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絶対執事!?  作者: 暇人
執事とVRMMO日記
84/85

執事と的中

「敵がいます。恐らくゴブリンで、数は三体です」


 岩でゴツゴツした人一人が通れる程の洞窟を進む中、勇人の低い声に一同はピタリと立ち止まる。全員が止まったのを確認した先頭の群青は、一人先へと進んでいった。


  何かしらのイベントMOBらしき子犬をパーティに入れた勇人たちは今、道中のMOBとの戦闘を重ねながら《ボルフの谷》を攻略している真っ最中だ。


 《ボルフの谷》は北の森を抜けた先にあり、その名の通り切り立った崖や細い洞窟が幾重にも曲がりくねる複雑な地形のダンジョンであった。


 掲示板では、最初は岩肌を這うように進む道がほとんどで、奥へ進むと今度は逆に細い洞窟がほとんどとなり、崖などでは空中に浮かんだ敵が、洞窟ではゴブリンなどが多数出てくると書かれていた。それを受けた勇人たちは、タンクである群青、索敵担当の勇人、主力の孝章、由利、回復補助の真張、晴子、瑠璃の順に列を作り、周りを警戒しながら進む形をとった。


 更に、洞窟内で敵が現れたら、群青が盾を構えて突進。怯ませたところに由利や孝章が群青と入れ替わるように前に飛び出しとどめをさす。崖を進む中で空中に浮かぶ敵に出会ったら、孝章の『ハウリング』で動きを止め、勇人や晴子、真張の遠距離攻撃で仕留めると言う戦法を取った。そのため、これといって危ない場面はなく進んでいた。


 一同が静止してからしばらくして、群青が小走りで戻ってきた。


「この先、上下に大きな空洞になっています。そこに斧と剣、弓を装備したゴブリンが居ました」


 戻ってきた群青の言葉に全員は無言で頷くと、息を潜めて洞窟を進む。そして、身を屈めてしか通れなかった狭い洞窟から一変、広い空洞に出た。


 勇人たちがたどり着いた空洞は前後に大きく伸びており、そこから螺旋階段の様に壁を這って下の平らなところまで道が続いていた。その平らなところで、勇人が察知したゴブリンたちが屯っている。


 距離は、高さ的に言えば三m程。飛び降りられない高さではないが、飛び降りる最中に気付かれる危険が高い。更に、下へと続く道の所々には大きな岩が地面から突き出して身を隠すにはうってつけだが、下に行けば次第に岩はなくなり、ゴブリンに安全に近づくにはほんの少しだけ距離が足りなかった。


「ゴブリンに一番近い岩まで進んで、勇人くんと瑠璃くんでアイツらの視線を引きつける。そして視線が外れた所で残り全員で奇襲する、でどう?」


 その地形を見た孝章は素早く作戦を立てる。キラービーの時は発見次第『ハウリング』を使って突っ込んでいったのにこういう時は冷静になるのだな、と勇人が思う中、その作戦に全員同意。それに従って、一同はゴブリンに気付かれないよう下って行った。


「がぅ!!」


 しかし、あと少しで目的の岩間近というところで、瑠璃の腕の中にいた子犬がいきなり吠えた。その声は予想以上に大きく、下にいたゴブリンたちは一斉に勇人たちを見る。


「ちょッ!? ってわわっ!?」


 全員が一斉に瑠璃を見る中、押し殺した声を漏らす瑠璃の腕を子犬はスルリと抜け、ゴブリンの方へと一目散に走っていってしまった。それに面を喰らい固まる一同に、一番近くにいた斧ゴブリンが低いうなり声を上げて襲いかかる。


「ちっ!」


 先頭の群青は我に返るとすぐさま盾を構えてその斧を防いだ。金属がぶつかる鋭い音が鳴り響き、それと同時に群青の顔が苦痛で歪む。しかし、すぐさま盾を押し返して、お返しとばかりに斧ゴブリンに体当たりをかます。


「強行突破だ!!」


 そう鋭く叫んだ孝章は、群青の陰から飛び出して体勢を崩した斧ゴブリンの顔面を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた斧ゴブリンは後ろに転がり、入れ替わる様に今度は剣ゴブリンが襲いかかる。


 そこに、群青の陰から飛び出した由利が身体を捻りながら引き抜いた太刀で剣を受け流し、返す形でその身体を真っ二つに叩き斬った。真っ二つにされた剣ゴブリンは唸り声を上げながら白いポリゴンとなり、そのポリゴンは由利の身体をも包み込んだ。


「ッ!?」


 由利の視界をポリゴンのカーテンで包まれた時、それを引き裂くように矢が無数に飛来。弓ゴブリンが放ったものだ。


 不意を突かれた由利は躱すことが出来ずに矢を浴びてしまう。突然のことに固まる由利に、今度は斧ゴブリンがポリゴンの中から現れ、勝ち誇った顔を彼女に向けて斧を振り上げた。


 しかし、その瞬間由利の顔を矢が掠め、斧ゴブリンの顔面に二本の矢が突き刺さる。突然のことにまたもや固まる由利の前で、横から割り込んできた孝章がその顔面に拳を叩き込んだ。


 矢を押し出すように叩き込まれた拳は矢ごとゴブリンの顔を抉り、矢が突き抜けると同時に斧ゴブリンはポリゴンとなった。


 斧ゴブリンがポリゴンとなる中、我に返った由利と孝章は弓ゴブリンの追撃を逃れるためにポリゴンの中から飛び出す。転がる様にポリゴンのカーテンを飛び出した由利はすぐさま太刀を構え、弓ゴブリンを睨み付けた。


「がぁぁ……」


 しかしその目に映ったのは、胸を二本の矢で貫かれた弓ゴブリンが低いうなり声を上げながら白いポリゴンへとなっていくところであった。勇人や孝章は武器をしまい一息つく中、一人由利だけは太刀を構えたままボケっとしている。


「斧ゴブリンを貫いた矢がたまたま後ろにいた弓ゴブリンに当たった……みたいですね」

「そ、そんなことがあるのかしら……?」


 唖然としている由利に勇人はそんなことを言いながら、彼女にポーションを手渡す。勇人からポーションを受け取り、何処か納得のいかない表情の由利は首を傾げながらポーションを煽る。しかし、すぐさま目付きを鋭くして瑠璃を見る。


「って言うか瑠璃!! あんた、子犬の世話しっかりやりなさいよ!!」

「で、でもいきなり吠えたんですから対処しようが…………って居た!!」


 由利の言葉にショボくれながら、ゴブリンが屯っていた辺りで子犬を探す瑠璃は空洞から続く奥の方を指差して走り出してしまう。それにつられ、回復しきってない他のメンツもしぶしぶ彼女の後を追った。


 空洞は奥へ行くにつれてその高さを増していき、子犬を抱き締めている瑠璃を見つけたところではもうビル五階分の高さになっていた。そして、瑠璃の腕の中での子犬が見つめる先に、巨大な石柱が左右にそびえ、上へと続く大きな階段が鎮座していた。


 紛れもなく、BOSSエリアへと続く階段である。


「ようやくね」


 一同が階段を見つめて固まる中、少し緊張の色がうかがえる声でそう呟いた由利は勇人たちを振り返り、キィッと顔を引き締める。


「気合い入れていくわよ!!」

「「「「おう!!」」」」


 由利の号令に他のメンツは口々に返事をして、武器の具合を見たり、アイテムを確認したりと各々なりの準備をし始めた。


「がう!!」


「っと!?」


 BOSS戦ということで顔を強張らせながら準備を進める中、勇人は未だに心を開かない子犬とのコミュニケーションに挑んでいた。


「勇人……あんたまだやってんの? いい加減諦めなさいよ」


「いや、もう馴れてきた頃かな~? と言う淡い希望が捨てきれなくて……」


 勇人が瑠璃に抱き抱えられた子犬に触ろうとして噛み付かれる寸前に手を引っ込める姿に、由利はため息交じり問いかけ。


 それに苦笑いを溢しながら再度子犬に手を伸ばす勇人であったが、またもや噛みつかれそうになる所で手を引っ込める。それを繰り返す内に、「オモチャにしないで!!」という瑠璃の手によって、子犬は勇人から離されることとなった。


「あぁ……モフモフがぁ……」


「モフモフって……まぁいいわ。てか、あんたBOSS戦前なのに妙に落ち着いてるわね」


「……そりゃ、嫌と言うほどBOSS戦を経験してますから……」


 子犬が離れていったことにガックシと肩を落とす勇人に由利が問いかけると、勇人はなぜか遠い目でそう返した。


 勇人の言葉通り、彼は今まで何度もBOSS戦を経験しており、更に彼が今まで戦ってきたのは倒すのに時間と労力を多く有する一癖も二癖もある奴らだったためか、大概のBOSSならそこまで動揺することがなくなっていた。


 しかも、今回のターゲットであるボルウルフは仲間を呼ぶ以外にこれといった特徴もなく、危険性もそこまで高くはない。更に、今回はソロではなく実質二つのフルパーティーで挑むため、そこまで苦労することなく倒せると、勇人はタカを括っていた。


「主力であるお嬢様や孝章さんの火力、ヒーラーであるハルさんや真張さんの回復力、タンクである群青さんの固さと補助役である瑠璃さんと僕のレベルを考えても、先ず負けることはまずないでしょう」


「狼の二、三匹だけ(・・)なら余裕なんだろうけど……ね?」


 そう応えながら、由利は横目で瑠璃に撫でられている子犬を見据える。当の子犬は瑠璃に撫でられているも、先ほどと違って何処か落ち着きがないように見える。


「ここまで来る中で何もイベントが起きなかったってことは、BOSS戦かそれ以降に何らかのイベントが起きるってことよね?」


「さっき階段を見つめてましたし、確実にBOSSの所でイベントが起きますね」


 子犬がまたもや瑠璃の腕から脱走するのを見つめながら、二人は各々の準備を進める。


 勇人は消費したポーションや矢を手早く補充して人数分に分けて配ったり、由利は孝章や群青とBOSS戦での作戦を練り合ったり、晴子と真張は料理を振る舞って付加効果を与えたり、瑠璃は何度も逃げ出す子犬を捕まえたりして、ようやく準備が整った。


「よし、じゃあ行きますか!」


 由利の号令と共に、一同は階段をゆっくりと上っていった。


 左右にそびえる柱を通り過ぎた瞬間、一同は空気が変わるのを感じた。それにより、皆の顔に緊張が走る。その空気を纏ったまま、一同は無言で階段を上っていく。


 階段を上りきった先は、無数の松明に照らされた先ほどよりも遥かに広い空洞が広がっていた。


 マゼンタクリー戦のBOSSエリアが水晶で満たされた場所だったことにより、それを経験した者たちは若干の違和感を覚えた。しかし、その感覚は遠くの方から聞こえてきた低いうなり声によって掻き消された。


「戦闘態勢!!」


 由利の号令と共に一同は武器を抜き払って陣形を作る。先ほどと異なり、タンクの群青を先頭に主力の孝章と由利、補助係の勇人と瑠璃、後方支援の晴子と真張。防御よりも火力重視の陣形だ。


 その陣形のまま一同が構える中、低い唸り声は次第に大きくなっていき、地面伝いに何かが近づいてくる震動が大きくなっていく。そして、奥の穴から大きな狼が現れた。


 松明に照らされたその巨体は銀色の美しい毛並で覆われており、後ろに垂れる尻尾はユラユラと揺れている。口の端から見える巨大な牙は鋭く反り返って光を反射し、黄色く血走った大きな瞳がゆっくりと動く。そして、勇人たちを捉えた。


「来るわよ」


 由利の言葉に一同は武器を握る力を強くする。それに対峙する大狼――――ボルウルフは低いうなり声を上げて身を屈める。飛び掛かる前触れなのだろうか。それを察した一同は意識をボルウルフに集中する。




―――グルァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!―――


 その瞬間、耳を(つんざ)くような巨大な咆哮が空洞中に響き渡った。


 身体の内側からも震わせるその咆哮に、勇人たちは武器を取り落しながら耳を塞ぐ。彼らの前にいるボルウルフでさえも、その場で縮こまっている。


 つまり、この咆哮はボルウルフが発したものではない。


 次の瞬間、咆哮はピタリと止んだ。その場は、何事もなかったかのように静寂が包む。


「な、なに?」


 耳を抑えたまま由利が小さく声を漏らすと、またもや地面を揺らす震動が襲ってきた。先ほどボルウルフが現れた際に感じたものよりも遥かに大きなものだ。


「キャイン!!」


 突然、勇人たちの目の前にいたボルウルフが悲鳴じみた声を上げ、背を向けて一目散に逃げ出した。しかし、それは叶わなかった。


 逃げ出そうとしたボルウルフの足元から巨大な火柱が吹き出し、その身体を貫いたからだ。


「な!?」


 突然のことに一応はすぐさまボルウルフから離れる。当のボルウルフは「キャインキャイン!!」と悲鳴を上げながらジタバタともがくも、柱から現れた火の蛇によってその身体を蝕まれ、最後は白いポリゴンとなって消えていった。


 あまりの事に固まる一同を他所に、地面を揺らす震動は大きくなっていく。それに伴い、この空洞の温度が徐々に上がっていき、一同の体感温度の徐々に上がってきた。その影響か、ゲームの中なのに勇人たちの額から薄っすらと汗が滲み出てくる。


「がぁ!!」


 その中で、瑠璃の腕の中にいる子犬が今まで聞いたことのない鋭い声を上げる。それは、ボルウルフが現れた穴に向けられていた。それにつられ、勇人たちはその穴を見る。


 穴の奥のほうにオレンジ色の明かりが見えた。それは震動と共に徐々に大きくなっていき、明かりの中心にいる何かの姿がはっきりと見えてくる。


 パッと見、大きな犬だ。


 しかし、遠くから見ても分かるほど巨大な体躯、その体躯の大部分は薄い赤色の肌で覆われている。それ以外は肌よりも濃い朱色の毛が束となって、顔や首回り、背中にかけて生えている。顔には毛並に沿う様に刻まれた朱色の模様と、それと対照的な黒い瞳。ずっと開きっぱなしのためによだれが垂れる口に、そこからスラリとのびる二本の鋭い牙。


 そんな数ある特徴の中で特に異色を放つのが、その首に巻きつく端っこが黒く焦げた大きなしめ縄と、それにくっついている小さな箱だ。何十年物月日がたって古ぼけたしめ縄に、打って変わって傷が一切なく真新しいピカピカの箱とそれに付いている大きなお札、その対照的な二つモノが隣り合わせという異様な光景が、余計存在感を際立たせていた。


 穴から現れたそれは、ゆっくりとした足取りで勇人たちへと近づいていく。一歩歩くごと、一回息を吐くごとにその体から火の粉をまき散らし、その周りに無数の火柱が上がる。


 その圧倒的な存在感に誰一人として動く者はおらずは、武器を構えたまま固まってしまう。そして、勇人がポロリと声を漏らす。


「狛犬?」


 勇人たちの前に現れたそれは、神社などでよく見る狛犬に似ていた。しかし、実物に大きさと凶暴さ、獰猛性を何割増しかしたような、仮に地獄の番犬と言われても素直に頷いてしまうほど、その姿は実物とかけ離れていた。


 そして巨大な狛犬が勇人たちの目の前で止まった時、その間に無機質なウィンドゥが表示する。


『Boss Battle』


「やっぱりこうなるのぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


 ウィンドゥが表示されると同時に飛び出した由利の悲痛の声は、洞窟内に幾重にも反響した。

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