執事と諦め
たいへん長らくお待たせしてしまって申し訳ございませんでした。
「勇人く~ん? 瑠璃ちゃ~ん? そろそろ出ますよ~?」
とある部屋の前で、晴子が何処か間延びした声で呼び掛けるが、中から反応はない。
その部屋は勇人と瑠璃が寝ている部屋である。因みに勇人と瑠璃が同室なのは、彼と寝るのを由利、晴子、瑠璃の三人でローテーションしているためだ。
時刻は九時を過ぎている。いつもなら身支度を整えて出発している時間であり、既に由利や孝章、真張、群青はいつでも出発できると言う状況だ。
「ハル~……いい加減出てきたの?」
階段から声を掛けられ晴子が振り向くと、ロビーへと続く扉から由利がぶすっとした顔を覗かせていた。その耳には真新しい翡翠色のピアスが太陽の光を浴びて光っている。
彼女が身に着けているピアスは、運営から送られてきたプレゼントである。
と言うのも、昨日の死に戻り後の復活及び犯罪行為の粛清の停止、そして一時的な運営との通信障害が起こったために全プレイヤーに多大な影響を与えた運営がそのお詫びとして贈られたのだ。プレゼントと共に送られてきたメッセージに書かれていた今回の原因と言うのは、FCOを運営するメインサーバーのデータ処理をする際に起きた不具合とされており、現時点でそれは修正されたと記されている。
そんなわけで、思わぬプレゼントに興奮気味な彼女曰く、そのピアスはSPDを大幅に上げる効果があるのだとか。それを説明された際に「それ以上上げてどうする気?」という言葉を飲み込んだ晴子は、同じく運営からDEFを上げる籠手を着けている。
そんな由利の表情に晴子は肩を竦めると、不機嫌な顔を更に歪ませた由利は大人しくロビーへと引っ込む。その姿を晴子が苦笑交じりに見送った時、不意に彼女の前の扉が音を立てて開いた。
「あ、ようやく出てき――」
「ちょ、押さッ!?」
そう言いながら振り返った晴子の目に黒く長い髪に真っ白なレース、耳にここ最近ようやく聞きなれた声が聞こえた――――――と気付く前にその顔に柔らかいモノが包み込み、体勢が大きく後ろに崩れる。
ドシン!! と大きな衝撃が二階の廊下に、そして一階のロビーに、その場にいたすべてのプレイヤーのに響き渡る。優雅に朝食をとっていた彼らは突然の衝撃に何事かと騒ぎ始めた。
「……なにやってるのよあいつら」
飲んでいた紅茶を足元に盛大にぶちまけた由利は、額に青筋を浮かべながら二階へと続く扉に近づく。二回の廊下で騒いでいる晴子たちを叱るためだ。
「ちょっとあんたたち!! いったい何をやら……かし……た?」
二階の踊り場に出た由利の言葉が途中で途切れた。目の前に現れた光景に言葉を失ったのだろう。
「あ~もう滑々じゃない、もうすべっすべぇ!! やっぱ若い子っていいわね~!!」
「ちょ、瑠璃さん何処触って……ひゃぃ!? 駄目ですってそこは……あぁ!?」
「…………」
涎を垂らしながら手慣れた手付きであれこれと触りまくるおばちゃんモード全開の瑠璃、固いフローリングに後頭部を打ち据え、そしてクッションみたいな双丘が顔面をスッポリ覆って息が出来なくて手をピクピクと痙攣させる晴子。
そして、そんな二人の間で黄色い声を上げながら瑠璃の魔の手に踊らされるフリフリのメイド服を身に纏った黒髪ロングの美少女――――――勇人が居たのだった。
◇◇◇
時は、由利達が起きだす少し前にさかのぼる。
「ん……もう朝か……」
顔に注ぎ込む朝日の光によって目覚めた勇人は、大きく伸びをしながら欠伸を溢した。ふと彼が横に目を向ければ、水色の髪を豪快に乱れさせた瑠璃が規則正しいリズムで寝息を立てる。
「あれだけ暴走した人の寝顔とは思えませんね……」
年齢からは想像もできないあどけなさが残る寝顔の瑠璃を見て、勇人は苦笑を浮かべる。
昨日の騒動を何とか終結させた勇人たちは街へと戻って武器や防具の修復をした後、夕食を取りながら今後の方針を話し合った。
今後の方針とは、今まで二手に分かれて行動していた由利と孝章のグループを一つにまとめる、そして互いの情報を共有するかどうかと言うものだ。
その結果、勇人たちは残り四日間を孝章たちとともに行動する方向に纏まりつつあった。そんな空気を察した由利は露骨に嫌な顔をしていたが、孝章以外のメンツは見て見ぬふりをしていたのは言うまでもない。
しかし、それはまとまりきらずにお開きになった。話し合いの最中に、瑠璃が眠気を訴え始めたからだ。
今回の騒動で状況が把握しきれていないながらも勇人たちが到着するまでの時間を稼いでくれたのは紛れもない彼女だ。孝章が表だとしたら、彼女は影の功労者と言えよう。
そしてその活躍の裏には多大な負担があった。それに彼女の目的であった飼育MOBも、状況が状況のため捕まえてない。
それを含めると、今回の騒動で彼女が一番苦労したと言えよう。
そんな彼女の身を案じた勇人たちは詳しい相談は翌日へと繰り越し、それぞれ早めに宿を取って就寝したのだった。
そして心身ともに疲労困憊の瑠璃に一切の警戒を解いた勇人がその夜、襲撃を受けたのは言うまでもない。完全に寝静まった宿の一室から十六歳の男子が発する筈のない金切り声が響いたのはまた別の話だ。
昨晩のことを思い出していたいたためか、勇人は無意識のうちに胸当ての隙間を庇っていたことに気付いた。
「…………」
自らの行動に若干女っぽくなっている、そしてこれが一生引き摺ることとなるトラウマにならないことを祈りながら、勇人はメニューを開く。
「ん?」
メニューを開いた勇人の目に真っ先に飛び込んできたのは、『新着メッセージがあります』と点滅する表示であった。それをタップすると、彼の目の前にメッセージBOXが展開される。
「『昨日の不具合について』……?」
新着メッセージのタイトルを読んでそれをタップし、勇人は展開された全文を読み始めた。
その内容は昨日起きたバグ、及び騒動の原因と謝罪が長々と記されていた。ほぼ無意識のうちに目を走らせていた勇人の目は、とある一文を目にして止まった。
「『つきましては、お詫びとして運営よりアイテムを』……うおッ!」
その部分を読んでいた途中に目の前に新たなウィンドゥが表示され、思わず野太い声を上げる勇人。そこには『プレゼントを受け取りました』と表示していた。
それを脇に退けた勇人は運営からメッセージに最後まで目を通す。すると、最後の方にプレイヤーに必要であろうものを運営側が選別し、プレゼントとして贈られる、と書かれていた。
「マジで!! やったぁ~!」
それを読んだ勇人は早速プレゼントBOXを開き、運営から届いたというプレゼントをタップした。
「……え?」
その瞬間、彼の身体は淡い光に包まれた――――――。
◇◇◇
「と、言うわけです……」
朝の経緯を話し終えた勇人は深い溜め息を溢しながら目の前に置かれたコーヒーに目を落とす。
廊下で衝撃の光景に遭遇した由利は暫し停止した後、おばちゃんモードの瑠璃から勇人を何とか引き剥がすことに成功。そのまま晴子も救出し、ロビーの一角にある机を陣取って二人から詳しい事情を聞くことにした。
始めに瑠璃に聞いたのだが、真顔で『目の前に可愛い子が居たから抱き着いただけです。これは常識です。私は何も悪いことはしていません』と自供し続けるだけだったので、早々に勇人に切り換え、今のような説明をされる流れとなった。
そのことで、我ながらいい判断だった、と由利は手にしたレンズをさすりながら思った
「てか、そんなに嫌なら脱げばいいじゃない。何で着ているのよ?」
「勿論速攻で脱ごうとしましたよ!! でも……メイド服にある『脱衣不可』ってスキルで脱げないんですよ!!」
「呪いの装備かよ」
由利がそう突っ込むと、勇人は「でも、ほとんどのステータスが軒並み上がっているので、呪いの装備ってわけでもありません」と冷静に弁明する。こいつ、本当は気に入ってんじゃないの? と勇人の女装癖を本気で心配始めた由利は、軽くため息を零しながらシャッターを切る。
「しかしまぁ、このゲームどれだけあんたの精神を壊しにかかってるのかしらね?」
「そのレンズを向けることもシャッターを切ることも精神崩壊に関わっているって分かってます?」
「今度から屋敷での格好をメイド服にするわ。あ、いっそ『優子』って改名したらどうよ?」
「僕の精神抉ってそんなに楽しいですか!?」
机を叩きながら涙目で見据えてくる勇人を無視して、由利は新たに頼んだ紅茶を一口飲みながら辺りに目を向ける。因みに、これは勇人の奢りだ。
「でもまぁ良いじゃない。周りからは大絶賛なんだし」
そう言葉を漏らした由利の目線の先には、宿屋の入り口や窓から顔を覗かせ、こちらを凝視する無数のプレイヤーたち。FCOの女神(男)がメイドになっている、さらに朝の一騒動も拍車をかけて宿屋はたくさんのプレイヤーで溢れかえっているのだ。
一応昨日の内に勇人が男であると言う情報は掲示板を通して主流なスレに流しておいた。その後のスレの荒れ様と言ったら、昨日の男プレイヤーたちの反応に似ている、もしくはそれ以上の反応を見せ、一時運営が書き込みを遮断したぐらいだ。
しかし、何割かのプレイヤーはそれをガセネタだと思っている、もしくは分かっている上で近づいてくる人もいる。今窓の向こうからくる悪寒が走る熱い視線は、恐らくそういう人たちのものだと勇人は解釈している。
「ハニー、話は終わったかい?」
自らの貞操の危険を感じてガクブル状態の勇人、その姿をレンズに納めることに躍起になっている由利にしびれを切らしたのか、傍らに真張を引き連れた孝章が声を上げたので、話し合い兼撮影会は一旦
お開きとなった。
「で、ハニーたちは今日はどうするつもりだい?」
「ん~、特にしたいってことは無いわね。この町周辺のダンジョンを攻略するのもいいし、遠出するのもいいし、ひたすら町に引きこもってショッピングもいいわね」
由利の言葉に勇人、そして離れたところで勇人たちの話しあいを見守っていたメンツも同じような返答を返す。すると、孝章は何故か嬉しそうに顔を綻ばしてこう提案してきた。
「なら、闘技大会に出場しないか?」
「「闘技大会?」」
孝章の言葉に、勇人と由利は首を傾げる。後ろのメンツも何だ何だとこちらに近寄ってくる。それを見た孝章は自慢げに闘技大会のことについて説明しだした。
闘技大会とは、定期的に闘技場で行われるプレイヤー同士の戦闘、所謂PvPを目的とした大会のことである。
孝章が手に入れた情報によると、ツインリベロの次の町に闘技場があり、そして明日にその闘技場でPvPを目的とした闘技大会があるらしい。
その闘技大会は、予選は各職業による総当たりのサバイバル形式、本戦は職業関係なしの一対一の対人トーナメント形式の二つに分かれているらしく、様々な戦闘スタイルのプレイヤーとの対戦が楽しめるらしいのだ。
因みにその参加方法は闘技場内の電子端末に名前と職業を入力するだけという簡単な仕様。運営曰く、一人でも多くの人が参加してほしいとのことだ。
「せっかくVRMMOの醍醐味が出来るんだ、行くしかないだろう!!」
「面白そうね!!」
と、興奮気味にそう言う孝章、そしてその話を聞いて目を輝かせる由利。そしてこれ以上目立ちたくない勇人は渋い顔をするも、この二人が面白そうと言い出したらそれに従うしかないと早々に諦めるしかな
かった。
次の町に行くにはツインリベロから北にある≪ボルフの谷≫と呼ばれるダンジョンを突破しなければいけないらしい。しかも、そこの最深部にはボスがいるとか。
「ボスの情報とかは無いの?」
「一応調べたよ。≪ボルフの谷≫のボスは『ボルウルフ』って言う大型の狼らしい。弱点は火、足払いと突進、噛み付きが主な攻撃パターンで、配下の『ホルウルフ』を何体か従えているみたい。HPが赤になると、一定時間怯み状態にする【咆哮】と、【捕食】って言う与えたダメージの4分の1のHPを回復する攻撃を使ってくるらしい。でも、注意すべきものを注意して油断なく戦えば危なげなく倒せるって」
ここまで情報が上がっているということは、相当多くの人が討伐に成功しているということだ。それに、由利の人間離れした戦いと、孝章の起死回生の狂戦士があれば大概の敵は大丈夫なのではないだろうか、と勇人は思っていた。
「よし、そうと決まれば早速≪ボルフの谷≫に行くわよ!!」
こうして、由利の号令と共に勇人たちは≪ボルフの谷≫へと出発した。




