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誰かの役に立てるなら

「怖がらないで。僕はレディには優しくしますから」

「は、はい……」


アラミスは目を閉じると、小声で囁くように言葉を紡ぎ始める。

風の魔法の詠唱だ。

これは学院時代にアンナも習った。


同時に嫌な思い出のある魔法でもある。

貴族の子息なら誰でも使えると言われているこの魔法すら使えないと分かったアンナは、エドワードの逆鱗に触れた。

怒ったエドワードはパーティに参加していたアンナをつまみ出して、厩に放り込み、華やかな音楽を聴きながら一人でこの魔法を練習させられたのだ。

噂はすぐに巡り、両親や家族には蔑まれ、都中の貴族に後ろ指をさされて笑いものにされてしまった。


その辛さが今でも鮮明に覚えている。記憶が掘り返され、アンナの胸はぎゅっと締め付けられた。


「どうです?」


そっと、アラミスが微笑んでそっと手を離す。


「……っ」


アンナは息を止めて目を見張った。

美しい。

グリーンの光の粒が宝石のように輝いて、ゆっくりと旋回をしている。


「綺麗です……」


光の粒はアンナの手のひらの上で星のように瞬き、楽しそうに踊っている。


「あなたの目には魔法の欠片が見えるんですよ。あなたは、妖精との対話を、あなた自身の形でできるのです」


この世界の魔法は、「妖精との対話」によって成されているという。

簡単に言えば、「妖精にお願いをする」のだ。

なので、体の中で魔力を練るみたいな、そういう作業は要らない。

魔法の優劣は、どれだけ妖精に協力して貰えるか否かに関わってくる。


その「お願い」の方法が、アラミスが先ほど見せてくれた詠唱による物なのだが――


「私の形の、対話――」

「そうです。あなたの目や、魔法の才能は僕達の比じゃないはずですよ」


アラミスは優雅に目を細め、細くしなやかな指でアンナの頭を撫でる。


「おい」


ヒースクリフが顔を真っ赤にして立ち上がるが、アラミスは真剣な顔でそれを制した。


「姫君。ここには貴女に辛い思いをさせる人は居ませんよ」

「そ、そうだ。お前に変な事をするヤツが居たらただじゃおかない」


ヒースクリフは思いっきりしかめた顔をほどき、視線を逸らしながら言った。

優しい二人。

触れたことの無い他人の優しさというのは、どうしてこんなにも嬉しくて、安らいで、そしてどこか寂しいのだろう。


「は……はい」


アンナはいつの間にか光の消えていた手のひらを降ろして、ゆっくりと、祈るようにうなずいた。


今まで誰にも愛されなかったアンナだ。

もしかしたら、いつか村の人々もアンナに呆れて離れていってしまうかもしれない。

そんなのは、怖くて嫌だ――


アンナは、脚に置いた手をぎゅっと強く握りしめる。


「あ、あの……アラミスさん……この村で何かお手伝いすることはありませんか?」


前にもヒースクリフに同じ質問をしたのだが、彼はわからないと言っていた。そういう事はアラミスに聞け、とも。

顔を見合わせるヒースクリフ達。その反応が気になったが、アンナは勇気を出して続ける。


「私、ここが好きです。できれば、ここで暮らす人達の役に立ちたい……」


アラミスは優雅に微笑み、細めた目でヒースクリフを見つめる。


「ヒースクリフ。かわいい姫君をガラス箱に閉じ込めたくなる気持ちはわかりますけど」


聞いているだけでも恥ずかしくなるような事をぺらぺらと喋るアラミス。

ヒースクリフは顔を真っ赤にして俯いた後


「べ、別にそういうつもりじゃ! す、好きにすればいいと思うぞ」


と慌てふためいたように言った。


「好きにする? ねえ、ヒースクリフ。どう思います? 君は姫君に手伝って欲しい事があるんじゃないですか?」

「っ、……あるにはあるが……」


ヒースクリフはばつが悪そうな顔をしてポリポリと頬を掻く。


「ふふ、自分の研究が未熟だから見せるのが恥ずかしいって所でしょうか」

「ち、違う! アレは順調だ!」


二人はアンナの知らない話題を始めてしまった。

結局、アンナにできる事は無いのだろうか。

今世でも誰の役にも立てないのだろうか。

そう思えば思うほど、悲しくなってくる。


こんな自分じゃ、誰かに愛される訳なんてない――


じわじわと心が不安に支配されていくような感覚。

気持ちがどんどんと沈んでいく。

まるで、霧の都に居た頃の感情を殺した日々に逆戻りしたような――


「その……私の目というのも、実際は何の役にも立たないのでしょうか」


アラミスは目を細めてヒースクリフの背中を押す。


「おい」


ヒースクリフは少し怒ったような声色で言う。


「俺は言ったよな、お前が必要だって。だから、そんな風に言うな」


澄んだブルーの目をまっすぐに向けて、彼は言う。

アンナの心臓は握られたかのように痛み、切ない気持ちで一杯になる。


どうして嬉しくなる事を言ってもらったのに、こんな気持になるんだろう。

分からない。


ヒースクリフは立ち上がって踵を返す。

黒い外套を翻し、彼は足早に玄関口へと向かう。


「ついて来い。あんまり誇れるような成果はないが……見て欲しい物がある」

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