいえ、さすが大魔法使い様のお嬢さんですね。とても、頭の回転が早い。惚れ直しましたよ。」
マスクの下の目がくしゃっと笑うのが見えた。
ええっと、これはお世辞として流すべきよね?
「あの、ありがとうございます?」で、良いのだろうか。
前世の記憶があってもこういった時の経験値が無さすぎて対処に困るってしまう。
「いいえ、どういたしまして。」
腰に添えられている手に力が籠ってぐっと抱き寄せられた。
「では、もしお父上から許可を得ることがでたら、ドルトン侯爵を通して連絡を頂くというのはどうでしょうか?できれば、今すぐ一緒にお父上のところまで行ってお願いしてみても良いのですが、恐らく逆効果だと思いますので。」
確かに。
大きく頷いた私をクスリと笑うと耳元で
「じゃあ、祭りを一緒に見れるのを楽しみにしていますよ。リリアナ。」と囁き、曲が終わると同時にさっと人混みの中に消えていった。彼の直ぐ後ろに剣を持った従者が着いていくのがチラリと見えた。